No.2 王であり偽王である
光は、先程の闇のように俺達を包み込む。眩しさに耐えれず、目を閉じた。
パンッ、という何かが破裂するような音が響いた。目を瞑っても進入してきた強烈な光が、途端に薄まる。
目を少しずつ開けて見たもの。それは、別世界だった。
「さぁ、着きました。戦争は一旦休戦となりましたので、そのことについて色々と話が……。…?どうしたんですか?」
「え、え、え?ね、猫、じゃなくて……?」
「…猫耳……」
目の前で訳の分からないことを話しているのは、あの黒猫ではなかった。だが、口調や声は全く同じ。
真っ黒の艶やかな耳も、黒髪の間から生えている。だが、圧倒的に違う部分がある。彼は、人間だったのだ。
黒縁眼鏡をかけた黒髪で、黄金色の瞳をもった二十代前半だと思われる人間。上の上くらいのイケメンだ。白を基調とした、一風変わった軍服のようなものを着ている。右肩にだけケープみたいなのをぶら下げている。猫のときに着けていた勲章も、しっかりと着けていた。
だが何より目に付くのは、黒髪の隙間から覗く、これまた黒い猫耳。黒同士であまり目立たないが、俺には十分の衝撃を与えた。このままいけば、尻尾まで生えてそうな勢いだ。
それに、いまいち状況が呑み込めない。あの眼鏡は、戦争がどうとか言っていた。平和な日本では、聞き慣れない言葉。聞きたいとも思わない。
何故そんなことを俺達に言うのか、それが一番の疑問だ。
そんな俺達のおかしな様子に気づいたのか、眼鏡の彼も腑に落ちないような表情をし出す。
この状況を打開するため、疑問を口にしようとするが、横の零矢に阻まれた。
「…色々疑問はあるが……、第一、何故そんなことを俺達に言うんだ?」
「…仰っていることが理解できないのですが」
インテリ系眼鏡の彼が、動揺を隠せないといった様子で眼鏡を上げ直した。うん、すごく様になる。
しかし、暫く時間を置いた後で、彼は驚愕の表情をとりだす。それはもう、見てるこっちまで不安になるような顔。
彼は少し多めに息を吸った後、零矢にあることを聞いた。
「……私の、名前が、分かりますか?」
「…いや、分からない。顔に見覚えも無いな」
「まさか……、いや、そんなはずは……。…あなたはどうです?」
「さっぱり」
俺は首を横に振りながらそう答えた。
彼は途端に無表情になる。そして、落胆したような声で言った。
「…【並行世界転移】の失敗……?それにしては、運が良すぎる。もしくは……」
「おい、俺達にも分かるように説明してくれないか。ここが何処なのかも分からないし」
「それにしてもこの部屋広いなー。偉い人の執務室みたいだ」
零矢とは対照的に、あまり緊張感のないような声を出す。現実味が無いせいだ。すると何故か、零矢に睨まれた。
だが本当に、この部屋は広い。本棚がずらりと並んでいて、その中には本が所狭しと納められている。その本の背表紙には、見たこともない文字が書いてあるが、不思議なことに読める。そのことに疑問を持ちながらも、さしてあまり気にならなかった。
部屋の奥には大きいけれどシンプルな机があり、その机の上は書類や本で溢れかえっている。それを見ると、自分では気づかない内に自然と口角が上がっていた。
「…この部屋を見て、何か思うことはありませんか?」
「思うことったって、ここに来たのは初めてだし……。だだっ広いとは思うけど」
「俺は、ちょっと懐かしいような気がする」
気がするというか、感じるというか。中学校時代の友達と再会したときのような、そんな感じ。
俺がそういうと、零矢は周りを見渡す。そしてあの机を見ると、俺の意見に同調した。
「……そう言われてみれば、そうかもな」
「ここに来たこともないのにそう感じる。つまり、ここに来たことのある人格が、あなた達の中にいるということです」
「「……は?」」
見事にハモる。眼鏡の彼は、今にも頭を抱え込みそうな雰囲気だ。嫌な予感が的中した、みたいな。
それにしても、あの言葉は一体何なのか。ここに来たことのある"人格"?つまり、二重人格ってこと?いやいやいや、ないない。どこの漫画の世界だよ。俺の姉貴が喜んで食い付くぞ。
とは言ったものの、彼が冗談を言っているようには見えない。あくまで真剣。
「あはは☆アメリカンジョークですよぅ★」などとは、言ってくれそうにない。てか、言ったら張り倒す。
彼は零矢の方を向くと、衝撃的な一言を言い放った。
「あなたは王であり、王ではないということです」
聞き間違いでなければ、彼は零矢が王だと言った。王?こいつが?確かに、王様気取りではあるけれど、実際に王様ではなかったはず。
というか、根本的に零矢が王だということはおかしいのだ。何故なら、現代の日本に王など存在しないのだから。勿論、天皇は別にして、だ。
言われた本人も、予想範囲を上回っていたようで。理解不能、と顔に書いてあるようだ。
彼はそんなこちらの様子に気づいているのかいないのか、少々遅めの自己紹介をする。
「私は王の側近で参謀役、ウィルフレッド=オドワイヤーです。本当に知りませんか?」
「……残念ながら。ちなみに俺は、宮園零矢だ」
自分も続けて自己紹介をする。
本当に知らないのか、と言われても、外国人の名前を聞くのも初めてなのだ。知っているはずがない。はずがないのだが、何故か気になる。
でもそれが何故なのか思い出せなくて、気持ちが悪い。ほんとに、なんなんだ、もう。