4: コーヒー
今でも、一日に一杯はコーヒーを飲む。
甘いような香ばしいような、そんな香りのするあの黒い飲み物がとても好きだ。
家にはコーヒーミルもあるのだが、最近は面倒でもっぱら会社のカップコーヒーかスタバのコーヒーで済ませている。
眠気覚ましにコーヒーを買ったはずなのに、そのカップのぬくもりで冷えた手を温めているとじんわり気持ちよくなって、飲みながらパソコンに向かってうとうとしてしまう。カフェインがもうちっとも効いていない。
なんと無駄なカフェイン摂取だろうか。
もともと、コーヒーを好んで飲んだのは両親だった。
二人のうちどちらがより好きかといえば父だろう。
母は、うるさくない、と主張しつつ味にうるさい父の為に色々な豆を試しては昔からコーヒーを入れていた。
だが食後のコーヒーは当然ながら子供達には飲ませてもらえない。
背が伸びなくなるから駄目、という本当か嘘かわからない理由を言われていたが、それでも私達兄弟はそれを飲んでみたいといつもせがんでいた。
コーヒーに砂糖を入れてかき回す父の隣に近寄ると、父はいつも笑ってそのティースプーンを渡してくれた。
ティースプーンに一杯だけが、子供達に許された分け前なのだ。
ほんの少しだけ味見するコーヒーは砂糖が入っていなければきっと美味しい物ではなかっただろう。
けれど子供心にはとても美味しく感じられた。
大人が飲んでいる不思議な香りの飲み物をほんの一掬い分けてもらう。
それこそが、何より美味しい出来事だった。
今は、私はいつでもコーヒーが飲める。
好きなだけ飲んでも誰にも怒られる事はなく、ただ自分の胃だけが時々ちくりと私を窘めるのみだ。
マグカップになみなみ注いだコーヒーを飲みながら、あの日のティースプーンのコーヒーが飲みたいな、と時々思う。
実家に帰っていつも美味しい母のコーヒーを飲むたび、ふと思い出すのはそんな事。
父が目の前で飲んでいるコーヒーを、今一掬い貰ったら昔と同じ味がするだろうか?
けれど、もういい年になった私は、それを言い出すことも出来ずに自分のコーヒーを黙って飲み干すのみなのだが。