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80 生徒会長

飛鳥視点です。

 俺は生徒会長として、クリスマスパーティーに参加している。

 多くの生徒は知らないだろうが、生徒会長になればパートナーがいなくてもパーティーに参加できるのだ。

 その代わりに、色々な雑用は押し付けられるが。


 俺は押し付けられた雑用は早めに終わらせて、生徒たちの様子を眺める。

 なにかトラブルがあったら、それを仲裁するためだ。

 これも生徒会長の仕事である。

 生徒以外のトラブルには関してはノータッチだ。

 そこまではとてもできないので、それは先生方にお任せしている。


 ホールを見渡していると、目立つ男女が視界に飛び込んできた。

 神楽木姉弟だ。あの姉弟は本当に仲が良い。

 息の合ったダンスを披露し、あちこちから注目を浴びている。

 だがきっと、彼女たちは気づいていないだろう。

 なんで人が注目を浴びていると気づくのに、自分のことになると気づかないのだろう?

 実に謎である。


 俺はダンスに誘ってくる女子生徒に丁寧に断りつつ、ホールを注意深く見回す。

 今のところ、トラブルは特に起きてないようだ。

 しかしやっぱりホールを見回すと必ず視界に入ってくるのは神楽木だ。

 東條や水無瀬まで一緒にいるので余計に目立つ。

 あそこはトラブルを起こさないし、起こしたとしても自力でなんとかするだろうから、放置しても大丈夫なはずだ。

 なのに勝手に視界に入ってくるのだから迷惑だ。

 もう少し大人しくしてほしい。それこそ、去年のように。



 神楽木たちから視線を外し、ホールを歩きながら見回っていると、入り口付近で黄色い悲鳴があがった。

 何事かと思い入り口の方を見ると、蓮見が登場したようだ。

 なんだ、蓮見か。

 そう思って視線をそらそうとしたとき、蓮見の隣に見知らぬ少女がいることに気づく。


 誰だ、あれは。


 少なくともうちの生徒ではないはずだ。

 生徒は生徒とわかるように、桜丘学園のシンボルである桜のピンバッチをつけることになっている。

 しかし、あの少女はつけていない。

 ここに入れたということはきちんと招待されたのだろうが、蓮見と仲が良さそうに堂々と歩く姿は良くも悪くも目立つ。

 トラブルの火種になりそうな少女だ。

 注意せねばならない。


 俺が蓮見たちに注目していると、蓮見たちはまっすぐ神楽木たちのもとへ向かって歩いていく。

 そして少しの間、話をしたあと、蓮見と少女はホールの中心に向かって歩き出した。

 その時、神楽木が蓮見に向かって手を伸ばしかけてやめていた。

 神楽木はそんな自分の行動に戸惑っている様子だ。


 そして蓮見たちがホールの中心に辿り着いて踊り始めると神楽木は外に出ていく。

 俺は少し悩み、近くにいる先生に少し間だけ様子を見てもらえるように頼み、神楽木のあとを追う。

 なんとなくだが、放って置いてはいけない気がしたのだ。


 俺はすぐに神楽木に追い付いた。

 そして偶然神楽木を見つけたかのように装い、彼女に声を掛ける。

 神楽木は驚いた顔をして振り向き、そして俺を見て笑った。


「飛鳥くん……あなた、スーツが全然似合わないわね」


 その一言に俺の胸が抉れた気がした。

 俺はスーツが似合わない。

 スーツよりも和服の方が似合うのだ。


「……言わないでくれ。気にしてるんだぞ……」


 俺がガックリと肩を落とすと、神楽木はクスクスと笑って「冗談です」と言う。

 冗談でもきつい。それに笑って言われると冗談だと言われたのが嘘のように思える。

 俺は顔をしかめだが、すぐにそんなことをしている場合ではないと真顔に戻す。


「それで、一人でこんなところにいて、どうしたんだ?」

「別にどうもしませんわ。少し夜風に当たっていただけです。もう戻りますわ」


 彼女はなんでもないように言って俺の横を通り過ぎようとする。


「……蓮見がまだ踊っているが、それでも戻るのか、君は?」

「…………見ていらしたの?」


 神楽木はハッとしたように俺を見上げた。

 その表情に、俺は自分が感じたことが正しかったのだと確信する。


 ―――神楽木は、蓮見があの少女とダンスを踊るのが嫌でホールを抜け出したのだと。


 俺はニヤリと笑ってみせた。


「君たちは目立つからな」

「意地悪な方」

「君たちには散々迷惑をかけられているからな。これくらいしてもバチは当たらないだろう」

「本当に、意地悪ね」


 俺は先程、スーツ姿をからかわれたことへの意趣返しに言うと、彼女は苦笑した。

 心当たりもあるのだろう。


「なあ、神楽木。君はなにを恐がっているんだ?」

「恐がっている?私が?」

「ああ。俺にはそう見える。君の中で結論はもうすでに出ているのに、君はなにかを恐がってそれを認めることができない。違うか?」


 神楽木が黙り込む。

 俺は畳み掛けるように言葉を重ねる。


「君はなにを恐れているんだ?」


 俺がそう言うと、神楽木は胸に手を置き、深呼吸をしたのち、絞り出すように言った。


「私、恋をして、変わることが怖いのです……」


 そう言って彼女は視線を落とす。

 ああ、やはり、そうか。

 彼女は、神楽木はきっと、蓮見に恋をしている。

 だけど、それを認められないでいる。

 俺はなんだか温かい気持ちになった。

 ようやく、蓮見の想いが報われたのだと。


 なんだかんだ言って、俺は蓮見を応援していた。

 蓮見がそれなりに頑張っていることも知っているし、もどかしく思いながらも然り気無く蓮見をサポートしてきた。

 それが、漸く報われたのだ。


 あとひと押し。

 周りの誰かが背中を押してやればいい。

 なら、その役目は俺がやろう。

 この1年、最も二人を近くで見守ってきた者として。



「神楽木。恋とは時に人を変えるものだ。だが、それが悪い方ばかりに変えるとは限らない」

「……そうでしょうか」


 俺はしっかり頷き、蓮見を例に出した。

 神楽木が一番近くで蓮見を見てきたはずだ。

 だからきっとわかるだろう。

 恋は、人を良くも変えるものだと。


「俺は君が恋をしても、君が変わることはないと思うぞ」

「え?」


 きょとん、とした顔をして俺を見つめる神楽木に、俺は爽やかに見えるように笑ってみせる。

 安心しろ、君には信頼できる人がたくさんいるだろう?だから、恐れるな。

 そんな気持ちを込めて。


「だから、認めてあげるといい。君のその想いを」


 俺はホールの方から近づいてきている人物に視線を向ける。

 相変わらずの無表情だが、その瞳には嫉妬の感情が宿っている。

 嫉妬する必要はないのに。

 それでも嫉妬してしまうのが恋なのだろう。

 俺は神楽木に視線を戻し、笑いながら神楽木の肩を軽く叩く。


「あとは、きちんと向き合え。蓮見に、な」


 俺はそう言って蓮見と入れ違うように歩き出す。

 蓮見とすれ違う時に蓮見が聞いてきた。


「二人きりでなにしたわけ?」


 その口調には隠しきれない苛立ちが込められていた。

 俺はそんな蓮見に笑いかけた。


「ちょっと話していただけさ。頑張れよ、蓮見」

「は?」


 訝しげな視線を向けた蓮見を無視して、俺はホールに戻り、先生にお礼を言ってホールの見回りに戻った。


 これだけお膳立てしてやったんだ。

 上手くやれよ、蓮見。


 俺がそう思いながらホールを見回っていると、意外な組み合わせを発見した。

 あれは、神楽木の幼馴染みの矢吹と、蓮見が連れていた少女だ。

 二人は知り合いだったのだろうか?

 二人は普通に談笑しているように見えたので、俺は彼らから視線を外し、見回りを再開する。



 しかし、何故だろう。

 俺は二人の談笑している姿に、嫌な予感を覚えた。


 この予感が外れることを俺は祈った。



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