No.3 従者であり偽従者である
「これは推測なのですが、多分確実でしょう」
「「………」」
ウィルフレッドさんの言葉に、俺達は押し黙る他無かった。彼の話は、到底信じることのできないことだったが、辻褄は合うらしい。
彼の話はこうだ。
ここは君主を国王とする国、「ワーダライト帝国」の首都、「レイマーサー」にある王城だという。
この国は、つい最近まで隣国の「サファン王国」と戦争をしていて、今はあくまで休戦中。いつ戦争が起こってもおかしくないらしい。
ワーダライト帝国の国王、レイ=ファーディナンドとその従者であるルイチ=オルムステッドが、サファン王国国王との戦いの途中、行方不明になったという。
理由は実に明確。サファンの国王の従者が使った魔法により、【並行世界転移】をしてしまい、この世界の並行世界、つまりは俺達がいた世界に飛ばされた、ということらしい。
しかし、【並行世界転移】は絶対にできないというわけではなく、現にウィルフレッドさんもできる。だからといって、ほいほい使えるものでもないらしい。
【並行世界転移】は、魔力の弱い者が使うと失敗する。魔力が弱くなくても、失敗する確立は大いにあるという。だが人外であればあるほどその確立は減るらしく、そのため彼は猫になっていたというわけだ。ちなみに彼は獣人なのだと言っていた。
失敗すると起こる現象。それは、並行世界での自分との融合、そして一体化だ。
意識は元々その世界にいた方にあるらしいが、時が経てば経つほど一体化してくらしい。主に記憶、知識の共有など。どちらか一方の身体能力が高ければ、それも共有したりする。つまり、一つの身体に、二つの魂が入っているということ。
でもそれだと身体が耐えられないため、【並行世界転移】をした方の魂が半分になるそうだ。すると魂は1,5個になり、身体はぎりぎり耐えられる。
そのため意識の主導権は元々いた方、ということになり、入ってきた方の意識は徐々に薄れていき、消滅するそうだ。
つまり、俺達が感じた懐かしさなどは、入ってきた自分が感じている、ということになる。
以上が、ウィルフレッドさんの推論だった。
「簡潔に纏めると、現在この身体には『宮園零矢』の意識と、『レイ=ファーディナンド』の意識があるってことか?」
「そういうことになりますね」
「え、じゃあ、俺は従者ってこと!?」
「ルイチ=オルムステッドは、王に一番近い側近で、元帥にして先鋒と参謀を務めています」
「状況が全く理解できないんですけど……」
続けざまに、その王と従者の説明をされる。
王は歴代の中で最年少で王になるという偉業を果たしているらしく、方法も革命で王になったそうだ。
一風変わった王らしく自らを大元帥とし、一人の兵として戦場に出てるんだと。はっきり言って、大元帥とか意味分からん。階級とかなんかか?
この王になってこの国は急成長を遂げたらしく民衆からの支持も高いそうだが、貴族層とプロシットという宗教団体を敵に回しているそうな。
異名は『紅蓮の強き賢王』。
そんな王の一番の側近、ルイチ=オルムステッドは元帥にして自分の軍を使い、先鋒役を務めているらしい。その上参謀でもあるそうで、参謀は彼とウィルフレッド、後もう一人の三人。
彼は王と幼馴染の関係らしく、革命の際も活躍したらしい。そのまま王の側近となっている。
銃の使い手で、魔力を込めて撃つ、二丁の魔銃を普段は使う。しかし、どんな銃でも使いこなせるらしい。
そこでついた異名は『漆黒の二丁射撃手』だそうだ。
「質問してもいいか?」
「どうぞ」
「俺達は、これからどうすればいい?というか、帰れんの?」
「………」
こういう展開って、大体帰れないんだよな。ウィルフレッドさんも、ちょっと難しい顔してるし。
それにもし俺達が帰れたとして、この国はどうなるんだろうか。休戦中の危ない中の王不在は、さすがに厳しいと思う。政治とかあまり分からない俺でも、これくらいは分かった。
零矢もそれが分かっているのか、半ば諦めたような顔。俺も、そんなに期待しないでおこう。
「絶対にとは言いませんが、元の世界へ戻るのはほぼ無理かと」
「一応、なんでか説明してもらえる?」
「並行世界というのは、ある意味無限に存在するのです。物には原子が存在し、それ以上は分けることができませんが、時というのは無限に切り続けられるのです。そしてその中の一つ、数えられないほど一瞬の内にあなた達は存在していたわけです」
「どういうことだ?」
「つまり、無限に存在する並行世界の全てに、別のあなた達が存在するのです。【並行世界転移】をした所が、あなた達がここに来るより0,0000001秒進んでいたとすると、別のあなた達が存在します。自分と同じ人物がいる世界で存在できますか?社会的問題の他にも、並行世界の均衡が崩れる可能性があります」
「でもウィルフレッドさんは、【並行世界転移】とかいうのをしたんだよな?あれって、魔法とかいうやつ?」
「そう、魔法です。けれど、【並行世界転移】ができる人物は、世界に十人と存在しないでしょう。それに、【並行世界転移】は均衡を崩さないためにも一定時間が経つと戻るようになっています。勿論、失敗したときは戻れませんが」
つまりそういうことらしい。時間の問題を無視したとしても、帰る方法が無いのだ。
ということは、こんな魔法なんていう非科学的なものが存在する世界で永住ってこと!?
元の世界にはあまり未練が無いように思えて、結構有るんだよな。未練ってやつが。
しかも永住ってことになると、また零矢と一緒ということに。何なのコレ。運命の赤い糸的なもの?うわ、気持ち悪っ。
「…ですが、一つだけ帰る方法があるかもしれません」
「え、本当に!?」
「はい。実は魔法が使えるのは、限られた国に生まれた者だけなのです。この国と、サファンの国民は使えます。他にもいるのですが、それは後ほど」
話によると、魔法が使えるのは数ヶ国の国民だけだそうだ。そして本題は、何故魔法が使えるのかだ。
この世界は地球のように丸くはなく、平面でまさに地図のような形をしているらしい。このことを学者は、平面界と言う。
摩訶界と呼ばれる地図の果てに行った者は、全員帰って来ないのだと。ただ見れば、海が広がっているだけらしいが。
海と陸の比率は、1:1。陸が円を描くように海を囲んでおり、陸に囲まれている海を内海、陸の外側にある海を外海というそうだ。
魔法の話に戻すと、魔法は魔力が【魔力源樹木】から放出されていることによって使用することができる。その放出される地域が、限られているというわけだ。
だからと言って、放出されている地域に行けば誰もが魔法を使えるわけではない。その地で生まれた者だけが、【魔力源樹木】からの加護を受け、使えるのだという。稀に、魔法が使えない者が生まれたり、逆に魔力が無い地域で魔法が使える者が生まれたりすることがある。
魔法が使える者を魔力保持者、魔法が使えない者を非魔力保持者という。魔力保持者が多い国では非魔力保持者を、非魔力保持者が多い国では魔力保持者の差別が社会問題となっているらしいが、国自体が見て見ぬふりをしていることが多いらしい。
そして、一番大事な戻る方法。それは、【魔力源樹木】を利用するのだという。
【魔力源樹木】は魔力を放出するだけでなく、時を操ることができるという言い伝えがあるそうだ。それと同時に、【魔力源樹木】の葉に自分の魔力を送り込むだけで、どんな魔法でも使えるようになるらしい。それが実在しない魔法であってもだ。
つまり【永久転移】をすることが可能になり、それと同時に時を操作すれば、元の世界へと戻れる、というわけだ。
「なんだ、帰れるんじゃん」
「じゃあさっさと、魔力源樹木とやらがある所に連れてってくれ」
「もう少し、頭を働かせたらどうですか?もし魔力源樹木がある場所を私が知っていたら、戦争なんて起こっていないと思いますが。第一、国なんていうものも存在しないと思います。誰かが世界征服、なんてことをしてるでしょうね」
「……確かに、魔力源樹木の能力を使えば、世界征服なんてあっと言う間だな」
「ということは、魔力源樹木がある場所を誰も知らない……?」
「そういうことです。ですが、この世界のどこかにあることは確かです」
「なんで言い切れるんだよ。誰も見たことがないんだろ?」
「感じるからです。私達魔力保持者は、魔力源樹木の存在を感じることができるのですよ。…まぁ、あなた達もいずれ感じるようになると思いますが」
信じる信じないはあなた達の勝手です、とウィルフレッドさんは言ったが、信じるも何も信じるしかないだろう。それが、どんなに常識的に考えて有り得ないことでも。とりあえずそれを信じて、唯一の帰り方に向けて、何か行動を起こさなければならないのだ。
だが、そんな誰もが喉から手が出るほど欲しがる木だ。大勢の人が探しに行ったことだろう。摩訶界に行った人々も、それが目的だったと思う。
それなのに、何処にあるのかが全く分からない。一国の王も、家来に探させたはずだ。なのに、手がかりさえも掴めない。そんな幻覚みたいなものを、探し出せれるだろうか?いや、無理。
もう、帰ることはできないんだ。




