夜のファミリーレストラン
カフェインは夜に摂るものではない。昔母にそう教えられた。まだ、私の相手をしてくれていた時のことだ。
それすらもぶっ壊してやりたかった。出来れば、カップを壁にぶつけ、粉々になったのを、にやにやしながら眺めてやりたい。
しかし、このカップはこのファミレスのものだ。現金三千円しか持っていない、しかも、目の前にいるけばけばしい奴におごらなければならない私は、このカップを割ることすら許されない。
「あんた、なんにも食べないの?」
チーズインハンバーグを食しながら、女は言う。お前のそれのせいだ。
「お金、ないからね、あんたと違って」
ふうん、と、無慈悲にハンバーグを口へと運ぶ。少し分けてくれたっていいのに。
「まあ、あたしもお金ないからね。だから奢ってもらってるんだけど」
「ああいうことしてるんなら、すぐにお金出来るんじゃないの?」
「まさか。大体生活費で消えるよ。一人暮らしなもんでね」
ああ、だからこんなにけばけばしい恰好が出来るんだな。うちの親なら、絶対にこんな恰好許さないだろう。
「高校は? 行ってるの?」
「行ってないよ。あの制服は、おっさん達が喜ぶから買っただけー」
「親は?」
「どうでもいいじゃん。そんなの」
女は少しむくれて、目線を下にした。家出娘の話はどうでもいいって言っていたが、実はこいつも家出娘なんじゃないか?
「あんた、いくつ?」
「16」
一瞬、コーヒーを吹きそうになった。なんだこいつタメかよ。それか、一つ上かだ。厚化粧のせいか、とてもじゃないが16には見えない。なんつーか、もっと、芋っぽいのが自分達の年齢だとばかり思っていた。
アイラインを目尻で跳ね上げ、つけまつげもばっちりついている。それなりの恰好をしたら、ただのキャバ嬢である。
「あー、お腹いっぱい! ごちそうさまー」
お腹いっぱい、なのに、ウエストはくびれたまま。お腹が出ている様子もない。16って、こんなにスタイルいいものなの? それとも嘘なのか?
「なによ」
「いや、とても16には見えないなと」
「それ、褒めてんの? けなしてんの?」
「どっちでもない。ただの感想。食べたなら、もういいよね。会計してくる」
立ち上がろうとした時、女が一瞬、目を潤ませた。なんだこいつ。そう思いながら、レジへと向かう。1530円。わーお、半分なくなったー。
空がもう暗くなっている。女と歩いていた時に比べて、闇は深くなり、黒が私を包む。今日、どこに寝ようか。漫喫かな、いや、あと1400円足らずの金を、たかが一晩で使いたくはない。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
ファミレスを出る私を追いかけて来たのか、女はゼーハー言いながら私の肩を掴んだ。
「あんたね、二回、私の仕事を邪魔してるの。ファミレス一回程度じゃ元とれないの」
なんだ、まだたかりたいのか。
「今、1400円くらいしかないんだけど……」
「そうじゃないわよ。いい? あたしが一日で稼ぐ額は、大体3万円前後。で、あんたは今回それをパーにした犯人。3万円分、返してもらわなくちゃ気が済まないのよ」
「はあ、でも、もうお金は……」
「あんたは馬鹿なの? 金がない場合、体で返すっていうのが、世の常識でしょ?」
いつの間にか法律でも変わったのだろうか……。体で返すって、まさか……。
「私、援助交際は無理……」
「家庭教師をしてよ!」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。家庭教師? 学校も行っていないのに??
「私、大学に行きたいの。でも、事情があって高校には行けなかったし、高卒認定受けるしかないのよね。あんた、頭良いんでしょ? 一緒に住んで、勉強教えてよ」
え、何この展開……。援助交際してる人に、しかも一人暮らししてる人に家庭教師って、聞いたことないんだけど。しかも一緒に住むって何? ホームレス覚悟だったから、もう雨風しのげないと思ってたんだけど。
「遠慮します」
咄嗟に出た返事がこれだった。なんでこう返したのか、自分でもよくわからない。私の中の危険警報が、頭の中でぐるぐるしていたのだろう。本能的に受け付けられなかった。
「馬鹿ね。あんたに拒否権があると思ってるの? あんた、名前は?」
「……柱由良」
「由良? なんか変な名前ー。あたしは松森楓。よろしくね、由良!」
そう言い、楓は笑顔で握手を求めた。あ、なんだ、こうして笑うとやっぱり可愛いんだな。そう思い、手を伸ばした。