兄妹
「和幸!開けて!お願い!」
家に着くと、母が兄の部屋のドアを壊さんばかりに叩いていた。いつもの光景。いつものリズム。
そんなことしても無駄なのに。
三つ違いの兄は、いじめが原因で、二年前から引きこもりになった。頭もよく、明るく優しかった兄が何故いじめられたのかはわからない。気づいたら兄はボロボロになっていた。早く帰ってきても、何をするでもなく、暗がりに身をひそませ、ぶつぶつ何かを言うようになった。それがわが家の崩壊の合図だったのだ。
両親は毎晩兄のことで言い争うようになり、一年前に離婚。兄と私は母についていったが、それが失敗だったのかもしれない。
母は兄につきっきりで、私にはもう関心がないようだった。
母が喜ぶであろうと思い、頑張って兄と同じ高校に進学しても、期末テストで良い点をとっても、もう母は私を見てくれなかった。
それどころか、
「和幸なら、もっと良い点取れたでしょうね」
なんて言う始末。
私って、何?
エプロンに着替えて、夕飯の準備を始める。父と離婚後、シングルマザーで忙しく働いてる母を見かねて、家事全般は私が引き受けている。
有難う。
その言葉さえ、この家にはない。
台所用洗剤をじっとみる。人魚姫は泡になって消えた。あたしも美しく消えたい。いや、もう消えているはずだ。
この家庭内では。
兄はいつも優秀だった。特別苦労もせずテストで満点をとり、特別苦労もせず、徒競走では一位になった。
それに比べ私は不器用で、必死に頑張って80点、徒競走ではビリだった。
なので、両親はいつも兄を褒めた。そして何もかもうまくこなせない私を馬鹿にした。それでも兄だけは優しかった。人それぞれだと私を撫で、励ましてくれた。
だから、兄が引きこもってから両親は荒れた。毎日のけんか、嘆き、怒り。たまにそれらを私にぶつけてくることもあった。お前なんかいらないと。勝手に作って産んだのはお前らだろう。そう思うが、私は何も言えない。悲しさもない。
そんなものは、もうとっくに感じなくなっている。