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 あの写真が机に入ってたのは一回きりで、それ以降はなにごともなく平穏に過ごした。

 あれは一体なんだったのだろうか。

 そう考えて思い浮かぶのは、セカコイのストーリーだ。

 漫画では、王子と飛鳥との関係を妬んだ女子生徒たちに凛花(ヒロイン)が嫌がらせを受ける、といった話があった。

 でも私はヘタレとも飛鳥とも普通にお友達付き合いをしているし、ヘタレファンの皆さんとの仲も悪くないし、飛鳥ファンの人たちには可哀想な目で見られている。


 ヘタレファンの皆さんには一時期厳しい目で見られたこともあったけれど、美咲様にもじもじしているヘタレの姿を多く見かけるようになってからは、それなりに仲良く付き合わせて頂いている。

 たまに「東條様と美咲様の関係はどこまで進みましたの?」なんて状況を聞かれることもある。

 美咲様とならくっついても問題はないようだ。ファン心理はよくわからない。


 飛鳥ファンの皆さんには、男女共に、なぜか可哀想な子を見る目で見られる。

「飛鳥くんも大変ね……」と飛鳥は憐れみの視線を受け、「でもそんなあなたを私たちは応援してますわ!」という声援を貰っている。

 ……そんなに私、飛鳥に迷惑かけているだろうか?


 まあ、ともかく二人のファンから嫌がらせを受ける可能性はほとんど少ない。

 よってこれはストーリーとは関係ないもの、と受け取ってもいいのだろうか?

 でも凛花(ヒロイン)の嫌がらせを受け始めた時期と被るのが気になる。

 それに、なにかを忘れている気がする。

 なにを忘れているんだろう。思い出せそうで思い出せなくて、もどかしい。



「なに難しい顔しているの?珍しく悩み事?」


 私は声のした方を振り向く。

 すると、私の想像通り、蓮見がそこにいた。

 うっかり頬を染めそうになるのを必死に堪え、私は眉を寄せて渋面を作る。


「失礼ですわよ。私にだって悩み事くらいあります」

「ふーん?そうなんだ?それで、なに悩んでたの?」

「……なんでもありませんわ」

「なんでもないのに悩むの?」

「そういうわけでは……。えぇっと…そう。私は、バレンタインのチョコをどうしようか悩んでいたのですわ」

「……今適当に考えただろ」


 蓮見の冷静なツッコミをスルーする。

 そして私は自分で言ったことだが、もうすぐバレンタインだと今気づいた。

 毎年、父と弟に必ずあげているけど、今年は蓮見にもあげたい。

 蓮見にあげるなら、不自然にならないように、ヘタレと飛鳥とカイトにもあげよう。

 友チョコってことで。

 ああ、友チョコなら美咲様にも渡さなきゃ!

 どうしよう。

 やっぱりここは手作りで渡すべき?

 でも私お菓子作ったことないし……。

 うん、買おう。下手に不味いものあげるよりいいよね。


「どうせなら、手作りがいいな」


 蓮見の台詞に私はどきり、とした。

 え?考えたこと読まれた?


「どうせなら、君の手作りチョコが食べたい」

「……私、蓮見様にあげるとは言ってませんけれど」


 あげる気だったけどね!

 でもそんなこと素直に認められるような性格をしてない私は、意地悪く言ってしまう。


「それに……お菓子作りの上手な蓮見様にあげられるような物は作れませんわ」

「それでも俺は、君の作ったチョコが食べたいんだ」


 蓮見は甘えた声で言う。


「作ってくれないの?」


 誰だ、お前。

 蓮見は、くーるびゅーてぃーが売りじゃなかった?

 くーるびゅーてぃーが、こんな際どい顔していいの?

 反則だ!そんな顔されたら、負けちゃう!


「………気が向いたら、作りますわ」


 私はそう言うのが精一杯だった。

 すると蓮見は嬉しそうに笑って「楽しみにしている」と言った。


 ああもう。本当にずるい。

 きっと私はバレンタインデーに手作りチョコを持っていく。


 蓮見の嬉しそうな顔がまた、見たいから。




「と、言うわけで、チョコを作るわ」

「……なんでオレを巻き込むの」

「私と悠斗の仲じゃない。ねぇ、お願い。ゆうくん。お姉ちゃんを助けてよぉ」

「…………はぁ…しょうがないなぁ……」

「ありがとう!悠斗だいすき!」

「ほんと、調子いいんだから……」


 弟はため息をつきながらも手伝ってくれるようだ。

 うんうん。本当に良い弟だ。


「それで、何を作るの?」

「え?チョコよ?」

「だから……チョコにも色々種類があるだろ?生チョコとか、トリュフとかさ」

「そ、そうね……そうだったわね。溶かして固めるだけじゃだめなのよね……」

「……オレ、姉さん手伝うって言って正解だったかも」


 弟が呆れた表情をして言った。

 ……弟がいてくれて本当に助かった。

 無知な姉でごめんね……。



 そして弟主導のもと、チョコレート作りが行われた。


「ガトーショコラ?そんなもの作れるの?」

「まあね。混ぜるだけだし、なんとかなると思う」

「混ぜるだけ……混ぜるだけで作れるの……」

「……ちゃんとオーブンで焼かないとだめだよ?」

「わ、わかってるわ、もちろん」

「…………」


 やめて!そんな疑わしそうな目で見ないで!

 姉はつらい。

 そして私が主に作らなきゃならないのに、なぜかほとんど弟が作っているマジック。

 いや、ごめん。私が頼りないだけだよね。本当にごめん、弟よ。


 こうして8割方弟が作ったガトーショコラで出来上がった。

 美味しそうだ。

 私と弟で試しに食べてみると、むちゃくちゃ美味しいってわけじゃないけど、それなりに美味しくできていた。

 なので私は切り分けたガトーショコラをラッピングすることにした。

 100%私の手作りってわけじゃないけど……まあ、許してくれるよね……。

 明日がバレンタインデーだし、作り直す暇はない。

 今度はちゃんと自分で作ろう。

 私はリベンジを決意した。



 そしてその日の夜、家に帰ってきた父に私はガトーショコラを出した。

 手作りのガトーショコラだと言うと父は喜んで食べた。

 うん、8割方弟が作ったものだけど、手作りには違いないよね。

 私が作ったなんて一言も言ってないし。


 私と弟も父と一緒にガトーショコラを食べた。

 あ、ここちょっと焦げてる……。

 甘いはずのガトーショコラが、ほろ苦く感じた。




 翌日、私はそれぞれにチョコを渡した。

 みんな喜んでくれて、嬉しい。

 ただ一人、ヘタレだけは「ありがとう。でもこれ、本当に神楽木さんが作ったの?神楽木さんちのコックが作ったんじゃなくて?」と疑わしそうに受け取った。

 失礼な。ちゃんと手作りだぞ!?

 ……弟の、だけど。


 そして私は蓮見にチョコを渡しに行く。

 教室だと渡しにくいので、昼休みに中庭で昼寝をしている蓮見を突撃することにした。

 今2月だけど、中庭で寝て寒くないのかな?

 まあ、蓮見がいいならいいけどさ……。


「蓮見様、これ、バレンタインデーのチョコです」

「ありがとう。本当に作ってきてくれたんだ?」

「え、ええ……でも実はこれ、ほとんど弟が作ったんです……ごめんなさい」

「でも、君もちゃんと手伝っているんでしょ?なら、食べるよ」


 そう言って蓮見はその場でガトーショコラを食べだした。

 私はどきどきしながら蓮見が食べ終わるまでじっと待つ。


「美味しかった。ご馳走様」

「いえ……お粗末様でした」

「ホワイトデーは頑張るから期待していて」


 そう言って柔らかく微笑んだ蓮見から私は視線をそらす。

 なんか、悔しい。

 やっぱりちゃんと私が作ったものを渡したかった。

 来年、リベンジしよう。

 私はそう、決意を固めた。


 その時、蓮見がふと、周りを見渡す。


「どうかなさいました?」

「いや……今、視線を感じた気がしたんだけど……気のせいだったみたいだ」

「まあ」


 蓮見は首を傾げた。

 誰のものかわからない、視線。

 確か、前にもあったな、こういうの。



 なんでだろう。

 なぜだか、すごく、嫌な予感がする。

 この予感が気のせいであることを、私は切に願った。


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