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家出一日目

 午前七時半。昨日、知らない家電から何度も入電があったらしい。実家ではないのが、悲しくて笑える。はは、つぶやいて、携帯の電源を切った。今の私には、この小さな画面から得られる情報は何一つない。家族も、友達も、全て置いてきた。

 「由良、起きたんだ」

 隣で寝ていた楓が、もそもそと体をねじらせる。

 「あ、ごめん、起こした?」

 「んー? いいの。いつもこのくらいに起きてたから」

 そう言い、目をこする。学校があるわけじゃないんだから、もっとゆっくりしていればいいのに。

 「さて! 今日はまず部屋の片づけするよー! この部屋だと勉強ずる気にならない! 健全な精神は、健全な部屋に宿る!」

 暗い気分を吹き飛ばすように、意気込んで言う。こんなに部屋が散らかっていては、勉強どころではない。どこからゴキブリが出るかわかりゃしない。

 「えー。そんなん初めて聞いたんだけど。そもそも家出娘と援交少女が健全なわけないじゃない」

 「うるさい! ほら、さっさと起きる!」

 駄々っ子みたいに体で拒否反応を示す楓を、布団の上からばしばしと叩くと、のそのそと起き上がった。

 「そう言えば、朝食どうする? うちにパンしかないけど」

 そう言えば、私、お金ないんだった。楓もそれに気づいたのか、心なしか勝ち誇った表情になっている。立場逆転。

 「パン、頂いていいですか?」

 「仕方ないなー。そのうち働いて返してよー。つか、あんた学校どうすんの?」

 「辞めるよ。元々あそこの勉強についていけてなかったし」

 「もったいない! せっかく入れたのに!」

 「いや、学校戻ったらあんたに勉強教えてる暇ないんだけど」

 「あ、そうか。うーん、でももったいないなあ」

 「あたしのことはいいよ。それより、パン。昨日食べてないから、お腹すいてるんだ」

 へいへい。そう言いながら、渋々キッチンへと向かう楓。一人落ち込む私。勢いで出てきたけど、これからどうすればいいんだろう。高校行ってない奴なんて沢山いるし、どうにかなるんだろうけど、どうなるんだろう。かすかに手が震える。そんな自分に気づかれまいと、そっと手を布団の中に潜らせた。

 「そういやさ、学校辞めるってことは、あんたも働くの?」

 「そうだね、働かなきゃね。でもまだ15なんだよね。どっか出来るかな」

 「いいバイト、紹介しようか?」

 にやりと怪しい笑みをこぼす楓に、思わず背筋がぞくりとした。

 「あんたと同じにはなりたくないね」

 「なにそれ、失礼な!」

 そもそも、あたしの体なんて売れるわけがない。楓のようにすらりとした美人にはわからないだろうけれど、ずんぐりむっくりなあたしは自分の見た目に自信がない。それとも、こんなんでも若さだけを武器に働けるのだろうか。いやいや待て待て。さすがに私には向いていないだろう。ていうか、キャラじゃないし。

 「まあ、気が向いたらいつでも言ってよ。これでもあんたよりかは仕事というものを知っているからね」

 何が仕事だ。お前がやっていることは、仕事ではなくただの犯罪だ。言おうとしたが、パンが丁度よく焼けたので、黙ってそれを受け取った。

 「昨日も聞いたけどさ、あんたなんでこんなことやってるの?」

 「こんなことって?」

 「だから、援助のこと」

 「えー、だから、昨日も言ったじゃん。大学に行きたいんだってば」

 「いや、そうじゃなくて。なんでわざわざこの仕事なのよ」

 「うーん、これがあたしにとって一番自然な働き方だったから、かな?」

 「自然って、今までどういう教育を受けてきたのよ」

 そう言えば、この家には他に誰かが住んでいる形跡がない。親だって心配しているのではなかろうか。

 「まあ、それはおいおい話すよ。さ、食べたら掃除だあ」

 一瞬、表情が曇っていた。すぐにごまかしたけど。そういえば、私たちは赤の他人なのだ。そりゃあ、昨日今日出来た知り合いに、援助の理由を語るわけがないだろう。私だって、赤の他人に兄が引きこもりなんて言えない。それと同じか。呑気に皿を片す楓を見ながら、少しだけ陰を感じた。


 午前中、掃除をしていて、大量に出てくる参考書の数に驚いた。高校三年分、各教科それぞれそろっていて、ページをペラペラめくってみると、何やら殴り書きで色々書いてある。英語の参考書には調べたのであろう、英語の意味。数学であれば公式など、必死に勉強したあとが如実に表れていた。私なんかいなくても、本当は一人で出来る子なのではないだろうか。では何故私を家に入れたのか。疑問に思ったが、当の本人は掃除に夢中なので、そこには触れないようにした。実際、ここを追い出されたとて私には行く場所がない。

 掃除が終わり、軽く昼食を摂ったらすぐに求人誌を読んだ。働いたこともないので、何をどうすれば働けるのかもわからない私に、求人誌と楓は優しかった。履歴書とやらを生まれて初めて書き、自分の字の下手さに辟易した。何度も書き間違い、動機がだめだとか、志望理由がなってないだとか、色々横から言われながら、やっと一枚出来上がったのが三時半。保護者の欄には楓にうちの母親の名前を書いてもらい、住所は、親とは別居しているということにし、楓の住所をお借りした。高校は中退とし、初心者歓迎の家具のピッキング作業の募集先に電話した。

 まだ若そうな声の男性の声が、

 「うち、女の子いないんだけど、それでもいい?」

 と言ってきたが、時給がよかったので、二つ返事で面接の日取りを決めた。決戦は明日、ということになり、電話を終えてから猛烈に緊張しだした。

 「どうしよう。 やばい、今から緊張してる」

 「あんた、さっきまで冷静に電話してたじゃん。声も少し低くなってたし。バイトの面接なんて、どこでも大丈夫でしょ」

 「大丈夫かなあ? ほんとに大丈夫かなあ? 女の子いないって言ってたし」

 「その方が仕事、やりやすいと思うよ。変な派閥に巻き込まれなくて済むから」

 「楓は今まで、どこかでバイトしてたとかあるの?」

 「もちろん。でも、今の仕事が一番向いてるかな、私には。金もうけも出来るしね」

 「そう。あー、落ち着かない!」

 「あら、珍しく噛みつかないのね。緊張してるあんた、結構面白いわ」

 そう言い、ケタケタ笑う楓が少し憎らしい。楓が何の仕事をしていたか、聞こうと思ったが、怖くて、そして自分に余裕がなさすぎて聞かなかった。ああ、明日が怖い。

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