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連絡先

 楓が硬直した。私が松田からの名刺を渡した、その直後にだ。そのうち手は震えだし、涙を浮かべ始める始末。これだから色恋は面倒臭いのだ。

 「嘘」

 いや、あたし何も言ってないけど。これ、と言って名刺と言う名の半分ラブレターめいた紙切れを渡しただけなんだけど。言おうとして、楓がすぐにしゃがみこんだ。

 「嘘だあ。こんなのあり得ない」

 何がどうあり得ないのか全くわからない。毎日のように松田松田、楓楓と騒いでいた二人の間にいたからだろうか。どうやら楓は自分だけが松田の事を考えていると思っていたらしい。そう言えば、楓の連絡先聞かれてるって、楓に言ってなかったな。少し申し訳ない気持ちになりつつ、早くクーラーの効いた部屋で涼みたいという気持ちにもなり、ごめんも言えずにいた。早く家に入れて欲しい。いや、居候だけども。

 楓は変わらず床にへたり込んで、感動している。頭上に名刺を掲げ、手をぷるぷると震わせていた。

 「覚えててくれた…」

 そう言いながら、名刺を胸の前でぎゅっと握っている。暑い。何だろう、この温度差。

 「良かったね。とりあえず、部屋入れて欲しい。暑いよ…」

 「あっ、ごめん。部屋涼しくしといた!」

 涼しい風が頬を伝う。オアシス…。そう思いかけた途端、楓がマシンガンのように話しかけてくる。

 「どうしよう! ねえ、どうしよう! なんて連絡したらいいかな? この前は有難うございます? じゃ、芸がないよね。覚えててくれて嬉しいですーは、重いかな? ねえ、どうしよう!」

 煙草をふかしつつ、どうでもいいんじゃない?

あっちも好意あるみたいだよ、とだけ伝えた。瞬間湯沸かし器の鳴る音が聞こえ、耳がつんざかれる。

 「嘘でしょ? そんなことってある? 楓なんか聞かれたの? なんて言ったの?」

 肩に楓がのしかかる。折角涼しくなったのに、また背後が暑くなった。

 「あんたの連絡先何回も聞かれた。あと、あんたは今度いつ来るか聞かれた」

 私は休む気なんてないのに、言いかけた途端、また湯沸かし器が鳴った。

 「それってさ! それって脈ありってことじゃない? どうしよう! いきなり告白とかされちゃったらどうしよう!」

 乙女だな、でも、馬鹿みたいだ。あー、違う、こいつは馬鹿だった。男の態度一つで浮かれてしまう、そんな馬鹿。

 「良かったじゃん。願ったりだね」

 ぶっきらぼうに伝え、煙草をもみ消した。

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