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結局、楽しみにしていた植物園を周ることはできなかった。
蓮見のせいだ。恨んでやる。
植物園を見て周ったお友達いわく、とても素敵だったと。まるで外国に行ったみたいだったと、嬉しそうに教えてくれた。
蓮見を呪いたくなった。
遠足は金曜日に行われたので次の日は休みだ。
私は憂さ晴らしに弟を連れて買い物に出掛けることにした。
私の弟は私の1つ下で、容姿は私に似た可愛い子だ。
前世の私は一人っ子だったので、弟か妹が欲しかったのだ。
だから、前世の記憶を思い出してからはとても弟を可愛がった。記憶を思い出す前も可愛がっていたけれど。
最近の弟は反抗的だが、誰もが通る道なので、私は気にせず弟を可愛がっている。うざがられるが、そんなの関係ない。私は弟が大好きなのだ。ブラコンと言っても過言ではない。
今日だって文句を言いつつも買い物に付き合ってくれる。本当に可愛い弟だ。
「姉さん今日はどこ行くの?」
「そうねぇ……百貨店にでも行ってみましょうか」
「オレ、今年受験生なんだけど?」
「大丈夫よ、だって悠斗は優秀だもの。1日くらい勉強しなくても平気よ」
「……あっそ」
そう言うと弟はそっぽを向いた。
そんな様子でさえ可愛いと思ってしまう私は重度なブラコンに違いない。
私は弟を連れ回し、あちこちをふらふらして買い物を楽しんだ。両手いっぱいに荷物を持つ私に、弟が「仕方ないな」と呆れたように言いつつも私の荷物を持ってくれた。紳士だ。さすが私の弟!
服を選ぶ時も「どっちにしようかなぁ」なんて呟いていると「こっちの方がいいんじゃない」と投げやりにアドバイスをしてくれたりした。
お姉ちゃん知ってるよ。投げやりに言うのも照れ隠しなんだって。
私はすっかり満足して、ご機嫌になった。
欲しい物は全部買えたし、久しぶりに姉弟の交流もできた。
付き合ってくれた弟に、何かお礼をしなければならないな。私のお小遣い範囲でなら好きな物を買ってあげようじゃないか!
そう思って財布の中身を覗いたらすっからかんだった。
私は少なくない金額のお小遣いを貰っている。しかし前世ではただの庶民だったゆえに、あまり大きな金額の買い物は出来ずにお小遣いは貯まっていく一方だった。
服なんかは母が頻繁に買ってくれるのであまり自分のお小遣いで買い物をすることはなかった。
そんな私が憂さ晴らしに買い物をした結果、貯めに貯めたお小遣いを使い果たしてしまったのだ。
まじか。お金持ちがだんだん板についてきちゃってるよ私。
「ごめんね、悠斗……お礼になんか買ってあげようと思ったけど、お小遣い使い果たしちゃったみたい……」
「はぁ。……また今度買ってくれればいいよ」
「うん、ありがとう」
じゃあそろそろ帰ろうか、と弟に言おうとした時、私は見てはいけないものを見てしまった。
なんで気づいた私!いや、よく気づいたと褒めるべきか!?
突然ある一定方向を見て固まった私に、弟が訝しげに呼ぶ。
「姉さん?」
「……ごめん、悠斗。私、忘れ物しちゃったみたい。取りに行ってくる」
「じゃあオレも……」
「一人で大丈夫。荷物いっぱいで大変でしょう?すぐに戻るからちょっと待ってて」
「は?あ、姉さん!」
私は弟が呼び止めるのも構わず全力でその場から逃げる。
そして弟がいる場所からちょうど死角になる位置まで行くと物陰に隠れた。
物陰からこっそり弟のいる場所を様子見る。
「……あれ?君は悠斗君、だったかな?」
「東條さん、蓮見さん……お久しぶりです」
「今日はどうしたの?もしかして、彼女と買い物でもしてた?」
弟に話し掛けてきたのは、王子だ。ついでに憎き蓮見の野郎までいやがる。
王子と蓮見と弟は顔見知りらしい。それはそうか。あの子は私と違ってよくパーティーなんかに出ているからね。父の跡継ぎとして。
私?私はそんな堅苦しいのが昔から苦手だったのでパーティーなんかには滅多に出席しませんでしたよ。父は私には甘いのだ。
漫画でも王子や蓮見とは初対面だったし、凛花はもともとパーティーとかが苦手なのだろう。
「いえ、今日は姉の買い物の付き添いです」
「お姉さん?ああ、君の自慢のお姉さんだったかな?」
「はい、そうです」
結構恥ずかしいこと言われてるのに弟はしれっとした顔で肯定した。
これが社交術というやつなのか。私には体得できそうもないスキルだ。
「その君の姉はどこに?」
「忘れ物をしたらしく、今取りに行ってます。直に戻ってくると思いますが」
さっきまで黙っていた蓮見が姉と言うワードを聞いたとたん、興味を示したように質問した。
ん?なんだか一瞬蓮見と目が合った気がしたけど、それは気のせいだよね?気のせいに決まってる。
弟が王子たちに絡まれているのを見て、私があそこから早々に逃げて正解だった、と胸を撫で下ろす。
あのまま私があそこにいたら王子と遭遇してた。それは私が絶対に避けねばならないことだ。
弟には大手財閥の御曹司の相手を押し付けてしまって申し訳なく思うが、これも社会勉強だ。がんばれ、弟よ。お姉ちゃんは応援してる。
「また君は……もしかしてとは思ったけど、本当にこんなところにいるとはね」
涼やかな皮肉気な声が後ろから聞こえた。
弟の方を見ればいつの間にか蓮見の姿はなくなっていた。
やはり目が合ったのは気のせいじゃなかったか。がっくり。
私は強張る顔に無理矢理笑みを作って、令嬢らしく優雅な挨拶をする。
「ごきげんよう、蓮見様。こんな所で会うなんて奇遇ですわね」
「本当にね。で、君はなんでこんな所に隠れてたわけ?」
「まぁ、隠れてませんわ。こうやって物陰にいると気分が落ち着くんですの。ですから私のことはお気になさらずに」
ホホホ、と笑ってみせる。
しかし蓮見は疑わしげな目を向けている。
私、決して貴方を避けてなんていませんの。昨日のことなんて、恨んでませんの。オホホホ。
「君、本当にいいとこのご令嬢?」
「どういう意味です?」
「普通の令嬢なら昴と近づくチャンスがあるなら近づくだろ?でも、君はむしろ昴を避けてる」
ぎくり。なんて鋭いんだコイツ。
だが、王子を避けてる理由なんて言えるわけがない。言ったら頭おかしい奴だと思われるに決まってる。
「私が東條様を避けてる?蓮見様の考え過ぎです」
「ふーん……しらを切る気なんだ?」
「なんのことでしょう。意味がわかりませんわ」
「……今日はいいにしてあげる。昴をあまり待たせるわけにはいかないし。ああ、月曜日の会議、忘れないでね」
「わかっております」
それじゃあね、と薄く笑って蓮見は弟の方に戻り、王子を連れて立ち去った。
なんてことだ、休日にまであいつらに遭遇するとは。
折角買い物で気晴らしをしたのに、これではプラマイゼロではないか!
私はよろよろと弟の所に戻った。
「姉さん今までなにして……姉さん?」
「うん」
「ちょっと姉さん……人前で抱きつかないでよ。恥ずかしいだろ……」
「うん」
「うん、じゃなくてさぁ……しょうがないなぁ」
弟が優しく私の背中をポンポンと叩く。
ごめん、ちょっと疲れた心を補充させてね?