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「凛花!?」


 菜緒の声がして、私は泣いたまま振り返ると、菜緒が慌ててやってきた。

 そんな菜緒の姿に私は安心して、また涙が零れる。

 あれ。おかしいな。私、泣き虫じゃないのに。


「凛花が走っていく姿見て、慌てて追いかけてきたんだけど……なにがあったの?」

「な、菜緒ぉ……わたし、わたし……っ」


 私は菜緒に抱き付く。

 菜緒は私を抱き止めると、よしよし、と頭を撫でてくれた。

 そんな菜緒の行動のせいで、私はまた涙が零れる。

 菜緒は私が落ち着くまで、頭を撫で続けてくれた。

 気持ちが段々と落ち着いてきた私は、菜緒に劇であったことを話した。



「え?あれ、本当にしてたの……?」


 私はこくり、と頷く。

 ああ、どうしよう。泣いたせいで目が真っ赤だ。腫れているかもしれない。

 まだ生徒会の仕事があるのに、こんな顔では心配されてしまう。

 そう考えた時、美咲様もやってきた。

 慌てた様子で、私に駆け寄る。


「凛花さん……!大丈夫!?」


 美咲様は手に持っていたハンカチを私に差し出してくれた。

 濡れていて、ひんやりとして気持ち良い。

 美咲様が持ってきてくれた冷たいペットボトルを氷替わりにして私は顔を冷やした。これで少しは見れる顔になったはず。

 その間に菜緒が美咲様に状況を説明した。

 説明を聞いた美咲様は一瞬顔を驚愕させ、すぐににっこりと笑った。


「まあ、そう。奏祐が、そんなことを……。うふふふ。これは、お仕置きが必要かしら……?」


 美咲様、笑顔が恐いです……。


「ま、まあ、まあ。美咲、落ち着いて?」

「あら。私は落ち着いていてよ?」

「とてもそうは思えないけど……」


 菜緒が苦笑する。

 そして私に向き直り、私の頭を優しく撫でた。


「これは、確実に蓮見くんが悪いわ。だから、凛花は堂々としてればいいの。謝っても許さなくていいんだよ」

「ええ、そうよ。私たちは、凛花さんの味方だわ」

「菜緒、美咲さん……ありがとう……」


 菜緒と美咲様の優しさに、私は胸がいっぱいになる。

 私は、本当にいい友人を持った。



 でも。

 私、キスをされたことは、嫌だとは思わなかった。

 突然のことで驚いたし、戸惑ったし、悔しかったけど、嫌じゃなかった。

 どうして?どうして、嫌じゃないの?


 ―――考えたくない。


 今はまだ、考えて答えを出すのが、怖い。

 考えて答えが出たら、きっと戻れなくなる。そんな気がする。



「凛花、とりあえず、着替えないと。もう気持ちは落ち着いた?」

「うん……もう大丈夫」

「じゃあ、着替えをしに……」


 菜緒が言いかけて、口を噤む。

 そして、私を隠すように私の前に出て、前を睨む。

 美咲様も菜緒と同様の姿勢だ。


「―――見つけた」


 私はその声にどきりとする。

 この声は、蓮見の声だ。



「あら、奏祐。なにかご用?」


 美咲様は微笑みながら蓮見に話しかける。

 後ろ姿なので、微笑んで言ったんだろうな、という私の想像だけど。


「美咲に用じゃなくて……」

「あらあら。奏祐に用がなくても、私はあなたに用があるのよ?」

「俺に?」

「ええそうなの。あなた、私の大切なお友達――凛花さんに、随分と酷いことをしてくれたみたいね?」

「……あれは」

「言い訳は結構よ」


 ピシャリ、と美咲様は言う。

 蓮見は黙り込んだ。


「奏祐。あなたにどんな意図があろうとも、私の知ったことではないわ。でも覚えておいて頂戴。私の大切なお友達を傷つけたら、絶対に赦さないわ」


 み、美咲様……!

 私のためにそこまで言ってくださるのですか!嬉しすぎてまた涙が出そう。

 いけない、せっかく冷やした意味がなくなってしまう。

 菜緒も私を背に庇い続けている。

 私は、本当に、良い友人に恵まれている。


 でも、庇ってもらうだけでは、なにも解決しない。

 これは私と蓮見の問題だから、私がきちんと向き合わないといけないのだ。

 私は庇ってくれている菜緒と美咲様に申し訳なく思いながら、菜緒の背後から一歩前に出る。

 菜緒に隠れて見えなかったけど、蓮見も衣装を着たままだ。

 私を慌てて追いかけたのだろう。


 菜緒の背後から出てきた私を、蓮見が見つめる。

 その表情は、少し苦しそうな顔をしていた。

 菜緒と美咲様は批難するように私を見たが、私は小さく微笑んだ。

「私は大丈夫」と言う意味を込めて。



「話を、聞きますわ」

「でも凛花……」

「大丈夫だから。心配しないで、菜緒、美咲さんも。私は、大丈夫ですわ」

「凛花さん……」


 私の決意が固いとわかった菜緒と美咲様は渋々引き下がる。

 そして私は真っ直ぐに蓮見を見つめた。


「話を聞きますわ、蓮見様」

「……ごめん、ありがとう」


 蓮見は菜緒と美咲様に二人きりにしてほしいと頼んだ。

 菜緒と美咲様は不安そうな顔をして私を見たが、私が頷いて見せるとその場を離れてくれた。

 そして、私と蓮見は二人きりになった。



「……さっきは、本当にごめん」


 蓮見がぽつりと謝った。

 私は蓮見から視線をそらして言う。


「謝って済むと、思っているのですか?」

「いや……。でも、謝らせてほしい。本当に、申し訳なかった」

「……どうして、本当に…したのですか?」


 キスというのが恥ずかしくて、私はぼかして問いかける。


「本当にする気はなかったんだ。これは本当なんだ。信じてほしい」

「……信じられませんわ」

「……そうだろうね。俺も自分で自分の行動が信じらなかったよ。でも、直前まではいつも通りに寸止めをするつもりだったんだ。だけど……」

「だけど?」


 途中で言うのを躊躇う蓮見に、私はオウム返しで聞き返す。

 それでも蓮見は少し躊躇ったが、観念したように言う。


「君が、いつもよりも綺麗だから……気付いたら本当にキスしてたんだ……本当に、ごめん」


 蓮見はそう言って頭を下げた。

 しかし、私はそんな蓮見の様子を気にする余裕もないくらい、動揺していた。


 え。綺麗って……今、綺麗って言った?

 あの、蓮見が?いつも二言目には皮肉を言う、蓮見が?


 私は頬が熱くなるのを感じた。しかし、根性で頬を赤くするのを抑える。

 だって、今ここで顔を赤くしたら、負ける気がする。なにに負けるのかはわからないけど。

 ここで頬を赤く染めても頭を下げている蓮見が気付くことはない、という事まで私は頭が回らなかった。

 私は必死に気持ちを落ち着かせ、目の前にいる蓮見を見た。

 ここで、私は蓮見が頭を下げていることに気付く。


 あの蓮見が、私に頭を下げている。

 私は慌てて、蓮見に声をかける。


「顔を上げてくださいませ、蓮見様」

「でも」

「お願いです、顔を上げてください」


 蓮見にいつまでも頭を下げさせるわけにはいかない。

 私はもう一度顔をあげるようにお願いすると、蓮見は渋々といったように顔をあげた。

 そこで改めて蓮見の顔を見て、蓮見の左頬が赤く腫れていることに気付いた。

 なぜ?と考えて、すぐ思いつく。

 これは、私が叩いた跡だ。


 私はそっと赤くなっている蓮見の頬に触れた。


「赤くなってしまいましたわね……」

「……ああ」

「でも私、謝りませんわ。私は間違ったことをしたとは思いませんもの」

「それでいい。俺も間違ったことをされたとは思っていない。これくらい当然だと思う」


 私を真っ直ぐ見つめて蓮見は言い切った。

 本当に、これくらいされて当然と思っているようだ。

 そんな蓮見の様子に、私は知らず知らずに微笑んだ。


「気が済まないなら、好きなだけ殴っていい。それくらいされて当然のことを俺はしたから」

「蓮見様……では、お言葉に甘えさせて頂きますわ。目を瞑ってください」


 蓮見は静かに目を閉じる。

 私は蓮見の頬に向かって思いっきりビンタをすることなく、手に持っていたほんのり冷たいペットボトルを赤くなった頬に当てた。

 蓮見は目を開いて、私をまじまじと見つめた。


「なんで……?」

「私、非力なんですの。私の力だけでは、とても私の気は収まりません。ですから、殴る変わりに、違うものを請求しますわ」

「違うもの?」

「ええ。ケーキを。蓮見様が自ら作ったケーキを、請求しますわ。傷ついた心を甘い物で癒したいのです」

「……それでいいの?」

「ええ」


 私が頷くと、蓮見は情けなく笑った。そして、「君は甘い」と言った。

 そんなこと、わかっている。

 でも、他にどうしろと言うんだ。だって、しょうがないじゃないか。

 もう済んでしまったことは仕方ない。だから、ケーキで妥協してあげるのだ。


「そのかわり、私が絶賛できるくらい美味しいケーキじゃなければ、赦しませんわ」

「……わかった。君を唸らせるようなケーキを作ってみせる」


 そう言って蓮見は柔らかく微笑んだ。

 私はそんな蓮見の表情に目を奪われる。

 ドキドキと鳴り止まない鼓動。

 目をそらしたいのに、そらしたくない。そんな不思議に相反する気持ち。



 この気持ちはいったい、なに?

 知りたい。でも、知りたくない。



 私は自分の気持ちに気付かないふりをして、蓮見からそっと視線を外した。



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