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#フォロワーさんの好きな単語を詰め込んだ創作小説を書く を書いた

作者: 北乃ゆうひ

 

 

「こんなコトになるなら、出撃に前にヤニを一本でも吸っておくんだったわ」

 機体の軌道の微調整を行いながら、思わず愚痴をこぼす。

 それに背後から答える声がある。

「今更ですよ、それ」

「わかってるわよ」

 それに口を尖らせながら、返答する。

 そうだ、今更だ。こうなってしまっては、後の祭りである。

「後は私の腕と、この機体を信じるしかないわね」

「一応、僕も後ろで細かい微調整してるんですけどね」

「後は私の腕と、この機体を信じるしかないわね」

「二度も言わないでくださいよッ!」

「いやー、大事なコトかなーって」

 もちろん、背後の彼を信じていないわけではない。むしろ信じなければ、こんな無茶なことをしようとは思わなかっただろう。

「……君はどこに落ちたい?」

 ふと、そんなことを思って訪ねてみる。

 それにこともあろうが、この男は真顔で返事をしてきた。

「どこが良いもなにも、計算上、日本の伊豆近辺へ落ちるだろう突入角度が、一番安全だって出てますけど?」

「ロマンスのかけらもない返答をありがとう」

 前代未聞のギガントマン単独の大気圏突入。

 それをこんなつまらない相棒とやらないといけないなんて気が滅入る。

 そう思っていると、彼女の豊満な胸の谷間でもぞもぞとした感触がした。まるで自分もいると自己主張しているようだ。

「そういえば、貴女もいたわね」

 わざわざ宇宙にまで付いてきて、彼女の胸元へと隠れている、もう一人の相棒。

 忘れていたわけではないが、自己主張されるまでちょっと意識から逸れていた。

「でも大丈夫なんですかね。これ……」

「それこそ今更でしょ?

 人間、やってやれないコトって少ないと思うの」

「あなたも、あなたの胸元に隠れてる相棒も、人間ではないじゃないですか」

「面白味のないツッコミありがとう」

 そんな軽口の叩きあいも、一時終了だ。

「そろそろね」

「はい」

 これから自分達が突入する、青い星。

 その姿を見ながら、二人は改めて気を引き締めた。



 ことの始まり。

 それは少しばかり、時間を遡る――



     ☆



 イーベル社・商品実験艦ティターニア。


「よう、嬢ちゃん。良いおっぱいしてんねぇ」

「ありがとう」

 どう考えてもセクハラとしか思えないその言葉に、彼女は嬉しそうに投げキスを返す。

 それどころか、軽くスーツのファスナーをおろして、自慢のそれをチラ見せしてみせた。

「ひゅー♪」

 それに、整備士のおっさんも調子の外れた口笛を吹く。

「エルフって種族はみんな、嬢ちゃんみたいなのかい?」

「人間と同じで、サイズはまちまちよ。でも……」

「でも?」

「人間の美的感覚的には美男美女揃いの種族ではあるわね」

「そいつぁ良いコトを聞いた」

「でも、種族的には閉鎖的だから、滅多に会えないだろうけど」

「嬢ちゃんはどうなんだ?」

「人間にもいるでしょ?」

 いたずらっぽく彼女はちろりと艶やか舌を出す。

「変わり者って」

「なるほど」

 それに、おっさんは豪快に笑った。

「エルフにとっては聖域の森の外自体が、異世界みたいなもんで、森の外に出る人自体ほとんどいないのよね」

「本気で閉鎖的なんだな」

 異世界交流をしていると行っても、行き来が盛んに行われている訳ではない。

 未知の種族の未知の生活に、おっさんも興味があるようだ。

「ええ。

 だから正直、本当に異世界なんてのがあったのにも驚きだし、その異世界の住民は空よりも高い場所に住処を作ってるって聞いて、仰天したわよ」

「異世界交流が始まってわりと時間は経ったが、宇宙まできた異世界人は、お嬢ちゃんで始めたかもな」

「ほんとに、そうらしいわよ?

 なんて言うか……屈強な冒険者達でも、宇宙へ出る為のトレーニングで根をあげちゃうみたい」

「それにお嬢ちゃんは耐えた、と」

「そういうコト」

 ウィンクする彼女に、おっさんは笑った。

「で、どうだい? 宇宙は?」

「ずっと船の中だしね。何とも言い難くはあるけれど」

「あるけれど?」

「もっと無重力ってのを楽しみたいわ」

 そういたずらっぽく笑うと、ピチピチのパイロットスーツの胸元の留め金に人差し指を掛ける。

「おっぱいが重たさを感じない感覚って新鮮なのよ」

 そして、そこを軽く引っ張って、スーツと胸の隙間を見せた。

 その挑発的な仕草に、おっさんは躊躇わずガン見する。

「おっさん、爆発しちゃいそうだぜ」

「ふふ。ここから先は、気に入った人にしかしてあげないから安心して」

「つまり俺ってコトかい?」

「おじさんには、夜の自家発電用に、こうやって貢献してあげたんだから、違うわ」

「ひっでー言いぐさだ」

 口を尖らせ、おっさんが嘯く。

 それから、どちらともなく笑ってから、彼女はすぐそばにいるそれを見上げた。

 それは一言で言えば巨人だ。

 機械仕掛けの巨人。人型の機動駆体。ギガントマン。

 自分たちはその足下で談笑している。

「おじさん。サボらないで、この子をちゃんと整備しておいてね。乗るのは私なんだから」

 作業用として、兵器として、ギガントマンは高価ながらも地球では重要な存在となってきている。

 自分は、イーベル社が開発した新型ギガントマンの試作機――それのテストパイロットが今回の仕事だ。

「当たり前だ。そこは信用しろって。

 そういうお前さんも、完璧に整備されたコイツを乗りこなしてくれよ。そうじゃなきゃアピールにもなりゃしない」

「もちろんそのつもりよ。

 報酬分の仕事はキッチリしないとね」

「良い心がけだ。お互いがんばろうぜ」

「ええ」

 ニヤリっと笑うおっさんに、彼女もにこりと笑みを返す。

「ところで、喫煙室ってどこかしら?

 出来ればお仕事の前に一本くらいは吸いたいのだけど」

「お? そういうの嫌いそうに見えたんだけどな」

「そうねぇ……地球に遊びに来た当初は嫌いだったんだけど、両世界を行き来してるうちに、気づくと仕事前に吸うようになってたわね」

「ジンクスでもあるのかい?」

「そういう訳でもないんだけど、一種のルーティーンになってるのかも」

「ルーティーン?」

「そ。おじさんにもない?

 ネジ締める時、ついついドライバーをペン回しみたいに、くるりと回しちゃう……みたいなの」

 言うと、おっさんは納得したようにうなずいた。

 心当たりがあるらいい。

「それなら、吸っといた方がいいのかもな」

 そう言って、おっさんから喫煙室の場所を教えてもらうと、踵を返す。

「それじゃあ、行ってくるわ」

「あ、ちょい待ち」

 そんな彼女を呼び止めて、おっさんは訪ねる。

「そういや、名前聞いてなかったな」

 それに、彼女は下顎に手を当ててから、振り返って答えた。

「メイブよ。

 ティターニアって名前に船に乗るエルフ族のメイブなんて、地球のお話的には出来すぎだと思わない?」

「悪いな。俺はぁそういうおとぎ話だなんだってのは、詳しくねぇんだ」

「あら、それは残念」

 特に気を悪くした様子はなく、彼女は改めて踵を返した。

「それじゃあね~」

 そうして、手をひらひらとさせながら、喫煙室へと向かうのだった。



 そうして、おっさんに教えてもらった方向へと歩いていたはずなのだが――

「迷ったわ」

 植物や風の声でもあれば、人間より尖った自分の耳を澄ますことで、道を判断することも出来る。

 だが、あいにくとこの宇宙航行艦という奴は、金属の固まりだ。森という言葉から、ある意味一番遠い存在である。

「どうかされました?」

「道に迷ちゃって」

 掛けられた声に、そう答えながら向き直る。

 途方に暮れ始めている自分に声を掛けてきたのは、どこと無く冴えない印象のメガネ少年。

 だが、その顔にメイブは見覚えがあった。

「……って、ジャックだっけ?」

「え?」

 いきなり名前を呼ばれて戸惑ったようだが、こちらを見てすぐに合点がいったようだ。

「メイブさんですね。後ほど、ご挨拶に行く予定でした」

「こっちもよ。サポート、よろしく」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 試作型ギガントマンに乗る、もう一人のテストパイロット。

 二人乗りであるあの機体のサブパイロットとして、メイブをサポートするのが彼の仕事だ。

「ところで、喫煙室の場所を教えて欲しいんだけど」

「え? 喫煙室……?」

 問われて、ジャックは壁についている艦内案内コンソールに触れる。

「今ここですので……一つ向こうの通路ですね」

「申し訳ないんだけど……案内してもらっていい?」

 地図を見て確信する。また迷ってしまいそうだ。

「ええ。構いませんよ。ちょうど手は空いてますし」

「ありがとー」

 思わず抱きつくと、ジャックは顔を赤くしてこちらを押し返す。

「あ、あの……エルフの人ってみんな貴女みたいな人なんですか?」

 メイブは少し言葉の意味を吟味した後で、首を振る。

「ああ。私って、みんなから変わり者って言われるわね」

「安心しました」

「どういう意味よ」

 メイブは半眼でうめく。

 だが、彼はそれを無視して歩き始める。

「こっちから行った方が、早そうです」

 その背中を追いかけながら、メイブは思う。

(悪い子ではなさそうだけど、面倒くさそうな子っぽくはあるわねー)

 それでも、性格の如何問わず、会話が成立しない相手よりはずっとマシだろう。

「あのー……」

 黙って歩くのは性に合わないので、何か話をしようと話題を考えていると、彼の方から話しかけてきた。

「なに?」

「答えづらいのでしたら、答えなくても良いのですが」

 そう前置きをして、ジャックは問いかけてくる。

「メイブさんって、どうしてギガントマンのテストパイロットなんてしようと思ったんですか?」

「気になる?」

「はい。何というか――そもそも、エルフという種族自体が向こうの世界でも滅多に会えないそうじゃないですか。

 そんな種族の人が、わざわざ地球に来て、ギガントマンのパイロットなんてしてるのが不思議で」

「エルフとしての考え方そのものは否定する気はないのよね、私」

 ジャックの質問の答えなるかどうかは分からない。だが、とりあえず答えてみることにする。

「自然信仰自体、私も根っこはやっぱりエルフだし。精霊賛歌、自然万歳、森林サイコーってな部分はあるわよ?

 でもさ、自然信仰だから鉄や機械に触れてはいけない、聖域の外の人間達に触れると汚れるとか、そもそも聖域の外に出なくても生涯過ごせるとか言われてもさ、何か違う気がしたのよね」

 そうして聖域を飛び出して、外の世界を楽しんでたら、異世界交流とかしてて――そうして地球の存在を知って、面白そうだからという理由でこっちへとやってきたわけである。

「面白そうだから……?」

「ダメ?」

「いや、ダメ……というか……」

 戸惑っているジャックに微笑しながら、メイブは続ける。

「それでさ。地球は地球で、空よりも高い場所。地球の外に出て生活してる人もいるって話じゃない」

 それで、どうしたら行けるのかを考えた結果、ギガントマンのパイロットになるのが一番手っとり早かったのだ。

「そうして、ギガントマンの免許取ったわけ。

 それから色々調べたら、ちょうどこの会社が地上宇宙両用ギガントマンの試作機のテスター募集してて、これは応募しないとって」

 結果として、今この艦に乗っているわけだから、自分の行動は正しかったのだと思う。

「すごいですね……なんというか……」

「そう?」

 感心されたような、褒められたような。

 どちらとも取れたので、適当に相づちを返す。

 そこで、会話が少し止まってしまったので、今度はメイブが彼に尋ねた。

「君は?」

「え?」

「君はなんで、テスターになったの?」

 それにジャックは少し考えてから、答える。

「何かしたかった……から、ですかね」

「何か?」

「祖父から遺産相続したんです。それは、僕が一生食べるのに困らないだけはあるんですよ」

「不労所得ッ! 素敵じゃないッ! 地球に来て覚えたッ、素敵な単語の一つよッ!」

「即座に忘れた方が良い気もしますけどね」

 苦笑して、彼は続ける。

「何もしなくてもいい。だけど、何かしないといけない。

 そんな焦燥みたいのがありまして……」

 難しい表情を浮かべながらも、自嘲気味に肩を竦めるジャック。

 彼なりに、悩んだ末にやるべきことを見つけたのかもしれない――だが、メイブはそれを無視して、自分の鼻腔をくすぐる香りに飛びついた。

「あ、カレー! ここ食堂ね!」

「質問してきたんだから最後まで聞いてください」

「お腹すいちゃってるのよね。寄ってかない?」

「……はい」

 何故か疲れたような顔をして、ジャックは渋々とうなずいた。



「んふー♪」

 じっくりと煮込まれ柔らかくなりながらも、噛みしめると肉汁が溢れ出す。

 その幸せ味に満面の笑みを浮かべながら、メイブは二口目を口に運ぶ。

「タバコはいいんですか?」

「タバコは食後のお楽しみになったのよ」

「行き当たりばったりなんですか?」

「より人生が楽しくなるようにその都度、気持ちを変えてるの」

「気まぐれっていいません、そういうの」

「心の色が虹より多彩なのよ」

「物は言い様ですよね」

 ジャックはそう言って嘆息する。

 だが、彼も漂うカレーの香りに負けたのか、一緒に注文していた。

 それを口に運び、破顔しているので、まんざらではないらしい。

「より美味しくする為だけに動物を育てる。植物を改良する。そういう人間の行為は残酷だーって、私達エルフは言うけどさー」

 カレーを燕下しながら、メイブはしみじみと思う。

「こんな美味しくなるなら、そりゃするわよねー」

「もう、エルフとしてプライドとか無くなってません?」

「無くなってるわけじゃないけど……どうせ、里に戻っても裏切り者扱いでしょうしねぇ。

 あ、堕落者とか、淫婦とか、呪われた娘とか色々言われちゃいそうねぇ」

「……それでいいんですか?」

「何が?」

「里の人たちから嫌われても良いほど、外の世界って魅力的だったのかな、って」

 それに、メイブは少し悩んでから答える。

「良く知らないのに排除するのがイヤなのよね。

 だから、知りたいし、知って欲しい。

 ただ頭の中を石みたいにしちゃう、掟やしきたりなんて呪いと一緒だからさ。

 里を呪いから解放したいなーっていう、密やかな夢はあるかな」

 メイブの言葉に、ジャックが複雑な表情を浮かべている。

 何となくらしくないことを言ってしまった気がして、メイブは立ち上がった。

「お水のおかわり、どう?」

「あ、どうも。お願いします」

 ジャックのグラスを受け取ると、メイブはウィンクをする。

 それから、水をグラスに注ぎながら、ふと大事なことを忘れていたことに気がついた。

「はい、お水」

「ありがとうございます」

 席へ付き、カレーを一口食べてから、メイブはうなずく。

「そういえば、すっかり忘れてたんだけど」

「何がですか?」

 ジャックの疑問に、メイブは答える代わりに胸元の留め具をいくつか外した。

「えっ!? ちょッ!?」

 大きく胸元を開くと、その谷間をジャックに見せる。

「な、何をして……ッ!?」

 顔を真っ赤にし、必死に目を逸らそうとしながらも、ついつい見てしまう。そんなジャックの反応を、メイブはくすくすと笑う。

「この子を紹介し忘れてたからね」

「こ、こ、この子……?」

「そ」

 メイブが微笑むと、その谷間からなにやら影が顔を出した。

「ね、ねずみ?」

「ハムスターよ」

 谷間から顔を出しながら、ジャックに挨拶をするように、そのハムスターは片手をあげる。

「ハムちよっていうの。私の相棒よ」

「よく宇宙へ連れてこれましたね」

「特注のハム用スーツを作ったのよ」

「無駄にすごい技術ですね」

「相棒とどこへでも行けるのよ? 無駄なんてとんでもない」

「うーん……」

 あ、ついでに、家に帰ればハムちよ専用ダイバースーツとか、耐熱スーツとか色々とあるわよ」

「給料の大半をハムちよスーツにでもつぎ込んでるんですか?」

「否定できないわね」

「しないんだ」

 ぐったりと、ジャックがうめく。

 そんなに疲れることがあったのだろうか――そんな風に思っていると、ハムちよが何やら話しかけてくる。

「なに? え? ジャックのコトが気に入った?」

 うなずくハムちよ。 

 それを、メイブは彼に伝える。

「良かったわね。ハムちよはあなたのコト気に入ったみたいよ?」

「まぁ嫌われるよりは、マシですけど」

「好きだって。むしろ、ラブ」

「出会ってロクに時間も経ってませんけど」

「一目惚れという言葉を知ってるかしら、って言ってるわ」

「知ってるけど、種族の壁が高すぎないかな」

「あなたに好意を持って近づくメスは、どんな奴だろうと頸動脈を咬み千切ってやるって張り切ってるわ」

「落ち着け鼠歯類」

「あらあら。不必要にジャックにアピールするなら、メイブでも容赦しないですって。怖いわー」

「ハムちよ、ちょっと病んでない!?」

「愛に病むのは、女として仕方ない……って胸を張ってるわ」

「張れるようなコトかよ! とんだ病みハムだよ!」

「ツンデレだろうとヤンデレだろうと、愛は愛。愛の前には何者も跪くのよ、だなんて……いやん♪ ハムちよ、素敵!」

「飼い主もたいがいだな!」

 ぜーはー……と息をしながら、ジャックは水を飲んだ。

「ツッコミばっかりしてると疲れない?」

「誰のせいですか!」

 そんなノリで会話しながら、二人はカレーを食べ終えるて、食器を返却する。

「それじゃあ、食後の一服をしに……」

 上機嫌に、食堂を出た時に艦内放送が流れた。

『試作型ギガントマン・リトーのテストパイロットは機体のところまでお願いします』

 その放送に、メイブが露骨に嫌な顔をしてうめく。

「一服してからじゃダメかな……?」

「ダメに決まってるでしょ」

 胸元のハムちよも、諦めて格納庫へ向かえと訴えている。

「うー……これ、ヤニを吸えないフラグな気がするわ~」「用が終わった後で、好きなだけ吸えばいいじゃないですか。ほら、行きますよ」

「はーい」

 ジャックに手を取られ、引っ張られる。

 彼に素直に引きずられながらも、メイブは軽く目を細めた。

(タイミングがおかしいわよね。

 スケジュール的にはまだ搭乗時間じゃないはず。急なミーティングにしても、集合場所が会議室とかじゃないってのもの気になる)

 マシントラブルや、機体の不備やOSのバグ発覚でのテスト延期であるのならば、その担当の元への呼び出しになるだろう。

(改めての自己紹介等は、別に時間が設定されてるし……このタイミングでリトーのところへ来いって、何かしら?)

 胸元に視線を落とせば、ハムちよも何やら落ち着きがない。

(ハムちよ――あなたも野生のカンで違和感を……?)

 ジャックと手を繋いでる。ジャックと手を繋いでる。メイブがジャックと手を繋いでる。咬むか? この無駄にでかい脂肪の塊に穴を空けるべきか?

(あ、これ違うわ)

 とりあえず、ハムちよに咬まれる前にジャックからは手を離してもらった。

「ジャック、あのさ」

「不自然な放送ですよね」

「分かってるならいいわ」

 トラブルの匂い。

 何があっても大丈夫なように、警戒を強めながらも二人と一匹はギガントマンの所へと向かうのだった。



「ところで……僕、まだリトーを見たコトないんですけど、どれなんですか?」

 格納庫の中にはいくつかのギガントマンも置いてある。

 緊急時や船外メンテナンスの時に使う為のものだ。

「ジャックは、ギガントマン自体あんまり詳しくなかったりする?」

「え? あ、はい。何で分かったんですか?」

「今、見えてるのは、イーベル社製ギガントマン……ダイダラシリーズ。ダイダラとダイタボウとダイランボウ。

 知ってる人からすれば、一般的に普及してる機体だもの。どれですか? なんて聞き方はしないわ」

 そう言いながら、リトーの元へと向かっていく。

 それから、目に付いたそれをメイブは指さした。

「そして、それよ」

「え?」

 それは旧時代に使われていた運搬車模した格納庫用の艦内車だ。

「いや、え? あれって」

「そうよ」

「でもあれはどう見たって……」

「イーベル社の前身となっている旧時代の会社が作った運搬車よ!」

「ですよね!」

「エルフっていう名前のセンス良いわよね」

「…………うそつき」

「誰もリトーだなんて言ってないじゃない。

 っていうか、どう見てもギガントマンじゃないし。信じちゃった?」

「信じかけた自分を殴りたいです」

 何やらぐったりとしてるジャック。

 それを見ながら、ハムちよが何か言っている。

「純粋なのは良いコトだって、ハムちよが」

「慰めてくれてありがとう」

「お礼を言うくらいなら結婚しようって」

「順序が八艘飛びしてるね」

 ますますぐったりした様子を見せるジャックに、メイブとハムちよが笑う。

 そうこうしているうちに、リトーの足下へ到着だ。

「おう。メイブ嬢ちゃん。そっちの坊主がジャックかい?」

「あ、はい! よろしくお願いします」

「ああ」

 緊張した様子のジャックよりも、一歩前に出てメイブが問いかける。

「単刀直入に聞くわ。何があったの?」

「察しがいいな」

 おっさんは観念したように両手を挙げた。

「その説明の前に、一つ聞く。リトーのマニュアルには目を通してくれたか?」

「もちろん。見た限りだと、ダイダラシリーズよりも全体的にスペックアップしつつ、フォルムがスマートになっただけみたいね。

 ま、いくつか気になる点があったけど」

「その気になってるだろう新機構は、メイブ嬢ちゃんの為の機能だ。嬢ちゃんが採用されたのは、必然だったってコトだけをネタばらししておいてやるよ」

 メイブの目がすーっと細くなる。

 居抜くようなその視線に、おっさんは軽く退く。

 それから、軽く息を吐いてから、おっさんはガリガリと頭を掻いた。

「リトーシリーズは、嬢ちゃんのような異邦人用に調整した機体にする予定なんだと」

 他人事のような物言いだが、おそらく彼も、そのコンセプトになった理由は分からないのだろう。

 あくまで、おっさんはメカニックでしかない。

「でも、メイブさんのようなギガント乗りの異邦人って、滅多にいないですよね?」

 ジャックの疑問ももっともだ。

 数少ない人たち用に調整された機体を量産予定というのも意味が分からない。

「異世界人用のシステムはオミット出来るし、搭載しつつもオフに出来る。カタログ上でのスペックはダイダラより上だし、値段的にはダイダラに毛が生えた程度。

 ハイスペックでローコストな機体だ。専用システムを使わなければ地球人でも使うことが出来る。なんか問題あると思うか?」

 有無を言わさないような雰囲気で、おっさんが言ってくる。深くツッコミを入れないでくれ――ということなのだろう。

「OK。納得しておいてあげるわ」

「でも、メイブさん」

「ジャック」

 睨むように、彼を見遣る。

 その意味が分からないほど、ジャックは馬鹿ではないようだ。

「……わかりました」

 渋々といった様子で、うなずいた。

「それで、おじさん。呼ばれた理由は?」

「パイロットはリトーに搭乗して待機させておいてくれ……とさ」

 その言葉に、メイブもジャックも、メイブの胸から顔をだしたハムちよも、疑惑の眼差しを向ける。

「おいおい、勘弁してくれよ。そのうらやましいハムスターにまで睨まれるなんてよ……」

 困ったようなおっさんの様子で、メイブは何となく察した。

「理由不明。上からの指示ってところ?」

「そういうこった」

 ふーっと、息を吐いて気を落ち着ける。

 これ以上、おっさんを困らせる意味もない。

「あ、でも。理由は完全に不明ってわけでもないぜ」

「どういうコトですか?」

 ジャックの問いに、おっさんはうなずく。

「航行ルートに海賊が出るんだってよ?」

「そもそも航行ルートは、そういう相手が出ない場所を選んでるんじゃないんですか?」

「ルート設定時はそうだったが、連中は勢力圏を広げてるそうだ」

 おっさんの口調は面倒くさそうだ。彼自身もその理由にイマイチ納得していないのだろう。

「ダイダラ改型の戦闘兵装仕様もこの艦にあったでしょ?

 私、あれで戦えるわよ?」

 武装のない試験機で出撃するくらいなら、そっちの方が断然戦えるだろう。それに、試験機を無駄に傷つける心配もない。

 だが、おっさんは首を横に振った。

「リトーに乗せて待機させておけ、だとさ」

「OK。これ以上の詮索は出来そうにないわね。

 雇われの身だし、一応指示には従うわ」

「そうしてくれ」

 申し訳なさそうにうなずくおっさんに、メイブは気にするなとウィンクを送った。

 そんな彼女の横で、ジャックが不満そうに立っている。

 気持ちはよく分かるが、切り替えてもらわなければ、背中は預けられない。

「ジャック」

 背中を叩く。

「気持ちを切り替えなさい。

 スケジュールが前倒しになったんだって、思うの」

「……はい」

 それから、メイブは胸からハムちよを引っ張りだして自分の頭に乗せる。

 それから胸元の留め具を閉じていく。

 ピチピチとしたパイロットスーツに、そのバストが窮屈そうに閉じこめられていった。

「目の保養のような姿だぜ」

「ストレス溜まってるんでしょ?

 存分に、見てくれていいわよ」

「気にかけてもらって悪いな」

「いえいえ」

 首元に付いたスイッチに振れて、スーツ内部の空気を外に出す。

 それにより、スーツがよりピッチリと、メイブの身体に張り付き、そのラインを際だたせた。

「ん? その胸元の穴はなんだ?」

 貫通はしていないが、やや大きめの穴が開いている。

 おっさんのその疑問に、メイブは色っぽく笑うと、頭に乗せたハムちよを摘んでそこに乗せた。

「ああ、なるほど」

 そして、ハムちよはその穴の中でもぞもぞと動き回ると、パイロットスーツ姿になって顔を覗かせた。

「器用なもんだ」

「ただのハムとは違うのよ、ハムとは! だって」

「頼もしいな」

 おっさんは豪快に笑う。

「それじゃあ、予定より早いが軽く搭乗メンテすっか!」

「ええ、お願いするわ」

 気を改めて、気合いを入れたおっさんを、さらに元気づけるように、メイブはそう言って微笑んだ。



『うし、問題なさそうだな』

「ええ。いい仕事してるじゃない」

『それが仕事だしな』

 OSや計器類、その他諸々を確認を終えてメイブは笑う。

 それに、おっさんも自信満々にうなずいて見せる。

「よし、じゃあ一旦外部スピーカー切るわね」

『ああ。何かあったら呼びかけるから、壊れない程度に色々触っててくれ』

「了解」

 スピーカーのスイッチを切ってから、背後の副座に座るジャックへ話しかける。

「盗聴とか、大丈夫かしら?」

「大丈夫じゃなかったんで、物理的にもプログラム的にも怪しいやつは解除しときました」

「やるじゃない」

「ギガントマンには詳しくないですけど、機械いじりは嫌いじゃないですから」

 嫌いじゃない程度で出来ることとは思えない。

 頼りになる相棒のようだ。

「これから、ちょっと独り言でもするわ。うるさかったらゴメンね」

「……ええ、どうぞ」

 その意味を理解したのだろう。メイブは口元を緩ませる。

「この艦、本当にイーベル社のものか怪しいのよね。

 まぁおじさんとかは、間違いなくイーベルの人なんでしょうけど、乗組員がまったく別の組織の人だったとしても、私たちやおじさん達がそれに気づけるかっていうと、無理な話だしね」

「じゃあー、なにが目的なんでしょうねー」

 背後でコンソールを触りながら、ジャックがぼそりと呟く。

「ライバル社の妨害工作にしちゃ、ちょっとタチが悪すぎるから、ヘタしたら犯罪組織とか、国家権力とか絡んでそうよね」

 フリーのギガントパイロットの手に余りそうな気配が、さっきからチラ付いてくる。

「何であれ、目的がちょっと不明瞭ではある、か」

 例えば、リトーに搭載された、異邦人用のシステムとやらを消したい勢力とかいるのかもしれない。

 あるいは――

「逆……かな? 確かめたい……?」

 だったら、普通にテストすれば良いのではないだろうか。

「考えるのは、パイロットの仕事じゃない、かな」

 これ以上の思考は、泥沼になりそうだ。

 そう思った矢先――


 ズズン……


「な、なに!?」

 激しい振動が襲ってきた。

 即座に外部スピーカーのスイッチを入れる。

「ちょっとッ、なに今の振動ッ?」

『今、ブリッジに確認してるッ!』

 ややして、おっさんの声が聞こえてくる。

『アンノウンの襲撃だぁ!? リトーを出せ……?

 ですが今のリトーには何の武装も……牽制目的?』

 それを聞いていたジャックが訊ねてくる。

「どうします?」

「出るわ。艦が沈んだら洒落にならないもの」

 牽制だけでいいなら、武装のないリトーでも何とかなるだろう。

「初出撃が実戦で悪いけど、ちゃんとサポート頼むわよ」

「はい!」

 力強くうなずくジャックに心強さを覚えながら、メイブはおっさんに呼びかけた。

「おじさん! 牽制で良いなら出るわッ!」

『……ッ、了解ッ!』

 そうして、二人と一匹を乗せたリトーが、発進ハッチへと運ばれていく。

『準備はいいか?』

「ええ。ジャックは?」

「僕も大丈夫です!」

「それじゃあ、リトー……出るわよ!」



「ジャック、アンノウンはどこ?」

 艦から飛び出し、周囲を見渡すがそのアンノウンらしき存在が見あたらない。

「……えーっと、ティータニアの底面……いえ、右舷! いや正面……?

 すごい早さで飛び回ってますよ!」

「さって、どうしようかしらね」

 武器に使えそうなものは――

「両肩のワイヤー、両膝のワイヤー、手首の細ワイヤー……ってワイヤーしかないじゃない!」

「何を今更言ってるんですかッ!」

「他に何かないのッ?」

「一応、鋼材切断用の振動ナイフが腰に一つ!」

「無いよりはマシ、ね」

 とにもかくにも、アンノウンをどうにかしなければ。

 機体を操り、メイブは艦のデッキへと着地させる。

「どうするんですか?」

「姿形を拝まないとね……。

 アンノウンの動きにパターンがあれば、それを見つけておいて」

「了解」

 そうして、艦の周りを飛び回っているだけだったアンノウンが左舷から姿を見せた。

「みーつけた!」

 その姿は、カラスを思わせるフォルムをしている。

 だが、サイズはギガントマンと同じレベル。

 有機的な姿にも見えるが、所々にジョイントのようなものが見えるので、生物ではなさそうだ。

 アンノウンが足を止めると同時に、そのクチバシが光出す。

「光線でも吐くのかしらね!」

 だとしたら、それをやらせる訳にはいかない。

 リトーを加速させて、一気に間合いを詰める。

「武器がなくても、手足があるからねッ!」

 その勢いのままに、メイブの操るリトーの拳がアッパー気味にアンノウンの顔を捉えた。

「手応えありッ!」

 普通のギガントマンであれば、今の一撃で顔の半分くらいはダメに出来そうな一発だ。

「あれ? 思ったより効いてない?」

 だが、アンノウンの顔は変形したり塗装が剥げたりしてる様子がない。

 それどころか、怒ったようにこちらを睨むと、こちらに向けて光るクチバシを開いた。

「やばッ!」

 同時に、そこから閃光が迸る。

「本気で光線吐いてきたーッ!?」

 驚きながらも、メイブはそれをかわす。

「メイブさん!」

「なに?」

「今の、当たったらたぶん、リトーは一撃で落ちますよッ!」

「何その馬鹿火力ッ!」

「っていうか、あのアンノウン。速度も、装甲も、火力も、どれをとってもリトーの上っぽいですよ!」

「この子って、日本製ギガントの最新鋭試作機よねッ!?」

 文句言っても始まらない。元々、イーベル社は戦闘用よりも作業用機に力を入れているのだ。

 とはいえ、

「素手じゃきついだろうなぁ……」

 のん気に構えている場合ではないが、だからといって、この機体では牽制すらも難しいかもしれない。

「攻撃をする一瞬の隙をついて、気を逸らしていくしかないかな」

「でもあんなのが、コロニーや研究所近辺を飛び回るのは不味くないですか?」

「そりゃそうだけど、現状は倒す手段がないしねぇ……」

 口を尖らせながらも、メイブはアンノウンを追いかける。

「追いかけるんですか?」

「こっちの死角でさっきのビームされたら、防げないからね」

 だが、それを追いかけていくのにだって限度があるのだが。

「あーもーッ! ちょこまかとッ!」

 艦がリトーの視界を遮る。

 レーダーを見ながら相手の位置を確認しつつ、艦の出っ張り部分を躱して――

「メイブさんッ!」

 目の前には、クチバシを光らせたアンノウン。

 まるで、この瞬間を待っていたのだと言わんばかりに、こちらに見せつけてくるかのように、死を招く光を口に湛えている。

「やばッ!」

 避けなければ、こちらは死ぬ。

(でも、避けたら……ッ!)

 背後は、ティターニアだ。

 あの光線の威力なら、艦の装甲を貫くかもしれない。

 そうなったら……

「くっそぉぉぉぉ……ッ!」

 射線から逃れつつ、右肩のフック付きワイヤーを発射する。

 それがアンノウンに巻き付く。

「これでッ!」

 それをメイブが引き寄せるよりも先に、

「あ……」

 そのクチバシから、光線が発射された。

 それでも強引にワイヤーを引く。

 完全な直撃は防いだものの、ティターニアに穴が開いてしまった。

 一応、隔壁等はあるだろうが、あの場所に人がいたとしたら――

「あいつぅぅぅ……ッ!」

「メイブさん、落ち着いて!」

 激昂しかけた意識に、ジャックの言葉が水を掛けてくる。

「そのままワイヤーを引いてください!」

 言われるがままに、ワイヤーを引く。

「どうするの?」

「ここはまだ大気圏を抜けてすぐの場所です」

「そういうコトか!」

 いくら装甲が分厚かろうが、大気摩擦にはそう耐えられないだろう。

「離脱不可重力圏には、入らないようにしてくださいね!」

「そんなヘマしないよ!」

 リトーにワイヤーを握らせて、メイブは大きく振りかぶらせる。

 地上ではいざ知らず、空間戦ならばこういう無茶も出来るッ!

「おらぁッ!」

 地球に向けてフルスイングし、途中でワイヤーのフックを切り離す。

 離脱不可重力圏内までこれで吹き飛ばせればいいが、そう簡単にはいかないだろう。

「ジャック。無茶するよ!」

「はい!」

 離脱不可圏ギリギリまで行った上で、アンノウンを蹴りとばす。

 それから全力でその場から離脱。

 途中で力つきても、離脱不可圏から脱出出来れば、ティターニアに回収してもらえるはずだ。

 そうして、リトーをアンノウンに向けて加速させた時、背後で何かが爆発した。

「ジャック!」

 自分は目の前のアンノウンから目を離す訳にはいかない。

 即座に、指示を飛ばすと、ジャックが裏返ったような声で報告してくる。

「ティ、ティターニアの一部が爆発しました!」

「なんでッ!?」

 光線を受けた場所は動力系などは無かったはずだ。

『嬢ちゃん!』

「おじさん! 何があったの!?」

『緊急装置のエラーだって話だ! 火の着いたブロックを切り離そうとしたら、切り離されないままぶっ飛んだらしい!

 あちこち火の手が上がっちまってもうどうしようもねぇから、お前らは戻ってくんな! 巻き込まれる!』

「おじさん……でも……!」

『メイブ嬢ちゃん、ジャック坊主! リトーは単独で大気圏突入できるだけのスペックはある!

 だが念には念を……ザザッ』

 突如、通信が切れる。

「おじさんッ!?」

 直後、ティターニアに多数の爆発が発生した。

「そんな……」

 ジャックが呆然としているが、即座にメイブが叱咤する。

「ジャック!

 このまま突入するわよ! 安全な突入角度と着地場所算出!」

「は、はいッ!」

 返事をするジャックに、小さく安堵して、メイブはアンノウンを睨み付ける。

「アンタも一蓮托生だッ!」

 体勢を立て直したらしいアンノウンに向けて、左肩からフック付きのワイヤーを射出する。

 さらに巻き取り済みの右肩ワイヤーも、フックは無いがそのまま射出した。

「アンノウン捕まえてどうするんですか?」

「大気圏サーフィンを楽しみたいからね。

 そのサーフボード代わりよ」

 スピードも装甲も火力も高いアンノウンだが、単純なパワーではリトーの方が上らしい。

 絡み付けたワイヤーを引き寄せながら、念のためにと両膝のワイヤーも巻き付ける。

「計算終わりました! ポイントと角度、それから着地予想地点、そっちの画面に送ります」

「了解! 腹を括りなさいよ!」

「初仕事がこんな無茶ですからね、今後の自信につながりそうですよ」

「その意気、その意気」

 一際大きな爆発が、背後で起こる。

 それが、ティターニアの最後なのだと、目視出来なくても理解する。

「こんなコトになるなら、出撃に前にヤニを一本でも吸っておくんだったわ」

 リトーの軌道の微調整を行いながら、思わず愚痴をこぼす。

 ティターニアの乗組員達のことを考えると泣きたくなるが、今は泣き言を言っている暇はない。

「今更ですよ、それ」

「わかってるわよ」

 それに口を尖らせながら、返答する。

 そうだ、今更だ。こうなってしまっては、後の祭りである。

「後は私の腕と、この機体を信じるしかないわね」

「一応、僕も後ろで細かい微調整してるんですけどね」

「後は私の腕と、この機体を信じるしかないわね」

「二度も言わないでくださいよッ!」

「いやー、大事なコトかなーって」

 付き合いは浅いどころではないが、何だかんだでジャックは信用出来る男だと理解している。

「……君はどこに落ちたい?」

 ふと、そんなことを思って訪ねてみる。

「どこが良いもなにも、計算上、日本の伊豆近辺へ落ちるだろう突入角度が、一番安全だって出てますけど?」

「ロマンスのかけらもない返答をありがとう」

 別に素敵な返答を期待していたわけではないが、さすがにちょっと味気なさすぎる。

 ガッカリとしていると、胸元でもぞもぞとしている存在を思い出す。

「そういえば、貴女もいたわね」

 わざわざ宇宙にまで付いてきて、彼女の胸元へと隠れている、もう一人の相棒。

 忘れていたわけではないが、自己主張されるまでちょっと意識から逸れていた。

「でも大丈夫なんですかね。これ……」

「それこそ今更でしょ?」

 ギガントマンによる大気圏突入。

 そんなもの前代未聞だ。カタログスペック上では出来ると言われても、やろうと思う人間はそういまい。

「人間、やってやれないコトって少ないと思うの」

「あなたも、あなたの胸元に隠れてる相棒も、人間ではないじゃないですか」

「面白味のないツッコミありがとう」

 そんな軽口の叩きあいも、一時終了だ。

「そろそろね」

「はい」

 これから自分達が突入する、青い星。

 その姿を見ながら、二人は改めて気を引き締めた。




「ところでこのカラスみたいなの。ビーム吐いたりしてこられたらアウトですよね?」

「だから、顔を下にして背中に乗るような形にしてるのよ」

 徐々にコクピット内の温度が上昇していく中で、そんなやりとりをする。

「さすがの頑丈装甲でも、こっちと違って大気圏突入を想定してないでしょ。

 仮に想定していても、まともに準備させずに突入してるんだから、本来の機能は十全に発揮できないはずよ」

「そして単独突入を想定してるのなら、突入用の風避けとしての機能が期待出来る、と」

「そういうコト」

 ふーっと、息を吐きながら、メイブはうなずく。

「しかし、だいぶ暑くなってきたわね」

「それでも、各部正常です。アラートもまだありません。

 普通だったら、とっくに警報なりまくりの状態ではありますよ」

「でしょうね」

 とはいえ、快適とはいえない温度にはなっている。

 さらに、機体も振動しまくっているので、乗り心地も最悪だ。

「ハムちよ……大変でしょうけど、耐えてね」

 それに、ハムちよはうなずくが、元気はない。

「突入角度、落下速度……その他諸々は現状、想定通りなのよね?」

「はい。それと、突入前に落下予測地点である伊豆付近の日本軍基地へのメールをしてあります。一方的に、ですが」

「あらら? 白ヤギさんたら読まずに食べちゃった感じ?」

「半信半疑なんじゃないですかね。ギガントマンが大気圏突入して落ちてくるっていうのは」

 ジャックの言葉に、メイブは少し思案する。

「到着予測時刻は連絡してある?

 ついでに、正体不明のアンノウンを抱えてるってコトは?」

「はい」

「……それじゃあ、もう一度メールを送ってみて。

 イーベル社との守秘義務契約はこの際、無視。私たちの命優先。

 試作機テスト中、アンノウンに襲撃され、船を落とされ、やむを得ずアンノウンと落下中。ただしアンノウンは、平然としている様子、って」

「守秘義務無視って……」

「必要なら、リトーのスペック送信しちゃっていいわ。

 でも、異世界人専用とかいうシステム部分だけは黒塗りで」

「そこは隠すんですね」

「公開した方がマイナスになりそうだしね」

「信じてもらえますかね」

「信じてもらえると良いわね」

 相手の判断材料を増やす。

 その上で、本来は守秘されるであろうイーベル社未発表のスペックを公開することで、こちらの必死さをアピールする。

「この場合の最悪って何だと思う?」

「大気圏内で僕たち消滅ですか?」

「それは最低で最悪ね。

 それは最悪すぎるので、リトーの性能が、スペック通りだった場合の最悪を考えましょう?」

「スペック通りってコトは、大気圏を抜け出せるってコトですよね」

「そうね」

 ジャックが眉をひそめ、そのまま黙り込む。

 答えがなかなか出てこないので、メイブは苦笑を滲ませながら告げた。

「アンノウンが無事であるコト」

「え?」

「こいつが、地上での空戦も出来る場合よ。

 しかも大気圏の摩擦によるダメージがぜんぜん堪えてなかったとしたら……」

「それは、確かに最悪ですね」

 被害が自分たちだけではなく、地上の軍隊や街にまで及んでしまうだろう。

「その場合、どうするんですか?」

「何の説明も受けてない、新システムとやらを頼ってみたいところね」

「どんなシステムで、どう使うかもわからないのに?」

「とりあえず、考える時間は少しあるわ」

「そうですけど」

 機体の状況を随時チェックする以外に、今はやることはない。

「一番手っとり早く考えるなら、地球人に出来ず私たちにな出来るコト……かもね」

 メイブの言葉に、ジャックは合点が行く。

「魔法ですか?」

「そ。まぁ正しくは精霊術って言うんだけど」

 メイブの出身地である異世界において、世界の理を司る精霊という存在。

 住民達は彼らに、自らが内包するマナを捧げることで、その力の一部を借りることが出来る。

 それが、精霊術。分かりやすく言えば、ジャックの言葉通り魔法。

「そういえば、地球で見かける皆さんは魔法を使ってるところを見たことないんですけど」

「使わないんじゃなくて、使えないの。

 精霊の気配はするのに手順に乗っ取って、オドを捧げても反応してくれないのよね」

 特にエルフという種族は、内に秘めたオドの総量は人間のそれと比べものにならないほど多く、またオドのコントロールも生まれながらにして長けている。

 だというのに、地球では精霊術を使えない。

「それに、仮に地球で精霊術が使えたとしても、それがリトーのシステムとどう関わるのかもよく分からないのよね」

「結局、お手上げじゃないですか」

「うんまぁ、そうとも言うわね」

 そんなこんなのシンキングタイムが終わった時、大気圏を抜けた。

「ふー……あとは、適当なタイミングで落下速度を落とせばいいだけね」

「本当に抜けられましたね」

「各部チェック」

「オールグリーンです」

「そりゃすごい」

 素直に関心しながら、メイブは大きく伸びをした。

「ハムちよ、生きてる?」

 それに胸元の相棒はうなずく。

 だがその目は、生きているが死んでいるのでしばらく話しかけるな――と、訴えていた。

「落下速度の低下って、確かバックパックのパラシュート展開なのよね?」

「はい」

 少し思案して、メイブはモニターに移るアンノウンを見遣る。

「ギリギリのギリギリレベルまで、展開遅めるわよ」

「正気ですか?」

「アンノウンを……可能な限り、潰したい」

「……了解」

 こちらの視界から見えない、腹部側がどうなっているのか分からないが、アンノウンは未だにもがく余裕があるのだ。

 そのことの意味に、ジャックも気づいてくれたのだろう。

「大気圏で肉汁ぶしゃーっと絞り切れるかと思ったんだけど……チキンカレーはお預けかしら」

「全然火が通った様子ないですからね」

「そこが不気味よね。正体不明アンノウンって言葉が似合いすぎて」

 リトーは単独大気圏突入を想定して作られた初めてのギガントマンのはずだ。

 他社メーカーも試作はしているだろうが、実戦でそれを証明したのはリトーが史上初と言ってよいだろう。

 だというのに、このアンノウンは無理矢理大気圏に突入させたのにも関わらず、まだもがくだけの余裕があるのだ。

 明らかに人造の存在であるはずなのに、出所か想像も着かない不気味さがある。

「まぁ、とりあえずぶちのめしてスクラップにしたら、軍に預けましょう。正体を探るのは私たちの仕事じゃないしね」

「それで正体が分かればいいですけどね」

「怖いコト言うのナシ」

 このアンノウンの存在が、世界に大きな影響を与えてしまいそうなのは確かである。

 だが、そこまで行くとフリーのパイロットが抱えていける案件を越えてしまう。

「メイブさん。そろそろ落下緩和限界に到達します。一分切ったらカウントダウンしますので、何かするならお早めに」

「ええ。了解ッ!」

 ジャックに答えて、メイブはリトーの腰の収納スペースに格納されていた振動ナイフを抜く。

 それでアンノウンに絡みついたワイヤーを切るつもりだ。

「カウントダウン開始します! 0でパラシュート展開しますッ!」

 ジャックのカウントダウンを聞きながら、残り20秒を切ると同時に右肩から伸びたワイヤー切断。

「19、18、17……」

 ワイヤーがひとつ切れたことで、激しく暴れ出すアンノウンを何とか押さえながら、ジャックのカウントに耳を傾ける。

「7、6、5……」

 そこで、もう片方のワイヤーも切断。

「4、3、2……」

「これでぇぇぇッ!」

 アンノウンの背中の上で立ち上がり、

「1……」

「どうだッッ!!」

 その背を思い切り蹴り飛ばした。

「0!」

 同時にリトーのバックパックからパラシュートが解き放たれる。

 ガクンという大きな振動と共に、落下速度が急速に下がっていく。

「追うわよ!」

「はい!」

 スラスタを小刻みに使いながら、アンノウンが視界から消えないように追いかけていく。

 その途中で、通信の受信コールが響く。

「どこから?」

「日本軍、伊豆基地の鉄人隊隊長とのコトですけど」

「OK、繋いでッ」

 鉄人隊――日本のギガントマン部隊のことだ。

 どうやら、白ヤギさんはちゃんと手紙を読んでくれたらしい。

『試作型のパイロット、無事かね』

 現れたのはいかにも軍人といった風貌の男だ。

 だが、堅物という雰囲気はなく、話が分かりそうな人という印象も受ける。

 その強面とは裏腹に、瞳が理知的に光っているからだろう。

「一応ね。でも、大気圏デートしたアンノウンも無事みたい」

『頑丈なボーイフレンドを持つと大変だな』

 顔に似合わず、冗談に付き合ってくれる愛嬌も持ち合わせているようだ。

「まったくよ。そろそろお別れしたいんだけど、しつこくって」

 そう答えながら、アンノウンに視線を向ける。

 バランスを取ろうとしているが、上手くいっていないようだ。

 このまま地面に叩きつけられてくれると、ありがたいのだが。

『このボーイフレンドはなかなかに凶悪なようだが……』

 ジャックが送信したらしいアンノウンのデータを見て、顔をひきつらせている。

「必要なら、映像データも送りますが」

『いや、充分だ。

 落下地点近辺に、うちの部隊を配置する。野放しには出来そうにないからな』

「頼もしいわ。出来れば、お別れした後のボーイフレンドも引き取って欲しいんだけど」

『それはもちろん。

 安全の為に、君たちも保護したいのだが、よろしいかね?』

 その言葉に、チラリとリトーのエネルギー残量に目を向ける。

 アンノウンの末路を見届けた後、逃げ出すには些か心許ない。

「女の子には秘密が多いのだけれど、それでもいいかしら?」

『ああ、女性には多少秘密があった方が魅力的だからな。全てを暴こうとは思わないさ』

 だが、話せることは全て話してもらう――というところだろう。

 そこは仕方あるまい。

「それじゃあ、助けてくれたお礼は、私の秘密をいくつか教えてあげるってコトでいいかしら?」

『ふむ、なかなか魅力的なお礼のようだ。交渉成立だね』

 ちょうど、隊長がそう告げた時、アンノウンが姿勢制御が出来るようになった。

 だが、勢いまでは殺せなかったらしく、そのまま地面に叩きつけられる。

「これで鶏肉のタタキになってくれればいいんだけど」

『君のボーイフレンドは、女性のリクエストには答えない主義らしい』

「困ったものだわ。反抗期真っ盛りだし、気をつけてね」

『了解した。名残惜しいが一度、通信は終わらせてもらう』

「ええ」

『ではな』

「また後で、素敵な隊長さん」

 通信が切れるのを確認してから、ジャックへと振り返る。

「鉄人隊の人達で、アンノウン倒せると思う?」

「倒せると信じないとやってられませんけど……」

 ジャックは不安を隠し切れていない。

「戦闘兵装仕様のサイクロプスやダイダラシリーズで、どこまであれとやり合えるのか……。

 マシンガンやショットガンで、あいつの装甲を抜けるか怪しいですしね」

 ジャックの心配はもっともだ。

「それでも、何の武装もない私たちよりはマシでしょう」

 告げて、大きく深呼吸をする。

「パラシュートを切り離した後、これ武器に使うわ」

「武器って……?」

「説明は後、そろそろ切り離しても平気でしょ?」

「はい!」

 眼下を見ると、口から放たれる高出力のビームを受けて、躱し切れなかったサイクロプスが二機ほど大破してしまっている。

「洒落になってないわよね、あれ」

「まったくです……と、切り離します!」

「了解」

 切り離される前に、パラシュートの紐の一つを掴む。

 それから、切り離されるのを確認してから、リトーの間接に巻き込まないように引き寄せて、ざっくりと畳む。

 それを抱えながら着地する。

「よし、良い位置ね!」

 アンノウンの背後。

 そろそろと走って近づくと、パラシュートをアンノウンに無理矢理被せた。

「今よッ!」

 それと同時に、メイブはオープンチャンネルでそう告げた後、即座に離脱する。

 その言葉の意味を、鉄人部隊が理解できないわけがない。

 合計六機のギガントマンによる一斉射撃。

 銃弾とミサイルの雨が止み、もうもうと上がる煙をみなが固唾を飲んで見守る。

「…………」

 普通のギガントマンであればひとたまりもない攻撃だ。

 通常よりも丈夫な装甲を持つリトーであっても、あの一斉攻撃を受けては大破は確実だろう。

 だが――

「避けてッ!」

 煙を裂くように閃光が迸る。

 それを受けたダイダラボッチが一機、完全に打ち抜かれた。

「あれで、無事だなんて……」

 ジャックが戦慄したように、うめく。

 それはメイブとて同じだ。

 煙が晴れて、アンノウンが姿を見せる。

 あちこち煤けているが、まだ余裕がある。

「呆けてる暇はないわッ」

 アンノウンがこちらに向き直る。

 メイブは即座に振動ナイフを抜き放つ。

「でも、ナイフ一本でどうにか出来るような相手じゃ……!」

「しなきゃいけない状況よッ!」

 無茶なのは百も承知だ。

 だが、向こうが向かってくるのだから、構えないわけにもいかない。

 ダメージのせいか、地上だからか、宇宙の時のようなスピードはない。それでも、充分速い相手ではあるのだが――

「追えるだけマシよね」

 突進に対して、こちらも地面を蹴って駆ける。

 アンノウンとのすれ違い様にナイフを振るう。

 相手の装甲に擦れて、火花が飛び散る。

「硬いにもほどがあるでしょ」

 作業用とはいえ、鋼材切断用のナイフだ。

 相手の装甲にもしっかりと傷跡を残してくれたのだが――

「もう研いでも使いものにならないわよね、これ」

「そもそも、振動ナイフは研げるような代物じゃないですけどね」

 こちらの刃こぼれが著しい。

 それでも、武器らしい武器はこれだけだ。

 構え直してアンノウンを身遣る。

「あの細い傷跡に何か打ち込めれば、勝てる気しない?」

「打ち込める武器がないですよ」

 鉄人隊から武器を借りればなんとかなるかもしれないが、借りてる余裕はあまりなさそうだ。

 アンノウンが再び、体当たりをしてこようとする。

 咄嗟にリトーを身構えさせるが、アンノウンは目の前で急ブレーキを掛ける。

「え……?」

 咄嗟のことで、メイブは反応できない。

 気がつくと、クチバシが光を湛えはじめている。

「まず……ッ!」

 至近距離。

 虚を突かれて、反応が遅れている。

 再びすれ違おうと、膝を曲げていた。

「メイブさん!」

 ジャックが悲鳴じみた声を上げる。

「イチバチのギャンブルは、好きじゃないんだけどッ!」

 リトーの全身のフレームを躍動させるように、曲げた膝で地面を蹴る。

 大きく前へと飛び出したリトーは、振動ナイフを右手を引き絞る。

「間に合えぇぇぇッ!」

 メイブの絶叫と共に、リトーはボロボロの振動ナイフを勢いよく突き出した。

 光を湛えたクチバシが大きく開く。

「…………ッ!」

 ジャックが思わず目を瞑る。

 ハムちよは、メイブを信じてその光景を見届ける。

 メイブは本能的に防御のオドを精霊に捧げる。

 リトーの右腕がナイフと共に光るクチバシの中へと入っていく。

「ああああああ…………ッ!」

 激しい閃光と振動がコクピットを襲う。

 その閃光に目が眩み、メイブが状況を分からずにいると、背面側から大きな衝撃が来る。

「……っッ……」

 リトーが宙を舞い、背中から落ちたのだろう。

「ジャック! 状況ッ!」

 視界が戻らない。

 とにかく、それでも何とかしなければならない。

「……はいッ!」

 一瞬の間はあったが、返事はあった。

 ジャックは無事だ。

 胸元で身じろぎする気配もある。

 ハムちよも無事だ。

「リトー、右肩からごっそり消えてますが、機能停止はしてませんッ!」

「了解!」

 視界は戻らなくても、操縦くらいは何とかなる。

 左手一本で手早くリトーを立ち上がらせる。

「光で目をやられてる。視界が戻るまで、ジャックの声だけが頼りだ」

 そう声を掛けると、背後から深呼吸の気配があった。

「はいッ!」

 声を張り上げてはいるが、震えてもいる。

 だが、強がりであってもちゃんと仕事をしようとするガッツは買いだ。

「アンノウン、頭部大破。でもまだ動けるようです」

「まったく、嫌になるね」

 ぼやいた時、通信が入る。

 特にこちらへと訊ねてくることなく、ジャックが回線を開いた。

『無事かね?』

「始末書が怖いわ」

 先ほどの隊長の声に、思わず軽口を叩く。

『軽口をたたける程度には無事で何よりだ。

 まぁ今の攻撃は、無茶というより無謀だったと思うがね』

「自覚してるわ」

 ようやく滲んでいた視界が戻ってくる。

「とはいえ、あれで動けるっていうんだから、嫌になるわね」

『まったくだ。娘がボーイフレンドを連れてくる度に、彼らをいじめてきたが、奴ほどタフなやつは初めてだな』

「最近、娘さん……口利いてくれないんじゃない?」

『……よく分かったな』

 何やら渋い顔をしている。もしかしたらタブーだったかもしれない。

「……ッ! 動くわッ!」

 頭部を失ったアンノウンが、それでも翼をはためかせて飛び上がる。

「頭部はあくまでも砲撃用。センサー類は別の場所にあるみたいね」

「鳥類というよりも、まるで昆虫みたいだ」

 メイブとジャックが、二人そろってぼやく。

『二人とも、基地まで下がってくれてもいいんだぞ?』

「お心遣い感謝するわ。でも、やられっぱなしってのはシャクなのよね」

 答えて、鉄人部隊へと襲いかかってるアンノウンを見遣る。

 足の爪は、下手な振動ナイフよりも切れ味があるようだ。

『武装もないそんなボロボロの状態で何が出来るというのかね?』

「まだ、左腕の細ワイヤーがあるわ。

 それに……試してみたいコトが出来たの」

『了解した。君たちとは生きて会いたい。武運を祈るぞ』

「ありがとう」

 通信が切れる。

 メイブは大きく深呼吸をした。

「ジャック。これからやるのは、ぶっちゃけ賭けよ。

 降りたいなら降りていいわ」 

「冗談言わないで下さい。ここまで来たら降りれませんよ」

「ありがと」

 思っていたよりも、ずっと良い男のようだ。

 もっとも、それを口にする気はないが。

 ジャックが残ってくれるのであれば、もう少し成功率あがるだろう。

「ジャック、合図で間接のジョイントって外せる?」

「一応、出来ますけど……どこ外すんですか?」

「左腕」

「……何をするかは聞きませんが、それ失敗したら完全にでくの坊になりますよ?」

「もう右腕ないんだから今更でしょ?」

 ハムちよが、胸元から飛び出し、肩に乗る。

 メイブっていう女はこういう奴なのよ――と、ハムちよは言いたいのだろう。

 ジャックにそれだけ言うと胸元へと戻ってくる。

「この機体の新機構とやら、ぶっつけ本番で使うわ」

「成功するコトを信じますからッ、成功させて下さいよッ!」




 鉄人部隊のギガントマン達も、先ほどよりは善戦している。

 やはり、あのクチバシからのビーム砲が驚異だったようだ。

 それでも、あの速度には手を焼いているようで、決定打となる一撃を与えることは出来ていないようだが。

「左手首の細ワイヤーは……よし、これにもフック付いてるわね」

 後はタイミングだ。

 装甲に直撃させても、意味がないだろう。

 狙うは首元か、胸元。内部を露呈させている部分。

「行くわよッ!」

「はいッ!」

 アンノウンは鉄人部隊達の弾幕をすり抜けるように飛び回り、体当たりで――あるいはその足のツメで攻撃を繰り返す。

 どうやら、逃げるつもりはないらしい。

「あいつの狙いって、リトーって気がしない?」

「それは何となく気づいてました」

 だったら、それも利用してやるだけだ。

 リトーが動き出すと、アンノウンは明らかにこちらを意識するような動きに切り替わった。

 旋回しこちらへと向かってくるアンノウン。

 その動きの意味を理解した鉄人部隊のサイクロプスが一機、良い位置にランチャーを一発撃ち込んでくる。

 横からそれを受けたアンノウンがバランスを崩し地面へと落ちた。

「ナイスッ!」

 露呈した首元へと、リトーの左腕を向ける。

 狙いに気づいたアンノウンが、そうはさせじと、強引に体を起こした。

 首元が上を向く。

「だけど、それでいいの」

 メイブは口の中でそう呟いて、胸元のナイフ傷へ向けて細ワイヤーを射出した。

「ドンピシャ!」

 フックが内部へと突き刺さる。

 それで動きが止まる訳ではないが……

「実験その1ッ!」

 メイブはそう告げると同時に、雷の精霊へとオドを捧げた。

 本来、地球では使えないはずの精霊術。

 しかし、身体の内側に力が渦巻くのを感じる。

 捧げたオドの代わりに雷の精霊の力が、自分の内側に巡る。

「やっぱり……」

 そして、体内を巡る精霊の力を、リトーが汲み上げていくのが分かる。

「メイブさん? 何ですかこれッ!?」

 システム名は分からないが、例の新機構とやらが起動したのだろう。

 突然の稼働にジャックが戸惑っているようだ。

 だが、説明してやる暇はない。

「喰らいなさいッ!」

 ワイヤーにその雷のエネルギーを這わせる。

 通常の機械の類であれば、これで決着が付く。

 だが、それでもアンノウンは、ワイヤーから逃げだそうと翼を開く。

「内部に直接電気を流してもダメだなんて!?」

 ジャックの驚きに同感だ。

 とはいえ、ここまで来るとこのくらいは想定の範囲内でもある。

「合図したら左肘をパージ、頼むわよ!」

「はいッ!」

 それは、ジャックも同様だったようだ。

 突然の電撃攻撃とその結果には驚いたようではあるが、動揺した様子は無い。

 今度はオドを炎の精霊に捧げる。

 身体を巡り始める炎の力をリトーの左手に込めた。

 赤くなっていくその左手を指鉄砲の形に構えると、ワイヤーを巻き取らせ――

「パージッ!」

「了解ッ!」

 肘のジョイントを切り離す。

 巻き取る力によって、左手が高速でアンノウンの胸元へと飛んでいき、その指がワイヤーの刺さった傷に吸い込まれていく。

 人差し指が、突き刺さると同時に――

「ブレイク」

 リトーの左手にため込んだ炎の力を解き放った。

 突き刺さった左手が、炸裂した爆弾のように爆炎を起こす。

「……これで、倒れて欲しいけど……」

「動きは止まりましたね……」

 それでも装甲が完全に剥げないというのは恐ろしいが、突き刺さったワイヤーを振り解こうとする素振りはなくなった。

 そして、ぐらりと傾くと、そのまま仰向けに倒れた。

 メイブはそれを見て、即座に周囲の鉄人部隊へと告げる。

「警戒しながら露呈部へ攻撃ッ! まだ生きてた場合、チャンスは今だけよッ!」

 頭部が吹き飛んでも、電撃を内部に受けても動いたのだ。もしかしたら、また動きだす可能性がある。

 それを鉄人部隊も理解したのだろう。言った通りに、動きはじめてくれている。

「ジャック、隊長さんに繋いで」

「はい」

 これで、ひと段落と行きたいところだ。

「はぁい隊長さん。勝手に指示だしちゃってごめんなさい」

『構わないよ。君の戦いぶりを見てれば、NOとはいえないさ』

「YESともNOとも言えなくなっちゃった人が居るのは申し訳ないけれど……」

『君たちが気に病むコトではない……と、言ったところで気休めかな』

「責められるよりはだいぶマシかもね」

 ふぅ……と息を吐く。

 この隊長にも、色々と思うことはあるだろうに、こちらを気遣ってくれている。

『それにしても、本当にタフなボーイだったな』

「タフ過ぎて、ベッドの上では空気読んでくれなさそうな相手だったわ」

『君に一途だったようだがね』

「どんなに一途でも、自分も相手も省みないような人はごめんだわ。それって、愛と情熱を履き違えてるだけだもの」

『ふむ。厳しいな。

 だが、君の胸元の子は、そうは思ってないようだが?』

「この子は自分がそうだからね。

 共感するところはあったんじゃないかしら?」

 何はともあれ、これにて状況終了といったところだろうか。

『そちらの愛らしいお仲間の気持ちはともかく、君たちが居てくれて助かったよ』

「……あのタフボーイは、私たちが連れて来ちゃったんだけどね」

『かもしれん。だが、あんなものがコロニーを襲撃していたら、それこそ大惨事になっていた可能性もある。

 ここで仕留められたのは僥倖だと思いたい』

「そう……ね」

 本当に、この隊長の言葉はありがたい。

『ところで、その機体で基地まで来てもらえるかね?』

「えーっと……ジャック?」

 操縦は可能だが、それ以外の部分はジャックの方がよく分かっているだろう。

「すみません。ガス欠で、もう動けそうにないです。

 申し訳ないですが、運んで頂けると助かります」

『了解した。失礼のないエスコートを約束しよう』

 アンノウンもどうやら完全に沈黙したようだ。

『では、失礼するよ。後ほど改めて』

「ええ。あなたが素敵な人で助かったわ」

『妻と娘がいるのでね。君を口説くコトが出来ないのが残念だよ』

「ふふ、最高の口説き文句よ、それ」

 そうして、隊長との通信を終了する。

「とりあえず、何とかなったわね……お疲れさま、ジャック」

「はい。メイブさんもお疲れさま。……ハムちよも」

 こうして、二人と一匹の長い一日が一応の終わりを告げた。

 軍とのやりとりや、イーベル社への報告など色々と残ってはいるのだが、それらは脇に追いやって、二人はシートへと全体重を預けるように、深く座り込むのだった。



 数日後――

 イーベル社、ギガントマン開発部門責任者室。

「……お咎めナシなんですね」

 メイブの言葉に、書類に目を通していた開発部長が机にそれを放りながら、顔を上げた。

「咎めて欲しかったのかね」

 その問いに、メイブは肩を竦める。

「ティターニアの件、残念だと思っているよ。

 だが、この報告書にあるアンノウンとの交戦、大気圏突入、エレメントシステムの稼働データ……成果としては十分だ。

 それに艦の轟沈は不可抗力だろう。

 原因はアンノウンであるし、これほどの化け物に襲われて、むしろリトーを守ってくれたのは感謝している。

 罰金などは発生しないし、機体の損傷もこれだけのデータを取れたのだから必要経費だ。

 むしろ、想定以上のデータを得られたコトにはボーナスを出してもいい」

 理屈は通っているが、納得が出来ない。

 だが、それを雇われパイロットが突つけるようなことでもないだろう。

 それでも、一応聞いておくべきかもしれない。

「エレメントシステム以外のスペックデータを無許可で軍に開示してしまった件は?」

「それも不可抗力だろう。

 隠し切れるものではないし、伊豆の鉄人部隊への恩もある。むしろ、エレメントシステムを隠した判断を買っているぐらいだ」

「そうですか」

 違約金の覚悟くらいはしていたのだが、拍子抜けといえば拍子抜けだ。

 だが、必要ないというのだから、素直に受け取っておくべきか。

 メイブがこっそりと嘆息した時、部長が訊ねてくる。

「ところで、ジャック君はどうしたのかね?」

「彼は実戦が初めてでしたから。

 安心したのか、体調を崩してしまったので、お世話になった伊豆基地そばの病院で寝込んでいます」

「そうか……。

 初めての実戦でこれだけ出来るのは才能だと思わないかね」

「それについては同感です」

 実際、ジャックはよくやってくれたと思う。

「よし、今回の契約はここまでだ。

 君とジャック君の口座に、報酬は振り込んでおこう」

 そこで言葉を切ってから、部長が告げる。

「その上で、改めて依頼をしたいのだが――」



「もう退院出来たの」

 部長への報告を終え、伊豆へと戻ってきたメイブは、元気そうなジャックに声を掛ける。

「ただの過労ですからね」

 彼はそう言って苦笑した。

 その頭の上に乗っているハムちよは――何よメイブ。戻って来なくても良かったのに。これからジャックと二人のハネムーンの予定だったのよ……と、睨んでくる。

「ただいま、ハムちよ」

 そんなメンチ切りを完全に無視して、ハムちよを摘むと、定位置の胸元へと持ってきた。

 不満はあれど、ハムちよもここが落ち着くようである。

「報酬、振り込まれてたの確認した?」

「はい。ちょっと多かったですけど」

「データが想像以上に取れたから、色をつけてくれたみたい」

 そう言って、メイブは肩を竦め、訊ねる。

「追加の依頼があるわ。受けるかどうか、悩んでるんだけど」

「それ、僕に関係あるんですか?」

「私たち二人宛なのよ」

 それで、ジャックはだいたい予想が付いたのだろう。

「リトーのテストパイロット継続ですか?」

「そ。ついでにアンノウンの調査も」

「調査って、テストパイロットの仕事なんです?」

「まぁ、ギガントマン開発部からしたら、あれってお宝の山でしょうからね」

「結局、アンノウンはアンノウンのままみたいですけど」

 回収されたアンノウンは、伊豆基地のスタッフが調べたものの、詳しいことは分からず仕舞いだったらしい。

 専門家を呼ぶと言っていたが、それでも解明出来るかは分からない。

「そんな訳で、調査も込みだから報酬は今回の二倍。

 調査がうまく行かなくても、リトーで取れたデータ次第では今回と同じくらいの報酬は払うそうよ?」

 告げると、ジャックは難しい顔をした。

 それを見て、メイブが嘯く。

「やっぱり、不労所得でのんびり暮らしたくなった?」

「いいえ。自分にあってるかはともかく、この仕事して良かったとは思ってますよ」

 真面目な顔で首を横に振ってから、彼は笑った。

「メイブさんがやるなら付き合いますよ。

 正直、貴女以外パイロットに命を預けられる気がしませんから」

 その言葉に、メイブは破顔する。

 胸元のハムちよはイラっとした顔をする。

「おーらい、相棒バディ。よろしく頼むわ」

 そう言ってメイブが差し出した手を、ジャックは握り返す。

「こちらこそ」

 胸元から飛び出したハムちよが、二人の手の上へと着地する。

「それじゃまぁ、二人と一匹で……伊豆基地に置かせてもらってるリトーの所へ行きますか」



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