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私には前世の記憶がある。断じて、寝ぼけてるわけでも妄想でもない。
中学受験の控えたある日、私は自分の名前を漢字で書いている時、思い出した。
神楽木凛花って前世で読んだ少女漫画のヒロインの名前じゃないか!
定番の悪役令嬢でした、ってパターンじゃないのか。そっちの方が良かったな。
と言うのも、神楽木凛花が登場する少女漫画『世界は恋で溢れている』は、ヒロインの凛花の評判が物凄く悪いのだ。
凛花は流されやすいキャラだった。
あっちの男へふらふら、こっちの男へふらふらと、私も何度はっきりしろー!!と叫んだことか。
それでも最終回まで読み続けたのは、ライバルキャラが好きだったからだ。
ヒーローとヒロインよりもヒーローとライバルキャラにくっついてほしかった。
最終回のライバルキャラの姿に、私は滂沱の涙を流した。
あんなヒロインに婚約者であるヒーローを盗られたにも関わらず、最後に二人を祝福した彼女の器のデカさに惚れ、そんな彼女を振ったヒーローに殺意を覚えた。
まあ、とにもかくにも、どうやら私は私が大嫌いなヒロインに生まれ変わってしまったらしい。
いや、まだ決まったわけじゃない。もしかしたらここは『世界は恋で溢れている』の世界じゃないかもしれない。そう、願おう。
願ったのに、神よ、あなたはなんて無情なのか。
凛花たちが通う高校が実在するだなんて知りたくなかった。
これはもう確実か。どうしよう、あんな人間になりたくない。
考え抜いて、私は名案を思い付いた。
そうだ!その高校に入らなければいいんだ!
……なんて思っていた時期が私にもありました。
神楽木家はそれなりに裕福な家庭である。
母は良家の出身で、凛花が通う高校の卒業生でもあった。それゆえに、母校に通ってほしいと頼まれた。
私は母に弱い。父や弟にならノーと言えるのに母には何故か言えない。
結論から言って、私は凛花が通う学校、桜丘学園に高等部から編入することになった。
受験で落ちれば……と考えたが、神楽木家の評判を落とすのはまずい。そのうえ、私は真面目だ。
真面目ゆえに、入学試験に手を抜くことはできなかった。真面目が憎い。
せめて凛花がバカだったら助かったのだが、残念なことに凛花はお勉強のできる馬鹿だったらしい。
いろいろ、残念だ。
中学を卒業し、どうしよう、どうしよう、と悩んでいる間にも時間は無情に過ぎていき、明日が入学式だ。
私は腹を括った。
こうなったら、徹底的にヒーローを避けて、凛花とヒーローのフラグをへし折るしかない。
あわよくば、ヒーローとライバルキャラをくっつけるのだ!
私は二人を影からこっそり見守ろう。そしてライバルキャラを応援しよう。
やるしかない。やってやる。
大好きな二人のためで、私のためでもあるのだ。
絶対に、漫画の通りになんかなってあげない!