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観覧車に乗ったあと、私たちはメイン施設である水族館にやってきた。
水族館はなかなか広く、いくつかのエリアにわかれているみたいだ。
まず最初に足を踏み入れた先にいたのはイルカたちだった。
大きな水槽をすいすい泳ぐイルカを私は目で追う。
可愛いなぁ……。
ちょっと進んだ先ではベルーガが出迎えてくれた。
ちょうど私たちの正面にいて、くるりと水槽の中を回ってくれた。
すごい癒される。イルカ可愛い。
そうだ。ベルーガのぬいぐるみを買って帰ろう。
私の部屋にベルーガを飾るのだ。毎日癒されるはずだ。
イルカに癒された私たちはゆっくりと水族館を回る。
不細工な深海魚にきれいな熱帯魚。
私たちがよく食べる魚に、ヘンテコな姿をした海の生き物。
いろんな種類の海の生物たちに気をとられていると、いつの間にか美咲様と王子と蓮見の姿が消えている。
あれ?もしかして……迷子になっちゃった?
まさか。高校生にもなって迷子だなんてそんなバカな……!
私はふらふらと辺りを探して見るが、3人の姿は見つからない。
どこ行っちゃったんだろう……携帯で連絡を……あれ。電源切れてる。
これはまずいと思いながらも、携帯という連絡手段がない私はどうすることもできない。
とにかく進んでみよう。出口で待ってくれてるかもしれないし。
そう考えた私は海の生物を観賞しつつ、奥に進む。
奥に進んでいくと、クラゲ専用の展示ルームを発見した。
私はその部屋を覗いてみることにした。
クラゲって見ている分には綺麗だし。
部屋に入ってみたが、中には人が1人もいない。
クラゲ綺麗なのに、人気ないのかなぁ。
私は気にせずクラゲを観賞する。
ふわふわと水槽を漂うクラゲはきれいだ。
レースみたいにひらひらを触手を漂わせている様は幻想的だ。
私はうっとりとクラゲに魅入っていると、突然腕を掴まれた。
「やっと見つけた……!」
「蓮見様……?」
「君を探してたんだ。携帯に連絡をしても繋がらないし、どこに行ってたの?」
「あ……ごめんなさい。携帯、電源が切れていたみたいで……」
「……そんなことだろうとは思っていたけど」
蓮見は呆れたような、ほっとしたような表情を浮かべて、私の腕から手を離した。
そして水槽を見る。
「綺麗だね……クラゲってこんなに綺麗だったんだ」
「ええ」
私たちは黙って水槽の中のクラゲを見つめる。
ふわりと傘を広げて泳ぐクラゲは優雅だ。
見ていて飽きない。
「……ねえ、観覧車で、昴となにかあったの?」
ふいに蓮見が声を掛けてきた。
私はクラゲに向けていた顔を蓮見に向ける。
「少し、お話をしただけですわ」
「それにしては、昴の様子が……」
蓮見はそう言って考え込むように黙った。
確かにゴンドラから降りてからの王子の様子はおかしかった。
心ここにあらずといった様子なのだ。
「美咲様と話すことで悩んでいるのかしら……」
「美咲と話すことって?」
私は蓮見に観覧車での王子との会話を話した。
蓮見は私の話を聞くと驚いたように目を見開いた。
「美咲を幸せにできないって……昴がそんなことを?」
「ええ。だから、美咲様の幸せを決めつけないで、と言いましたの。ちゃんと美咲様と話し合うように、と」
「……そう、なの」
「でも……少し言い過ぎたかもしれません。私への気持ちを逃げだなんて言ってしまって……」
「……………」
「私も逃げてばかりなのに、そんなこと言う資格、ありませんよね……」
「……でも、君は今日ちゃんと昴と向き合った」
「向き合えたのでしょうか……」
「避け続けてた時よりは向き合えてると思うけど」
「……そう、ですね。そうですよね……」
私は蓮見の言葉を噛み締める。
私は、少しは前に進んだのだろうか。
「なんとかイベントも回避できたし……」
「イベント?」
蓮見は耳聡く私がぼそりと呟いた言葉を拾った。
私は漫画のイベントのことを教えた。
そしたら、蓮見は真剣な表情で私の両腕を掴み、聞いてきた。
「昴とキス、したの?」
「まさか。なんとか回避できましたわ」
「そう。………良かった、先越されたかと……」
「蓮見様?」
蓮見ははっとしたように私の腕を離し、なんでもないと言った。
心配してくれたのかな?
「恋って、難しいですね。パズルみたいにうまくピースが合わないことも、あるんですね」
「……そうだね」
「私もいつか、恋をするのかな……」
私はぼそりと呟く。
私が恋する人は、きちんとピースがうまくはまる人だろうか?それとも合わない人?
私は、ふと、王子は蓮見が私のことを好きだと勘違いしている、ということを思い出した。
「蓮見様」
「なに?」
「あの……東條様の誤解を解かなくてよろしいのですか?」
「誤解?」
「東條様は、蓮見様が私を好きだと誤解してます。その誤解を解かなくてもいいのですか?」
「ああ……あれね。……いいよ、解かなくても」
「え?いいんですか?」
私は目を見開く。
誤解を解くのが面倒くさいんだろうか?いや解かない方が面倒くさいと思うけど。
「俺は逃げてるって、いつか君に言ったよね?」
蓮見は唐突に話を変えた。
私は突然話題が変わったことに戸惑いながらも頷く。
「君を見てて思ったんだ。逃げるのをやめようって」
蓮見は真剣な顔を私に向けた。
「だから、もうやめた。俺はもう逃げない。―――昴からも、君からも」
とくん、と大きく胸が高鳴る。
「誤解なんかじゃない。俺が君を好きだと昴が思っていることは」
「蓮見様……」
いけない。これ以上聞いちゃだめだ。
私の本能がそう告げる。
だけど私はその場から動けなかった。
蓮見の眼差しから、目がそらせない。
「誤解じゃない。俺は、君が好きなんだ」
「………え?」
今、蓮見はなんて言った?
私は蓮見の言ったことが信じられずに、蓮見をまじまじと見たが、蓮見が冗談を言っている気配はない。
嘘でしょう。お願い、「嘘だよ」って言って。
前みたいに「本気にした?」って意地悪く笑って。
そんな私の願いは通じず、ただ、蓮見は真剣な顔をして、私に囁いた。
「ちゃんと俺を見て。漫画の登場人物じゃない、君の目の前にいる俺を見て」
「蓮見様……あの、私は」
「今は、返事はいい」
咄嗟に何かを言おうとした私に、蓮見が柔らかく微笑む。
「君がなんとも思ってないのは知ってる。だから、今は返事は要らない。でも、覚えていて。
―――――俺が君を振り向かせてみせるから」
掠れた声で私に囁く蓮見を、私はただ呆然と見つめることしかできなった。
そんな私を見て、蓮見は挑戦的に笑い、私の手を取って歩き出す。
「そろそろ、行こう。美咲も昴も心配してる」
「は、はい……」
どくんどくんと心臓の音が響く。
私は蓮見に手を引かれるまま、歩いた。
そのあとのことは、よく覚えていない。
気づいたら私は自分の部屋にいて、制服のままベットに寝転がっていた。
制服がシワになってしまう。早く脱がなくちゃ。
そう思うのに体は動かない。
私は両手で顔を覆った。
現実感がない。ふわふわした感覚がする。
これは夢なのだろうか?
でも、夢ならどうして、蓮見と繋いだ手の温もりが残っているの。
―――私、これからどうすればいいの。
もう、頭がおかしくなりそう。