TARGET 9 兄と弟
【22】
俺には、弟がいる。
腹違いの弟だから義弟と呼ぶのが、正しいのか。
弟と初めてあったのは、今から二年前、実の父親の突然の他界がキッカケだった。
父の死因は、過労死。
父は、事情不明だが、多額の借金をしていた。
父が亡くなったと同時に、借金取りの標的は、義母に移行した。
義母は、一人で借金を返そうと来る日も来る日も働き続けた。
義弟もアルバイトで、何とか義母との生活を続けていた。
ある日、俺は近所のスーパーで買い物をしていた。
そして、たまたま出会ったのが、レジ打ちをしていた義母だったのだ。
「あら、久しぶりね……和真」
「あぁ、久しぶり。あれ?なんか、やつれてないか……?」
義母の様子が変だということは、一目でわかった。
その時、俺は、借金の事を知った。
「大丈夫、借金のことは……全部、俺に任せてくれ」
「で、でも…………」
自慢ではないが、貯金は相当ある。
特に使い道がなかったから貯金してきたが、その時、ついに使い道ができたと思えた。
説得には、時間はかかったものの、何とか納得させた。
そして、俺は一つ条件をつけた。
それは、俺が借金取りとして、弟に会い、憎むべき相手にさせるという条件を……。
一年かけて、借金を返し終わるという演技を完了させた。
本来なら、この時点で役目を終えることになるのだが、まだ、弟の憎むべき相手にはなれていなかった。
そもそも、なぜ、あの条件を提示したのかというと、憎むべき相手を前にしてこそ人は、何かを必死に守ろうという気持ちが芽生える。
俺が、弟の憎むべき相手になり、義母を必死に守ろうという気持ちさえ芽生えればそれだけで良かった。
俺は、遠回しに、弟に義母を守れるのは自分しかいないという自覚を持たせるように仕向けた。
そこからは、毎日のように、義母と争う演技を始めた。
毎日、毎日欠かさずに。
前よりも、弟と義母が一緒にいる時間が多くなり、俺の役目は終盤へと近づいていた時。
事件は、音もなく、突然起こった。
義母の突然の事故死。
俺の計画も音を立てて崩れていった。
弟は、事故を起こしたのは、借金取りである俺だと思い込み、俺に復讐しようとしてくるようになった。
スイッチバトルという出処のわからない未知の道具で戦うゲームで。
俺は、弟と遭遇する度にスイッチバトルを挑まれた。
だが、弟は、俺に一度も勝てたことがない。
理由は明確で、単に想いのこもってない一撃を連続で繰り出しているだけだからだ。
一言で表すなら、我武者羅。
『うらぁぁぁぁッ!!!!!!』
弟は、雄叫びを上げながら、駆け出し、俺を細剣で斬りかかってくる。
『君はいつもそうだ。そうやって中途半端な技術で我武者羅に剣を振る。そんな奴が僕に勝てるとでも思ったのかい?だとすればそれは浅はかな考えだよ。』
義母を失った弟。
今の俺ができる唯一の事。
それは、弟を自分の手で強くすること。
誰にも負けることのない者にする。
それが、今の俺の使命なのだと思った。
だが、それも終わりが近づいてた。
俺は、弟とスイッチバトルをしていた時、外野からバトルをやめるように止めてきた青年がいた。
俺は青年の言う通りに手を引き、あてもなく街を歩いた。
数十分経った時、偶然にも河川敷の近くで弟が走っているのを見かけた。
「懲りない奴だなァ……ここまで来ると呆れを通り越して尊敬しちゃうよ」
そう、弟に言いながら、俺は弟の目の前に立ちふさがった。
「いやー、君って人は本当に……愚かだ。そんなんだから母親も救えなかったんだよ?」
俺は、この時、言ってはならないことを言ってしまった。
弟にも俺にも深く突き刺さる言葉だった。
本当に何も救えてないのは自分だというのに、それを弟に押し付けている自分には深く、深く、突き刺さった。
そして、俺は、その時に行ったスイッチバトルで弟に敗北した。
実力の差は歴然で、最初は新しいスイッチを使ってるからだと思っていたが、違った。
戦って気づいた。
弟は、裏で誰かに利用されているのだと。
Sランクだとかいう未開の力を使わせて……。
ドクドクと流れ出る血。
いくつもの針により、抉られた肉。
せめて、罪滅ぼしとして、弟に殺されても良いと思っていた。
だが、またしても、青年により、俺は死ぬことができなかった。
倒れながら、俺は青年と弟の戦いを見ていた。
力の差はあるものの、技量で言えば、青年の方が上回っている。
弟は、興奮気味で無我夢中に薙刀を振るだけ。
ボロボロになりながらも、青年は弟に立ち向かい、戦い続けた。
そんな姿を見ているうちに、俺はこの青年を弟の手で殺してはいけないと感じた。
よくよく考えれば、俺も死んでしまえば、弟を罪人にさせてしまう。
だから、少しの可能性を胸に、俺は立ち上がった。
目の前で殺されそうになっている青年を守る形で目の前に立ち、巨大な槍を受け止めた。
溢れ出す、鮮血。
さすがに、死ぬと思った。
だが、俺は青年に、強がりを見せた。
「なん、ですか…………?勝手に殺さないでくださいよ………………そもそも、そこの男に殺されるのは私だけなんですから……勝手に殺されそうになってるんじゃ、ねぇぞ……ガキ!!」
あくまで、キャラを崩さずに。
「ありがとな、アンタ……俺がアイツを止めるから、よ」
青年は、意外そうな顔をしているが、今はどうでもいい。
今の弟を救うことができるのは、この青年のみ。
だから、代わりに救ってくれ。
この、できそこないの兄の俺に代わって…………。
「フンッ…………私はアンタではない。土田和真だ……よく、覚えておけ……」
「あぁ、わかったよ」
見ず知らずの青年に託す。
自分には成し遂げられなかった、弟を強くするという事を。
力だけが、全てではないことを。
力に溺れそうになっている弟を救ってくれと願い、俺はその場で倒れる。
そこからの記憶は無く、目覚めた時には、見知らぬ病室で、横たわっていた。
これが、俺と弟の全て。
土田和真という、できそこないの兄と。
宮島隆介という、幸福から見放された弟の。
『全て』だ。