37
パーティー会場の中に足を踏み入れると、あまりの人の多さにくらくらした。
これで堅苦しくないパーティーなのですか……私にはこれに慣れるのは無理じゃないかと思います、お母様。
パーティーは立食形式で、あちらこちらで談笑している声がする。
私、場違いではないでしょうか。一応良家のお嬢さん教育は受けていますが、中身は庶民ですよ。ジャンクフードもスナック菓子も大好きですよ。駄菓子最高。
私が現実逃避をしている間にも父たちはぐんぐん進んでいく。待って、はぐれちゃう。
私は慣れないヒールで必死に歩いて父からはぐれないようにする。
やがて父の歩みが止まり、父の視線の先にいたのは、ダンディなおじ様だった。
父は優男だが、この人はダンディだ。若い頃はモテモテだっただろう。いや、今でも十分モテそうだが。
「やあ、神楽木さん」
「この度はご招待いただき、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ来てくれて嬉しいよ。そちらの可愛らしいお嬢さんが君の自慢の娘さんかな?」
「ええ。そうなんです。これが私の自慢の娘の凛花です」
「初めまして。この度はご招待いただき、ありがとうございます。凛花と申します」
父よ、ちょっとは謙遜してくれ。そう思いながらも私は優雅に見えるように挨拶をする。
ダンディなおじ様はにっこりと笑った。
「なるほど、君が自慢したくなるのもわかるな。初めまして、凛花さん。私は蓮見聡一郎、奏祐の父親だ。息子がお世話になっているそうだね」
ああ、やっぱりこの人が蓮見のお父さんなのか。
目元は似ているが、全体的には似ていない。蓮見は母親似なのだろう。
「いいえ。私の方がお世話になっているくらいで……」
蓮見の話題に私は気持ちが沈んでいく。
そんな私の心境などお構い無しに大人たちは話を続ける。
私は微笑んでるだけで精一杯だった。早くここから立ち去りたい。
「父さん」
聞き覚えのある声に、私の肩がびくりと跳ねあがる。
恐る恐る声のした方を振り向くと、そこには私が今一番会いたくない相手、蓮見がいた。
「奏祐。どうした」
「実は……」
蓮見父と蓮見が何かを話しだす。
私は蓮見の顔が見ていられなくて俯いた。
少しの間、親子の会話が続き、蓮見父は申し訳なさそうに呼ばれているので席を外すと言った。
父は愛想よく頷く。
蓮見父は思い出したかのように蓮見に言った。
「奏祐。凛花さんのお相手、頼んだぞ」
「は?」
蓮見は私がいることに初めて気づいたように、目を丸くした。
「失礼のないようにな。では、神楽木さん、凛花さん、私はこれで。ゆっくり楽しんで」
「お気遣いありがとうございます」
蓮見父が立ち去ると、父もにこにこと笑って挨拶があるからと私を置いてどこかに行ってしまった。
待って!置いてかないでぇ!!
この状況どうしろって言うんだ。
えぇっと、とにかく挨拶!
「ごきげんよう、蓮見様。この度はご招待いただき、ありがとうございます」
噛まずに言えた。偉いぞ私!
本当は今にも震えそうなくらい緊張しているが、私はその緊張をどうにか押さえ込む。
「ああ……」
「………………」
どうしよう、会話が続かない。
ここはトイレと言って逃げるか。うん。そうしよう。
いつになく逃げ腰な私は蓮見に断りを入れようと顔をあげると、蓮見と目が合った。
まるでメデューサに遭遇してしまったかのように私は固まった。
しばらく蓮見と見つめ合う。何故か目がそらせない。石化の呪いにかかったようだ。
「なんでここにいるの」
目を先にそらしたのは蓮見だった。
目がそらされたのと同時に私の石化も解かれる。
「ご招待を受けたからですけれど」
声が震えそう。私は腹に力を込め、お腹から声を出す。
私たちはいつの間にか周りから注目を浴びていた。
あちらこちらからひそひそと話す声が聞こえる。
なにこれ、気持ち悪い。
人に注目されることに慣れてない私は気分が悪くなる。
「……こっちに来て」
私は蓮見に腕を引かれ、蓮見に続くように歩くはめになった。
私と蓮見では歩幅が違う。だから歩く早さも違う。
私は蓮見についていくのに必死になった。小走りにならないと蓮見のペースに追い付けない。
蓮見と一緒に歩いても歩幅なんて気にしなかった。蓮見が私に合わせてくれていたのだと今更気づく。
蓮見に連れてこられたのは、パーティー会場の外にある落ち着いた雰囲気の庭園だった。普段はカップルや夫婦がいそうなのに、今は誰もいない。
蓮見は庭園の真ん中あたりまで歩くと、乱暴に私の腕を離した。
その時に足に嫌な痛みが走る。バランスを取ろうとして挫いてしまったのだろう。
「なにが目的なの?」
「目的?」
「俺に近づいて、なにをする気?」
「私は、蓮見様と仲直りがしたいだけです」
「仲直り?仲直りもなにも、俺たちは仲直りができるくらい仲良しな関係だったけ?」
私は蓮見の言葉に、想像以上にショックを受けた。
蓮見とはなんだかんだいって仲良くやれてると思っていた。蓮見の皮肉も冷静なツッコミも嫌いじゃなかった。
蓮見のこと、友達だと思っていた。
―――それも、私1人の思い込みだったの?