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なんとか無事に入学式を乗り切った私は、気分上々で教室に向かった。
桜丘学園は小学部から大学部まであるエスカレーター式の学校だ。
そのため、小学部からの繰り上がり組が大多数だ。ちなみに王子とライバルキャラも小学部からである。
それゆえに、クラスではもうグループが出来上がっていて、編入組は肩身せまい思いをする。
しかし今の私にはそんなことは些細なことである。
なぜなら私は今、機嫌がいいから!
グループの中にどうやって入るかなんて些細な問題だ。そんなものなんとかなるに決まっている。
仮にぼっちになったらなったで、私は心ゆくまで王子とライバルキャラを見守るまでだ。
……さみしくなんかない。ええ、さみしくなんてありませんとも。
まあ、できればライバルキャラのグループの下の下くらいに入りたい。眺め易いから。とにかく今は次のフラグを折ることに専念しよう。
1年ではセカコイの主要キャラとはクラスは一緒にならないので、クラスは安心だ。クラスでフラグが立つ心配はほぼない。
クラスのメンバーの自己紹介をぼんやりと聞いて、自分の自己紹介は適当に言っておく。
そして入学式の1日が終了する。
うん、これからが本番だけどね。
入学式のあと王子と凛花は出会い頭にぶつかる、と言うシーンがあるのだ。
そこで入学式の時に目が合っていれば、王子の方から君とはさっき目があったね、運命的だね、なんて言われてしまうのだ。
なんて恥ずかしい台詞だろうか。それを普通に言える王子はなんて恥ずかしい奴なんだろうか。少女漫画のイケメンだから許されるが。
そんなこと言われたら、私なら引く。どんなイケメンだろうが、リアルに言われたらドン引きする。
そんな羞恥プレイを避けるために、入学式に彼と目が合わないように気を付けた。
結果は良好。きっと羞恥プレイは避けることができたはずだ。
出会い頭にぶつかるのを避ければいいのでは、とも考えたが、漫画の補正みたいな力で無理やり出会い頭でぶつかるはめになる可能性もあるため、目を合わせないようにするのが確実だと判断した。
目を合わせないようにするのは私の意志の力でなんとかなりそうだし。
でも、王子と直接会うのはできれば避けたい。
一目惚れされても困るのだ。少女漫画のヒロインたる私は美少女なのである。そういう可能性もゼロじゃない。と言うか、漫画だと一目惚れだったような気がする。
私の方は一目惚れという可能性はないけど、向こうはわからない。
と言うわけで、私は王子とぶつかる予定の場所を避けて帰ることにした。
本当は王子が帰ったのを確認してから下校すればよいのだろうが、今日は用事がある。
私の入学祝いに家族でディナーをするのだ。フランス料理だ。
そのディナーのための支度をしなければならないから早く帰ってくるように、と母から仰せつかっている。
母の命には逆らってはならないのが神楽木家の掟だ。破ったらなんて、考えたくもない。
私はフランス料理、と頭の中で唱えながら歩く。
曲がり角は慎重に進んだ。どれも呆気なくクリア。
そのことに更に調子に乗った私は誰も見ていないことをいいことに、スキップをして鼻歌まで歌いながら進む。
「ふん、ふふん、ふーん♪」
ご機嫌な私は横から急いでこちらに向かってきていた人影に気づかなかった。
突然ドンと衝撃が走り、私は後ろに弾け飛ばされそうになる。
寸前のところで、目の前から延びてきた手に引っ張られて、尻餅をつくという醜態をさらさずに済んだ。
ん?ちょっと待って。
この状況、なんか見覚えがあるんですけど?
「ごめん、大丈夫か?」
上の方から聞こえたのは想像したのとは違う声だった。
良かった、フラグ折り損なったのかと思った。
私はほっとしつつ、目の前にいる人物を見て息をのむ。
彼は王子とは正反対のイケメンだ。
王子が柔らかくて温かいイメージなら、彼は冷たくて硬質なイメージだ。
そんな彼を私は知っていた。彼はセカコイの主要人物だ。
王子の親友、蓮見奏祐だ。
作中で王子と彼を太陽と月に例えられていたが、まさにそのイメージにぴったりな二人である。
私は、彼の情報を思い出しつつ、良いとこのお嬢様っぽく答える。猫かぶりは得意だ。
「ええ、大丈夫ですわ」
ちょっとはにかんでみた。どうだ、私のお嬢様っぷりは!
「君は…………?ああ」
彼は私の顔を見てちょっと考えて込む仕草をしたあと笑った。
「入学式の最中に爆睡してたやつか」
「…………なんのことですの?身に覚えがありませんわ?」
答えるのにたっぷり間を置いてしまった。
なんで知ってるんだ?!見てたのか!?見てたとしか考えられないけど!
「よだれ」
ハッとして私は思わず口元を拭う。
ってちがう!これじゃあ認めたと同じじゃないか!
「……君、面白いな。とにかく、怪我はないな?」
「ええ、なんともありません」
面白い?どこが!
と突っ込みたいのを理性で押さえつけた。
私はお嬢様、私はお嬢様なのだ。
「なら、良かった。急いでるのでこれで」
「ええ、ごきげんよう」
私から遠ざかりかけてた彼が不意に振り返り、意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
「入学式のことは黙っていてやる。さっき、鼻歌歌いながらスキップしてたことも、な?」
そうして今度こそ彼は去っていった。
………なんなの、あの男!
結局私、羞恥プレイじゃないか!
しかも自分のことだけに、なお恥ずかしいぞ。
これが少女漫画の補正なのか……いや、そうであってくれ。
でないと私、恥ずかしくて死ねる。