Gentleness to the people
アクセスして頂き、ありがとうございます。
とても短い短編小説で道徳の教科書のような内容なので、どなたでも安心してご覧になれると思います。
「暑い・・・」
ギラギラと照りつける夏の太陽。
その太陽光を受け、まるで鉄板のようなアスファルト。
心地よいはずの風さえも、熱風と思えてしまう。
時おり運んでくる臭い土の匂いで気が狂いそうだ。
高校2年目の夏。
高校生活最後のバカンスな夏休み。
学生なら誰もが楽しい計画をして、気体に胸を躍らせる。
夏休み全部で40日前後の休日、思い出を作るには今をもって他に無い。
そんな素晴らしい夏休み。
なのに俺は一人で町をうろついている。
友達がいないわけではない。
だが、皆と俺とでは時間の使い方が違うらしい。
学生に平等に与えられる夏休みという時間。
その時間をやつらは大学受験準備やバイトなどに大半を使う。
馬鹿馬鹿しい。そんなことは後でもできるじゃないか。
何故俺のように遊びに全時間を使わないんだ。
お前らなんて社会人になったときに、あの時にもっと遊んでおけばよかった〜などと後悔してればいい。
そんなわけで俺は一人ぶらついているわけだ。
しかし、俺に行く当てもあるわけなく。
バイトもしてないので金もない。
ただ楽しいことを求めて歩く。
何か面白いことないかな。
そんなことをぼーっと考えつつ俺はとりあえず公園に向かった。
夏の公園はちびっ子たちで賑やかだった。
狭い場所なのにサッカーボールを持ち出して簡易サッカーをやっていたり、縄跳びを何個もつなげて大縄跳びをしていたりしている。
ブランコなんかはあまりに大人気なので順番待ちも出ているぐらいだ。
しかも付き添いに母親がいるもんだから、ベンチが井戸端会議の場となり占領されていてろくに体を休める場所もない。
「はぁ・・・」
俺はため息を一つついた。
ここにも俺の居場所はないようだ。
仕方ない、喉も渇いたし、公園の水飲み場で生暖かい水でも飲んで帰るか。
水飲み場は公園のほぼ真ん中にある。
最近は神経質なやつが増えたのか、衛生面が云々言って利用する人が少なくなった。
俺はそんなこと気にしないけどね。
俺が水飲み場に近づくと、知らない男が先に水を飲んでいた。
その男は俺が近づいてもお構いなしで、蛇口に食いつくような勢いで水をガブガブ飲んでいる。
よくよく見ると、年齢は俺と同じぐらいだろうか。
埃と土などで薄汚れた衣服を着ていて、とてもまともとは思えない。
背中には緑色のとても大きなリュックサックを背負っていた。
そのリュックサックは何が入っているのか知らないが、パンパンに膨らんでいてやたら重そうだ。
そんな変な少年。
俺はあまり関わりあいたくないと思った。
水だけ飲んでさっさと行こう。
その程度にしか考えていなかった。
その少年は水を飲み終わると、やっと俺の存在に気がついたのか驚いたように振り返る。
「ごめん、待たせちゃった?」
少年は少し照れくさそうに笑いながら俺に話しかける。
俺はそれを少し鬱陶しく思いながらも
「いや別に」
と短くそれに答え、水を飲んだ。
少年は俺が水を飲んでいる間ずっと横で立っていた。
特に何をするでもなく、ただ俺をじっと見つめて。
気味が悪いな・・・
俺は水を飲みながらそう考えていた。
俺が水を飲み終わると、少年は躊躇いながら話しかけてきた。
「ねぇ」
「何だよ」
拒絶の意味も込めて強い口調で返す。
しかし、少年はそれぐらいでは諦めず、さらに言葉を続ける。
「1円、寄付しない?」
●●●
最初は変なやつに絡まれたな、ぐらいにしか思っていなかったが、よくよく話を聞いてみると結構深刻な事情があるみたいだ。
「それでお前は盲目になった弟のために寄付金を集めているのか」
俺たちは丁度良く空いたベンチに腰掛けて話していた。
「そうだよ。まあそれはきっかけで、今では全ての盲目者のために盲導犬育成の費用を集めているんだ。現状では盲目者に比べて、盲導犬の数が圧倒的に不足しているからね」
少年は僅かに胸をそらすように誇らしげに答えた。
「凄いんだな、お前。でも何で1円なんだ?もっと一杯もらったほうがいいんじゃない?」
「そりゃ多くもらう方がいいに決まっているさ。でもさ、1円なら子供から老人まで、どんな人でも無理なく寄付できるでしょ。ところで君は日本の人口が何人いるか知っているかい?」
急に俺に話を振る少年。
「え、え〜と。1億人ぐらいだっけ?」
「そう。正確には1億2768万7千人。つまり、全員に寄付もらえれば1億2768万7千円が盲導犬育成のために使えるわけだよ」
俺は愕然とした。
確かに理論的には人口と同じ数だけお金が手に入るだろう。
でも、そんなことできるわけないじゃないか。
一体何ヶ月、いや何年かかるんだ?馬鹿げている。
「確かにそうだけどさ。何もお前がやらなくてもいいだろ?ほら、夏ごろとかにテレビ番組で大々的に寄付を促しているじゃない。他にもコンビニとかで寄付箱とかあるし」
俺はこの馬鹿な少年を止めようと思った。
だが、少年は真面目な顔で首を横に振る。
「それじゃだめだよ。いくらテレビ番組でも、寄付する人は人口全体でいったら極一部だけだよ。どんな方法でも任意に寄付を求めていたら、やらない人は絶対にやらないよ。僕は一人一人声をかけてもらっていくから確実さ。それに」
「それに?」
俺が聞き返すと、少年は真夏の青い空を見上げゆっくりと話し出した。
「それに、もしも日本人全員が平等に同じだけ寄付してくらたら。その事実はきっと日本全体を少しだけ優しくしてくれると思うんだ」
少年のその空を見上げる目は、優しく、とても澄んでいるように見えた。
俺にはそれが堪らなく魅力的で、羨ましくさえ思えた。
「なぁ」
俺も少年と同じ空を見上げ話しかける。
「なんだい?」
「その、俺もさ、手伝っていいかな?寄付集めるの」
そう言うと、少年は真っ直ぐに俺を見据え答えた。
「ありがとう」
その日、俺たちは日が暮れるまで募金活動を続けた。
●●●
翌日、俺は少年と出遭った場所、公園へ走っていた。
昨日の別れ際に今日も一緒に募金活動をやろうと約束したからだ。
空を見上げるといつもと同じように青い空が広がっている。
今日も暑い日になりそうだ。
意気揚々と公園に着くと、そこには少年の姿はなかった。
代わりに少年が背負っていた緑のリュックサックだけが、ぽつんと水飲み場の近くに置いてある。
どうしたんだろう?
あいつの身に何かあったのだろうか?
そんな漠然とした不安が俺の中で渦を巻いている。
もしかしたら少し用事があるだけなのかもしれないと思い直し、俺はこの重いリュックサックをベンチまで移動させ、そこで少年が来るのを待つことにした。
しかし、俺の期待とは裏腹に少年が姿を現すことは無かった。
もう募金活動を諦めてしまったのだろうか。
それとも交通事故か何かで来れないだけだろうか。
俺にはそれを知る術はなかった。
でも、俺の見たあの澄んだ瞳に嘘はないと思う。
そう確信している。
「あーあ、これからどうしようかな」
俺は誰に言うでもなく呟いた。
ふと、横を見るとリュックサックが黙って座っている。
そうだ、このリュックサックの中身を見れば何か分かるかもしれない。
少し気が引けたが、俺は思い切ってリュックサックを空けた。
リュックサックの中は、思ったとおり銀色に光る1円玉で一杯だった。
一体これだけ集めるのにどのくらい時間がかかったのだろうか。
もっとよく中を覗いてみると二つだけ紙があった。
一つは地図だった。
その地図には所々に赤いペンで×マークが書いてあり、俺はすぐに一度行ったことある場所を示していることだと分かった。
もう一つは通帳だった。
俺は恐る恐る開いてみると
「千、万、10万・・・6000万円!?」
とんでもない金額だった。
あいつは本気で日本人全員から寄付を集めていたのだ。
ふぅ、と俺は一息ついて、昨日と同じ空を見上げた。
「ぷっ、あはははははは」
なぜか笑いがこみ上げてくる。
一段落するまで笑うと、俺はリュックサックを担いで繁華街へと向かっていた。
そう、あいつがやり残したことをするために。
確かに俺とあいつは昨日会ったばかりだ。
親友と呼べるほど長い付き合いをしたわけじゃない。
それどころか名前だってまだ聞いていなかった。
そんな他人同然のために、なぜ俺はそこまでするのだろう。
いや、本当は分かっていたんだ。
俺もあいつの望む世界、優しい世界を作りたい。
理由はきっとそれだけなんだと思う。
そして俺は思った。
まるでリレーみたいだな。
バトンがリュックサックで、日本各地を走る寄付収集のリレー。
心の温かさと少しだけの優しさをばら撒きながら。
もしかしたら、あいつも俺と同じように誰かからバトンを受け取ったのだろうか。
どこまでやれるか分からないけど、行ける所まで行こう。
ゆっくりでもいい、俺のスピードで。
その日も青空の澄んだ、とても暑い日だった。