ほこりと毛虫と壷~運命の扉はひらく~
もふもふの使い方が、正しくないかも知れません。
――すきなひとには、恋人がいるらしい。
ああ、ずっとすきだったのにな。
*** *** ***
うっぎゃ おおぅ ばりん どすん
「――あっははははは。はっはっは。いや、予想外だ。鍵がこんなかたちだったなんて。しかも、脚立だとは」
ん?
なんだか男の子の声がした気がして、おそるおそる目を開けた。
あれ?
わたしはさっきまで天井のシャンデリアからぶら下がる飼い猫の背中についた埃をとろうと、現代日本の寸法でいう三メートルくらいの脚立に乗って猫に手をのばしていたところなのだけれど。いえ、なんだか猫の背についたその埃のあまりのもふもふの綿埃っぷりに惚れ惚れしてしまって、編み出した変身魔法で生命を吹き込んで、目とか、口とかつけて可愛がってやろうかと思った次第で。そして呪文を詠唱していた最中で。
なぜかというと、わたしはもふもふした綿埃を見ると、無性に、いきものにしたくなるのだ。変態かと問われれば、変態である。いいではないか、なにせ失恋したのだ。ちょっとくらい変態であっても、乙女を白眼視するのは野暮というものだ。それに変態というならば、ヤツだって大抵、変わっていた。なにせ……はっ。いかん、いかん。まだ続きがあったのだ。
そう、呪文を詠唱しつつ、あともう少しで手が届こうかというところで、お約束の展開になってしまったのだ。すなわち、埃だけ掴んで空中ダイブというやつだ。
で、冒頭の “うっぎゃ” になるわけ。
それで今わたしはどうなっているのかというと、笑い声の主であろう男の子、13~14歳の金髪のきらきらした男の子の膝の上に乗っかっている。なぜだか、その子は爆笑していて、「あっはっは。まさかあなたのような若い女の子だったとは」と言っている。
いえ、それをいうならキミのほうが若いゾ。
なにもかも、ちんぷんかんぷんだ。え、それってば死語?
とりあえず礼を言わねば。
「助けてくれてありがとう。あやうく頭を打って埃と入れ替わってしまうところだったわ。ところで、あなたは誰なの?」
わたしの編み出した変身魔法は、発動中になんらかの強い衝撃が加わると、魔法発動者と発動対象物が入れ替わってしまうという、なんともキケンで厄介な魔法なのだ。しかも副作用で、時間も若干前後する恐れもある。うん、要するに編み出すときに失敗したんだな。そんな危機を救ってもらったのだ。命拾いをした。けれど、この子は誰なんだろう。
屋敷では見たことがないと思うのだけれど。
「いや、実際ぼくのおどろきのほうがすごいと思うよ。てんじょうって、天井だったんだ」
わたしの質問には答えずに、未だ笑いを抑えられないといった風情でなにか喋りながら男の子は天井を見上げた。意味がわからない。男の子の膝の上から退いたわたしも、つられて天井を見た。
――そういえば、見渡しても脚立がない。猫もいない。ひょっとしてここは屋敷ではないのだろうか。
「あんまりにもおどろいて、変な擬音をだしちゃったよ」
――ああ、 “うっぎゃ” の次の “おおぅ” ってやつね。
じゃあ、 “どすん” はわたしを受け止めてくれた音だとして、三番目の “ばりん” はなんだろう?
いえいえ、そんなことより。
「ねえ、ここはお屋敷じゃないの? もしかして、変身魔法のせいで変なことになっちゃったの?」
なんだが現状が読めない。魔法のせいで、過去か未来にとんでしまったのだろうか。不安になって矢継ぎ早に男の子に質問した。
「ここはお屋敷だよ。そしてあなたは、変なことにはなってないよ」
丁寧な返答をしてくれた男の子は、不意に真剣な顔つきになってわたしを見て言った。
「――よくきいてね。あまり時間がないんだ」
ものすごく顔が近いことにたじろぎながら、頷いた。
「いい? あなたはね、鍵を持っているんだ。ぼくら、すべてにつうじる鍵を」
男の子はそう言ってわたしの手を見つめた。
「鍵? わたしは鍵を持ってなんか……」
……埃なら持ってるけど。
「ほら、手のなかに」
……やっぱり埃しかない。
「運命は、あなたのなかにあるんだ」
運命? どういうこと? 埃が運命なの? 運命と関係があるということ?
「ねえ、さっきからなんの話をしているの?」
話をきいたはいいが、さっぱり理解ができない。
そんなわたしを尻目に、男の子はなおも言い募った。
「あなたが受けとってくれなくちゃ、これからぼくが開発して世界中の学会で大絶賛される予定の巨大まるまるもふもふ毛虫にも、今必死でアプローチをしているマリーにも会えないんだ」
マリーはわかるが、そのやたらと形容の長い毛虫はなんだ。それで何学会だよ。
と、いうか、受けとるってなにを?
「……もふもふ毛虫を開発してどうするの?」
「世界の悪を殲滅させるのさ」
「……毛虫で?」
「おっと、ただの毛虫じゃないよ。まるくてでかいんだ」
「……どのくらい?」
「京○ラドーム一個分」
たとえが関西だな、おい! しかも関西の、いわずと知れた代名詞である甲子園球場と喩えたいところだが、あれはドームでないために、体積や密度を量るうえでは正確ではないから、引き合いには出せないんだよな。
そんなことは、どうでもいい!
だいたい、毛虫がもふもふなのはわかるが、まるまるにしたい理由はなんなのだ?
いや、そこじゃない!
「――――あのねっ!!」
主旨がわからないのよっ! と言おうとして勢いよく立ち上がったとき、ばきん、という音がして足下に目をやった。
……なんだろう、壷? それも、やけにまるい。
わたしが落ちたときに割ってしまったのだろうか。
ん? まる……?
「――『はじまりが こわれしとき うんめいの とびらはひらく』」
なんだろう、今なにか引っかかったような気がして、ふと考えようとしたところ。残った部分の、やけにまるい壷を凝視したまま男の子が呟いた。
――ああ、運命うんぬんの話をしていたのだった。
いや、だからさ。運命って、なに?
ねえ、さっきから本当にわからない……といよいよ苦情を訴えようとしたとき。
割れた壷から強烈な閃光があふれだした。
と同時に身体が透けていくのがわかった。
わわわ。なんだ、なんだ。
あたふたとしている間にも、わたしの身体はますます周りの景色と同化していく。
ああ、もう、
――――消える!
そう感じるや否や、男の子に向かって大声を張り上げた。
「――ねえっ! わたしは、もう一度あなたに会える!?」
まばゆいばかりの光のなかで、必死に問いかける。
訊きたいことがありすぎる。
まるまるもふもふ毛虫はどうやって、つくるのか、とか。
そもそもなんで毛虫なのか、とか。
男の子の張り上げる声がした。
「この割れた壷をね、いつか思い出して!! これは壊れる運命にあったけれど、あなたが勇気をだした証なんだ。はじまるんだ。すべてが。だから――」
声が、どんどん遠くなる。
「あなたの、あなたのすきなひとはね、ぼくの――――」
その言葉を最後に、声はふっつりと途絶えた。
*** *** ***
「リリナ! リリナ!!」
大抵は変態だが、それでもだいすきであるひとのわたしを呼ぶ声に、目を開ける。
そばには、倒れた大きな脚立と、猫と、リボンがかかったプレゼントと思しき箱があった。
「……あれっ?」
わたし、今の今まで誰かと話をしていなかったっけ?
それも、大切なことを。
――――でも、思い出せない。
「リリナ! 大丈夫か!? けがをしていないかっ!?」
ぼんやりしていると、わたしの名をよぶ大抵に変態なヤツにものすごい剣幕で顔を覗き込まれた。
「……大丈夫。それよりどうしてここにいるの?」
いくら変態だからって、この間失恋したばかりなのだ。正直顔を見るのは辛い。あまり目を合わさないようにして訊いた。
「きみに、どうしても言いたいことがあって」
へ!? まさか、恋人と結婚するから、結婚式に来てくれっていうことか!?
そのプレゼントらしき箱は、気の早い引き出物!?
いやいや、ちょっと待ってくれ。
こちとら覚悟ができてねーんだ、てやんでい、べらぼうめ、このすっとこどっこい。
この間、わたしは見たのだ。ヤツと連れ立ってヤツのアトリエに入っていく女の子を。
あの子は、この近辺では評判の陶芸工作の上手なべっぴんさんだ。
きっと、あの子の陶芸の腕に惚れ込んで、
『結婚してください! あなたの土器がツボなんです!』
などという、何年前のネタだよソレ。な、時ならぬギャグな求婚をしたに違いない。
なにせ、ヤツは玉のような、まさに、 完 璧 な 壷をつくるのが趣味なのだから。
……ん? まる……?
あれ? 先ほどから、なにかが引っかかる。
だが奇態な変態は、わたしの悶々とした思索に気づくことなく、箱のリボンをみずから解き始めた。
おい、仮にも引き出物を自分で開けるヤツがあるか。やっぱり変態だ。
「やっと、やっとできたんだ」
――――なにが?
「完璧に3.14な、丸々しい壷が」
――――あれ?
「円周率は、言うに及ばず」
――――なんだか、どこかで見たような。
「君と出会って、3日の14乗日目」
――――いや、計算おかしいだろ。
「苦節314日と3時間14分3秒1厘4毛」
――――心酔しすぎだ、3.14。
「そして今日は、栄えあるきみの、3たす14回目の誕生日」
――――。
――――……は?
――――。
――――……は?
変態はひざまずいて、壷をかかげた。
「今日は、3月14日。この日にあわせてつくっていたんだ。いつかのバレンタインデーの、お返しに」
えっと。これは生まれて初めてつくった変てこな土器を何年も前にあげたことを、覚えていてくれたということ? バレンタインなんていう、どこかの異世界の風習を、一度だけしたことを。それも、その意味を知っていて。
じゃあ、あのときの、なけなしの勇気は、今になって報われたということ?
わたしの胸のうちを心得たように、愛すべき変態は、微笑んだ。
「――――結婚してください。あなたの土器が、ツボなんです」
*** *** ***
てんじょう より あらわれし かなたのもの
てに かぎを にぎりしもの なり
かぎ は すべての いのち なり
かなたのもの が こわせしもの
そ は はじまり なり
はじまり が こわれし とき
うんめい の とびら ひらかれん
*** *** ***
「結婚指輪ならぬ、結婚壷ってね。――――リリナさまのすきなひとはね、ぼくの、ぼくたちのご先祖であり、ぼくが所属する、『まるまるともふもふで世界をここちよくしよう学会』の初代栄誉会長なんだ。リリナさまは、変身魔法の発動中に脚立から落ちた。そのとき、埃を掴んだ衝撃でまず埃と入れ替わってしまった。そして脚立が倒れた拍子に、過去の時点と寸分変わらず同じ位置にあったこの脚立と埃とリリナさまが相互に入れ替わってしまったんだ。ぼくもあのとき、シャンデリアのそばに脚立を置いていたから。で、ぼくは落ちてくるリリナさまを受けとめたってわけ。まだ発動中だった魔法が、リリナさまをめまぐるしく変身させたんだ。つまり、未来のこの脚立とリリナさまが入れ替わってしまったということだ。変なことにはなってないよって言っちゃったけど、実際とんでもなかったんだ。――古文書には、『かなたのもの』が現れたとき、時間は少ししかないから、プロポーズは受けてくださいと簡潔に述べよ、と記されてあった。でもまさか、ぼくの代で現れるとは予想だにしなかったから、舞い上がっちゃったよ」
「――リリナさまが帰ったあとは、どうなったの?」
「それはね、マリー。初代栄誉会長がリリナさまに贈った壷は消えて、代わりに消えていたこの脚立が戻ってきたよ。すべてが、はじまった証拠だ。扉はひらかれた。だからね、マリー、浮気だなんて、誤解だよ。どうして、見ていたならあのときすぐに言ってくれなかったの。ぼくが膝の上に乗せるのは、きみと、未来の、きみとぼくの子どもたちだけだよ。それに、リリナさまの勇気があったから、だから、ぼくはきみに出逢えた」
「……リリナさまの、おかげなのね。――それにしても、どうして、まるまるともふもふ、なの?」
「それはね、すきなものは、めくら滅法、素敵・無敵にフュージョンさせたい、からだよ」
*** *** ***
もふもふの埃が、どうして毛虫になったのか。
それはまた、べつのおはなし。
少し長かったでしょうか。ファンタジーの試作の投稿です。おかしな点があれば、修正します。