終わりなき路
私は剣を振り下ろす。そして、恐怖に目を剥く子供の首を切り落とす。
ザシュ。
あっけなく首は血をまき散らしながら落ちた。まだ小さな体が物音ひとつ立てずに崩れ落ちる。街中の通行人たちの視線を感じたが、どうでもいい。泣きわめく女性の声がした。見ると、子供の首をいとおしそうに撫でている。おそらくは母親であろう。
どうでもいい。人一人の死など、もはや心に響くことはない。
「どうして、どうして、私の子供が……」
つぶやく女に、青年は言った。
「その子供には、悪魔が憑いていた」
事務的な回答。青年は剣を鞘にしまうと、そのまま踵を返して歩き出す。人々は青年を避ける。さも当然の反応だ、と青年は思った。
「この悪魔、人でなし!」
母親が言う言葉は間違いではないだろう。
その通りだ。何せ私は人ではないのだから。
私は街を出て数刻歩き、目的の場所に来た。広大な森林の中にぽつんと立つ、神秘的と表現されるであろう城。人間の干渉を嫌い、ただただ森に引き籠る哀れなる種族、エルフ。その王族の住む場所である。
エルフは美しい容姿と、高い生命力を持つ。人間種台頭前はエルフなどの非人間種は強い力を誇っていたが、その傲慢さに神々は怒り、亜人種(もしくは古代種)は、辺境や地底に住むこととなった。
今回私が来たのは、その傲慢なエルフの女王、ネルグリューンに招待されたからだ。私は彼女とは長い付き合いであった。正直どうでもいいのだが、断る理由がなかった。それだけのことだった。
「どうぞ」
あっさりと門番は私を通す。それはそうだろう。彼とは何千年とこのやり取りを繰り返すほどだ。いやでも私の顔は覚えるだろう。門を通り道なりに進めば、女王の謁見の間はすぐだ。
「来たか、刻の罪人よ」
金に輝く髪をなびかせる永遠に年をとらない少女。エルフと神の混血児たる彼女は、緑色の派手なドレスに身を包み、玉座に座っている。黄金の城内にも劣らぬほど、神々しい。
「久しいな、愛の女神とエルフの王の子よ」
「確かに。前にあったのは45年前かな」
女王ネルグリューンはそう言って笑う。
「相変わらず、人間どもに従っているのか?」
「ああ」
私は答えた。当たり前の会話だ。彼女も、それは知っているだろうに。
「そうか。まあいい、食事にしようか」
そういって立ち上がり、指を鳴らす。大きなテーブルが現れ、端に二つの黄金の椅子が現れる。彼女は自身の近くの椅子に座る。私は反対側の椅子に座る。
同時に食事が運ばれる。きらびやかな、いかにも貴族の好む料理だった。
「いい加減、お前も私のものになれ」
そう娘は言う。食事の手は止めない。私はただ、聞くだけだ。
「人間は決してお前に感謝しないし、お前は永遠に今のままでいるつもりか?」
「そうだ」
「空しいな」
彼女が言うのはおかしなことだ。彼女とて、永遠の存在なのだから。
「あなたがそれを言うのか」
「エルフといえど、永遠ではない。だからこそ、こうしてひっそりと生きているのだから」
数百年前から亜人は差別対象であった。神の恩恵にあやかる傲慢な人間種による排斥。それによって、多くの同胞を亜人は喪ってきた。
「南のロクシュヴァも死んだ。ほかならぬお前の手でな」
女王が言った。事実だ。ロクシュヴァ。通称串刺し。エルフの英雄にして、伝説の十二騎士の一人。
「神々の十二騎士でさえ、もはや一人を残すのみ。永遠の時代を信じていた亜人の時代はすでに終わり、亜人そのものも尽きようとしている」
十二人の騎士。神より武具を渡されし、栄光の騎士。過去の遺物だ。
「私もお前も、近い未来にいなくなるであろう」
「だから、私がより一層ほしくなったのか、ネルグリューン」
私はどうでもいい、という気持ちを隠さずに行った。
「ああ、お前はいつもそうだ。私の気持ちを知っているのに」
女王が席を立ち、私のほうへ歩み寄る。そして私の頬を撫で、唇に触れた。愛おしそうに、狂おしいほどの情熱を瞳に宿して。
「昔が懐かしい。あのころは私も、お前も笑い合っていた。いつから?ねえ、いつから、こうなったのかな」
あふれる涙を彼女は隠さない。私はその涙を見る。何千年も昔にも、こうして彼女は泣いていた。恐らく、あの時の私なら、彼女を愛おしく思っただろう。しかし、時の牢獄に生き、感情も、何もかもを亡くした私には何の感慨もない。
「さあな」
どうでもいい。そう、どうでもいい。考えることさえも、どうでもいい。
「そうよね、あなたはいつもそう。私のことなんてね」
お前、ではなく、あなた、と呼ぶ。在りし日の彼女。記憶の中の少女がそこにいた。
「ねえ」
私の名前を呼ぶ少女。私は彼女を見る。彼女の口が静かに動き告げる。
「私を殺して」
泣きながら、しかし、笑って彼女は言った。
「だってあなたが手に入らない、こんな苦しい世界」
彼女の唇が私に触れた。
厭だから。
私は城を後にする。燃え盛る城。散る時でさえ、その城は美しい。エルフたちは主とともに滅びを選んだようだ。どうでもいい。いずれは私が滅ぼすことになっただろう。遅いか、早いかの違いだ。
貫いた少女の血に塗れた剣。それを見ても、心は動かない。どうでもいい。
にもかかわらず。
私の目からは止め処のない涙が溢れていた。
「さらばだ、ネルグリューン。我が妻よ」
幼き日の結婚の約束。約束で終わったが、最期の手向けとして私はそういった。
人間の王は無数にいる。そのいずれもが、私に対して命令をする。
エルフを殺せ。
隣の国の王を殺せ。
戦争に行け。
人間たちは私に命じた。人以外のすべてを殺せ、と。
私は人間に逆らうことはない。何故なら私は彼らによって生み出されたのだから。
ああ、父よ。天にいる我が父よ。なぜ、私を生んだのだ。
私はそう言った。おかしい。どうでもいい筈なのに。私は少女を殺して、何かが変わったのか?
いや、変わりはしない。私の行く道は終わりのない、血塗られた道。神々が敷いた決められた道。
人が望む限り、私は存在し続けるのだ。
私の名は『罪』。私の名は『欲望』。私の名前は『戦い』。
ある時は神々の十二騎士が一人。またある時は死神。ある時は調停者にして破壊者。
私は歩く。魂が摩耗しても、好みから感情が消え去っていっても。
私は歩く。いつか、人が滅ぶその日まで。
時はいつでも、私を縛り続ける。
人はいつまでも、私を手放しはしない。
私を救う神はいない。私を開放する者はいない。たとえ、死ですらも。
我が名はロゥラン。