11: 曇り空
青空と曇り空、どっちが良いかといわれれば晴れている方が良いに決まっている。
と、昔はそう思っていた。
私の実家のある土地は日本海側で、日照時間の長さで言うと日本の都道府県の中で下から数えた方が早い場所だ。
私は生まれてからの大半をそこで過ごしてきた。
海からの湿った風が山にぶつかるその土地では、一年中沢山の雲が生まれて沢山の雨を降らせる。
湿気が多くて洗濯物もなかなか乾かない。
ことに冬の空はいつも灰色で、雪が降れば世界は白と灰色ばかりになる。
県外から移り住んだ人の中にはその暗い色と、日照時間の不足も手伝ってうつ病やノイローゼになる人もたまにいると聞いた。
ところが、そんな中で生まれ育つとそれらは全く気にならない。
それどころか大人になって県外に、しかも太平洋側に移住した私はいつしかあの曇り空を大層恋しく思うようになってしまった。
いつも見えている青空よりも、雲の隙間から時折見える青空の方が目にした時の喜びは大きい。
強い風が運んでくる雲の様子は見ている間にめまぐるしく変わり、遮るもののない場所から見ると様々なものが見えたりもする。
例えば、手を伸ばしたら届きそうなほど近い場所を漂う薄い雲とその向こうの雲の色や形の違いだとか、遠くの空で光る稲妻だとか、向こうの山の端に降る雨の境目とか、雲の隙間から時折降りる天使の梯子だとか。
曇天の日に海辺に行けば空も海も同じような灰色で、その境目は曖昧に霞んで見える。
海を行けばいつか空に続くようなそんな風情だ。
それは決して嫌だとか憂鬱だとか言う風景ではなかった。
そういったものを日常的に目にして暮らしている時には気付かなかったのだが、離れてみたら自分がいかにそれらを大切に思っていたのかに気付かされた。
毎日毎日晴れていると、なんと段々イライラしてくるのだ。
眩しすぎる日差しも、薄く曖昧な形のない雲も、乾いた空気も、あまりに続くと私をじわじわと苛立たせる。
冬も変わらず青く晴れた空と乾いた空気から逃げ出して、見慣れた灰色の濃淡だけの空を見上げると、ほっと息がつけるような気さえする。
人間というのは面白い。空気も水も食べ物も、空模様さえ故郷のものが一番合うようだ。
という訳で今の私が思う事。
空はやっぱり、曇り時々晴れが丁度良い。