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私はよくわからない敗北感を味わいつつ、お菓子をポリポリ食べ進める。
お茶が無くなればすぐに淹れてくれ、お菓子を食べたいなと視線を向ければなにも言わなくてもお菓子を取ってくれる。
なに、この致れり尽くせりな状況。
しかも尽くしてくれるのがメイドな美咲様と執事な蓮見ってなんてVIP待遇なんでしょう。VIP過ぎてこわい。
私と弟が、美咲様たちとのおしゃべりを楽しみつつお菓子を食べていると、あっという間に時間が過ぎていって、お菓子はとうとう空になった。
お菓子、とても美味しかった。ぜひまた食べたい。
頼めば作って貰えるだろうか、とチラッチラッと蓮見を見ていたら目が合った。
目で「またお菓子を作ってください」と訴えてみるが、残念ながら伝わっていないようだ。なに見てんだという目で見られてしまった。ちぇっ。
そしてその日はお開きになった。
メイドの格好と執事の格好をしたまま、美咲様たちは見送りをしてくれた。
いいんだろうか、その格好で外に出ても。
「今日はびっくりしたね、悠斗」
「あ、あぁ……なんか、すごい濃い1日だった」
「ふふっ、そうね。でも、楽しかったわ」
「……そうだね、姉さん」
明日からまた受験勉強頑張らなきゃ、と言う弟の頭を私は撫でた。
そうしたら、やめろ、と本気で嫌がられて凹んだ。
いいじゃないか、頭くらい撫でても。
それから、私は平和な日々を過ごした。
王子に遭遇もせず、騒動も起きず、平和だ。
期末試験があった。私は目立ちたくないと思いながらもテストに手を抜くことができず、結果は1つ順位を下げ、3位になった。
1位は変わらず蓮見で、2位が王子だ。
そして4位には飛鳥の名前があった。うん、さすが未来の生徒会長だ。
期末試験が終われば夏休みに入る。
待ってました、夏休み!
夏休み、なにをしようかな、と計画を頭の中で立てていると携帯が鳴った。
メールだ。誰からだろう。
送り主の名前を見て、そしてメールを読んだところで、私の夏休みの最初の予定が決まった。
私は返信を返し、すぐに出掛ける準備をして、家を出た。
目指すのは最寄り駅だ。
最寄り駅に着いた。
私は目当ての人物をキョロキョロと探す。
改札口で目当ての人物を発見した私はその人物に向かって手を振る。
相手も私に気付いたようで、一瞬目を見開くと、駆け足で私の方に近づいてきた。
「凛花!」
「菜緒!」
私たちは抱き合う。
そして互いに顔を見合わせて笑い合った。
「凛花、久し振り!わざわざ来てくれたの?」
「うん、久し振り。ちょうどなにしようか計画を立ててたとこだったの。菜緒が帰ってくるって聞いたらいても立ってもいられなくて来ちゃった」
「さすが、凛花だわ。この行動派!」
「いたい、痛いって」
つんつんと私の頬を突いてくる菜緒に私は苦笑した。
彼女は、私の幼馴染みで親友の大月菜緒だ。
中学までは同じ学校だったのだが、彼女は看護師にたなりたいと、高校からは看護科のある全寮制の学校に入ったのだ。
GWの時は彼女は帰って来なかったので、会うのは実に4ヶ月ぶりである。
「元気だった?学校はどう?大変?」
「元気、元気。学校は楽しいよ、楽しすぎてGW帰ってくるの忘れちゃった」
「なら、良かった」
「私より、凛花の方は?どうなの、学校は?」
「それを菜緒に聞いて貰いたくて会いに来たの!ねえ、聞いてよ菜緒~」
「はいはい、聞くから。先に荷物置きに帰らせてね」
「うん。あ、荷物持つよ」
「お嬢様に荷物持たせられません。非力なんだから、無理しないの」
「はい、すみません……」
菜緒はお姉さん気質だ。ひとりっ子だけど、お姉さん気質だ。大らかでしっかり者な菜緒は私の姉貴分と言っても過言ではない。
だから私はついつい菜緒に甘えてしまう。
菜緒はうちの近くのマンションに暮らしている。
菜緒の家は一般家庭だが、菜緒のお母様とうちの母が大の仲良しで、ちょうど同じくらいに妊娠した母たちが、生まれてくる子が男の子と女の子だったら将来結婚させましょうね、なんて言っちゃうくらいに仲が良い。
そんな母たちの影響もあって、私たちは家族ぐるみのお付き合いをしている。
私は菜緒の家にお邪魔した。
菜緒のお母様が「いらっしゃい、凛花ちゃん」とにこにこと出迎えてくれた。
菜緒が寮に移って以来、寂しそうだった菜緒のお母様も菜緒が帰ってきて嬉しいみたいだ。いつにも増してにこにこしている。
そんな菜緒のお母様の様子に私までにこにこしてしまう。
私たちは菜緒の部屋に入った。
私は菜緒が荷物を部屋の隅に置いて、荷物を片付けているのをぼんやり見つめていると、菜緒のお母様がお茶とお菓子を持ってきてくれた。
私はお礼を言って荷物を片付けている菜緒の変わりに受け取った。
それからちょっとして荷物の片付けが一通り終わったらしい菜緒が、改めて自分の部屋を見て、やっぱり我が家はいいわ、と呟いた。
そして菜緒のお母様が持ってきてくれたお茶を飲む。
「それで?学校はどうなの、凛花?」
「うん、実は……」
私は入学式から今までに起こったことを菜緒に話す。
菜緒は私に前世の記憶があることを知っている。そしてこの世界が私が前世で読んだ少女漫画の世界に似ていることも。
最初はやっぱり信じてくれなかったが、何回も何回も説明して、セカコイの登場人物が実際に存在していることを知って、やっと信じてくれた。菜緒は現実主義者なのだ。私みたいなお花畑頭とは違うのだ。
………自分で言って悲しくなった。
「ふーん……なるほどね……」
「大変だったのよ……!」
「そう言ってるわりには楽しそうだけどね?」
「そう……?」
「うん。で、凛花は蓮見が好きなの?」
ぶはっと私は飲みかけのお茶を吹きだしそうになった。
最近お茶を吹き出しそうになることが多い気がするのは、気のせいじゃないはず。
むせる私に菜緒が「ちょっと大丈夫?」と言って背中を擦ってくれた。
「なんでそうなるの!?」
復活した私が菜緒に食って掛かる。
菜緒はそんな私を面白そうに見ていた。
「いや、話を聞いてなんとなく?」
「なんとなくって……私は蓮見様のことなんても思って…………」
ないことは、ない。
実は私は蓮見にまたお菓子を作ってもらいたいと思っている。できれば今度はケーキを。
私のパティシエになってほしいのだ。蓮見のお菓子は私の好みの味なのだ。
「いや、私のパティシエになってくれないかな、とは思っているけど、恋愛感情は一切ないわ」
私と蓮見の関係は顔見知り以上友達未満です。
「そう?まぁ、凛花がそう言うならそうなんだろうけど……私も会ってみたいな」
「誰に?」
「その蓮見っていう人と美咲様に。あ、あとできれば王子?にも会いたいかな」
「東條様、ね。蓮見様はどうかわからないけど……美咲様なら会ってくれると思うわ。東條様に関しては難しいと思う」
「じゃあ、その美咲様にまず合わせてよ。女子会しましょ?」
「女子会……!すてき。早速美咲様に連絡してみるね!」
美咲様にメールをすると、2つ返事で返ってきた。
こうして、急遽、真夏の女子会が開催されることになった。
女子会、楽しみだなあ。