酒と煙草
「で、明日から来れる?」
目の前で踏ん反っている男の言葉に、一瞬頭が動かなくなった。
「……どうなの?」
「え、あ、はい、来ます!!」
簡単に志望理由を聞かれただけで、人生初の面接は終わった。履歴書に書いてあるのを要約しただけなのに。よほど人が足りないのだろうか。男の強面に若干びびりながら、明日からの職場である倉庫を後にした。
「おかえり、面接どうだった?」
「いやー、なんか、すぐに受かった」
「やっぱりね。だから言ったじゃん、バイトの面接なんて楽勝だってさ」
「うん、昨日あんなに緊張してたのバカみたい。即効で決まるものなんだね」
「まあ、場所とかにもよるけどね。でも良かったじゃん。これで生活費安泰だね」
「まあ、ね」
「よし、祝杯をあげよう!!」
そう言い、いそいそと冷蔵庫から缶を取り出した。
「ありがと。てか、何これ、酒じゃん」
「いいじゃーん、めでたいんだからさ!」
いや、お互い未成年なんですけど。つーか、酒とか今まで飲んだことないし。楓が渡したのは、レモンの缶酎ハイだった。
「あんた、普段酒とか飲んでんの?」
「あー、たまにね。お客さんがくれるから一緒に飲んだりするよ」
え、大人が未成年に酒薦めていいのかよ。楓の仕事も仕事だけど、買う方も買う方だよなあ。
「仕事、明日からなんだ。だからこれはいらない」
「わーお、まっじめー」
いや、これが普通だろ。そう思いながら楓に缶を渡す。
「由良、怖いんでしょ? お酒飲むの」
……ばれてる。
「大人の階段のぼろうよ!! 君はまだシンデレラさ!」
どっかで聞いたようなセリフだな、おい。
「いや、飲まないよ。それより、明日の準備しないと」
酒には嫌な思い出がある。母親が、よく飲んでは泣いていたから。私はそうはなりたくない。だから、もちろん酒なんて飲みたくないのだ。
必要なものは、マジックと、軍手。そう言われていたが、どちらも楓の部屋にはなさそうである。楓が軍手とかはめるのも想像がつかないもの。
「楓、軍手とか持って、ないよね?」
振り向くと、楓は何やら煙を吐いていた。
「あんた、何やってんの?」
「ああ、酒飲むと煙草吸いたくなるんだよね。由良もやる?」
「いや、やんない。子供うめなくなるよ?」
「産まないけど。てか、そうなの?」
「お母さんが言ってた。煙草吸ってると産めなくなるって」
「子供か。そんなん信じてるの?」
「え?違うの?」
「そんなわけないじゃん。一回吸い始めると、妊娠中にやめられなくなるってだけだよ。別にいいの。あたし、子供愛せる気がしないし。こう見えて人生に落胆してる」
酔っているのか、けらけらと笑いながら言う。ふと、母の事を思い出した。母は、私を愛しているのだろうか。家出しても何の連絡もない。携帯にも、実家の電話番号からの履歴がなかった。私は、愛されていないのかもしれない。兄と違って。
「楓、煙草、一本頂戴」
「えー、何? 由良も吸いたくなっちゃった?」
「いいから。早く。あと、お酒も飲むわ」
色々、頭から消し去りたかた。家族のことも、これからのことも、全て。そんなことには全くきづいていない楓は、嬉々として酒と煙草を渡した。まずは酒から手をつける。ジュースのようなものだろう。そう思って一口喉に流し込んだ。アルコールの味なのか、なんだか苦いしまずい。ジュースに不純物が入っているような味がした。苦くて苦しい。そう思いながら、渡された酎ハイをがぶがぶと飲み干した。頭がだんだんぼーっとしていくのを感じた。
「で、煙草ってどうやって吸うの?」
「火つけて、吸ったら深呼吸。そうやって肺に煙を流し込むの」
そう言い、レクチャーする。言われた通りにやってみる。瞬間、むせた。
「まあ、初めてはそうなるよねー」
ケタケタ笑いながら言う。
苦しくて、涙が出た。それでも、何度も吸った。こうしていれば、何も考えないで済む。自虐の意味もあったのかもしれない。愛されない、愛されていない私の自傷行為。そうしていれば、自分が生きていると実感できる気がした。