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「あー……じゃあ、うちのクラスは劇をやるってことでいいんだな?はぁだりぃ……」
本日もわがクラスの担当、伏見恭介はだるそうである。
ていうか、今、だりぃって言いましたよね?あなた教師でしょうが!
教師がそれじゃ、だめでしょ!
と、ツッコミたい。でもそんな真似はしない。いくら私が真面目であっても、だ。
「じゃあ、あとは頼むわ、実行委員。俺は寝……聞いてるから」
今、寝るって言いかけましたよね?
私は伏見へのツッコミをなんとか抑えて、文化祭の劇の演目について思いをはせる。
やっぱり、定番はおとぎ話だよね。
ロミオとジュリエットとか。
うん、私は脇役でいいな。それか悪役やりたい。もう、悪の親玉!みたいな役をやりたい。
なんなら魔王の役でもいい。
魔王がでてくる話ってなんかあったけ?
私がアレコレ考えている間に演目はいばら姫に決まっていた。
あれ?いつの間に……。
ヒロインであるお姫様の役とヒーローである王子様役は投票で決めるらしい。
男子はお姫様役の投票を、女子は王子様役の投票をすることになった。
うーん。王子様役かぁ。このクラスだと似合いそうなのは蓮見だよね、やっぱり。
でも蓮見が王子様役って面白くない。
カイトは論外だな。うん。トラブルメーカーに王子様役なんかやらせられない。
ここは大人の男性にやってもらいましょう!
私は自分の筆跡を変えて、大きく、『伏見恭介』と書いた。
少しはクラスのために働け、教師。
そして投票結果。
王子様役は僅差で蓮見が勝った。ほんの2票の差だ。2票の差で、蓮見が勝った。
蓮見を2票差まで追い詰めた人物は、何を隠そう、我が担任伏見恭介である。
そういえば、伏見も女子に人気あったなぁ。
確か、キケンな大人な感じがステキ、だったかな?
まあ、だらしない身だしなみだが、顔はいいのだ。これくらいの年ごろの乙女たちが憧れるのも無理はない。まだ28とかだったしね、確か。
この結果を見た伏見は、うんざりしたように私たちを見た。
そしてやる気なく「悪ふざけはしないように」とだけ言う。
いや、悪ふざけじゃなくて、真剣な投票結果ですよ、先生?
見事王子様役になった蓮見は無表情だったが、めんどくさい、と思っているのがありありとわかる。
頑張って大役果たしたまえよ、蓮見。
そしてお姫様に見事選ばれたのは、なんとびっくり、私でしたー!
え?
私ですか?
私、ヒロイン役はもういいんですけれど?
どっちかっていうと、悪い妖精の役やりたいなぁ、なんて、思ってたんですけど?
これも、セカコイのせい……いや、こんなイベントあった記憶はない。
うーん、なんでだろう。
とりあえず、私と蓮見は生徒会役員なので、一応許可をとってみなくてはわからない、と答えておく。
朝斐さんがだめって言ってくれることを願おう。
可能性は限りなく低いけれど。
そして私の狙っていた悪役は、なんとカイトがやるらしい。
え?悪い妖精って女だったよね?女装でもするの?
と、冗談で言ったら、カイトは物凄くいい笑顔で答えた。
「おれ、演技には自信あるんだよねー。見ててよ、リンちゃん。おれの悪女っぷりを。リンちゃんより美女になっちゃうからさ!」
はあ、左様ですか。
なんとなく、カイトの女装姿を見るのが怖い。
なんか、いろいろと負けそうな気がして。
私と蓮見は早速朝斐さんに劇のことを伝える。
朝斐さんはにやりと笑った。
「奏祐はともかく、凛花、おまえ、お姫様できんのか?」
「……どういう意味ですの?」
「だって、なぁ?凛花だぞ?」
「意味がよくわかりませんわ」
「まあ、いい。おまえらがお姫様と王子様、ねぇ……。いいんじゃねぇの?面白そうだし、オレも観に行くからな。あ、菜緒と悠斗も誘っておくか」
「観に来なくて結構です!」
予想通りの回答に、私は内心がっくりと肩を落とす。
朝斐さんは私たちを見て、心底楽しそうに笑う。
くそう……楽しんでるな。
こうして、私はお姫様役をやることになった。
だけど、さ。いばら姫って、お姫様ほとんど寝てるだけなんだよね。
演技らしい演技もあまりしなくていいし、楽だ。
どっちかというと、戦闘シーンもある蓮見の方が大変そうだ。
お金持ち学校なだけはあって、文化祭の小物などのクオリティーは高い。
いばら姫で使う衣装も、当然特注で作られる。しかも生地もいいのを使っている。
いくら掛かってるんだろう……セットとかも特注で注文してるみたいだし、ああ、お金持ちってこわい。
私と蓮見は生徒会活動の傍ら劇の稽古に励んだ。
舞台監督担当の子は厳しい。
ちょっとのミスでも激が飛んでくる。
「神楽木さん!そこはもっとお姫様らしく!蓮見くん、もっとやる気出して!」
実に熱血だ。うん、でもそういうの嫌いじゃないよ。
嫌いじゃないけど、もう少し手加減してほしい、とは思う。
いばら姫は、ラストに王子様がお姫様にキスをするシーンがある。
王子様のキスによってお姫様が目覚める。定番の流れだ。
もちろん、キスは寸止めだ。客席からは本当にキスをしているように見える角度を計算して行われる。
寸止めとわかっていても、どきどきしてしまう。
ちょっと目を開けるタイミングがずれれば蓮見の顔がすぐ近くにあるのだ。
どきどきしてしまうのはしょうがない。だからこのシーンの練習減らしてください。
「王女は16歳の年に紡錘に指を刺し、命を落とすでしょう」
オーホッホッホとカイトは高笑いをし、ドヤ顔でいつもより高めのトーンで台詞をノリノリで言っていた。
……楽しそうだな。少しうらやましい。
衣装合わせの日、私はクラスメイトにより、お姫様の衣装を着せられていた。
なぜか本格的にコルセットまで用意されている。
そしてこれでもか、というくらいウエストを絞られる。
ぐええっ。く、苦しい……。これで演技するの?
まあ、私のセリフは少ないのだけど。
「凛花さん、綺麗だわ。本物のお姫様みたい」
鬘を被って鏡の前に立った私を見て、お友達がうっとりとして言った。
うん、悪くない。衣装のデザインがいいのだ。このデザインもクラスの子が考えてくれたものらしい。すごいセンスだ。
私は微笑んでお友達に「ありがとう」と言った。
蓮見もカイトも衣装合わせをしているはずだが、見るのは当日までとっておく。
お楽しみは最後までとっておくものだ。
だから、別に、カイトの女装姿を見るのが怖いとか、そういうわけではないのだ。