No.17 真実は嘘吐き青色青年
「あ゛~~、もう!ほんとに、俺はこういうの苦手なんだって!」
俺は扉の前で、軽くパニック状態。
その扉は、青髪青年――ウォルターの部屋の扉だ。
俺がここいる理由は、一言で言うとウィルのせい。
しかし、ウィルが言わなかったとしても、いつかは解決しなければいけない問題。話し合い、という名の。
けれど、俺はこういうことに弱い。はっきり言って、苦手だ。人を言い包めたりするのは、零矢の専門だ。
それでは零矢がやればいい、という文句は今回も言うことができない。しかし今回は理不尽なものではなく、正確な理由がある。
零矢は零矢で、話し合いをしなければいけない相手がいるからだ。
それは誰か。この流れからいくと、一人しかいない。ノアという、金髪"少年"。
それにしても、あれはどこからどう見ても女だったんだけど。零矢にぞっこんらぶ、だったみたいだし?
じっくり見れば、男な部分があったりするのかも。
「って、なに現実逃避してんだよ、俺」
深呼吸を一つして、眼を強く瞑る。
「………よし」
いざ、話し合いに臨もうと、扉をノックしようとする。
が、その時、突然扉が開いた。
「い゛っっっ!!?」
鈍い音がして、鼻頭に扉が勢いよく叩きつけられた。
思わず、鼻を押さえてしゃがみ込む。
呻ったり、悶えたりしていると、頭上から声が降ってきた。
「ルイチさん?」
「っ………」
扉が開いた原因は、勿論自然現象などではない。
部屋の持ち主であるウォルターが、内側から開けたのだ。
扉の前に人がいるなどと想像することは、まずないだろう。
それなのに、扉をそーっと、ゆっくり開ける人なんて、ほとんどいないはず。
つまり、結構な衝撃が加わったというわけだ。
しかしこの時、物理的な衝撃以外の衝撃が襲った。
謝罪の声と共に、手が下りてくる。
「すみません。いるとは思わず……」
「あ、え、えーっと……、どうも?」
疑問符を文末にくっ付けながら、ありがたく手を掴ませていただく。
しかしそれにしても、何故彼は……。
「ここにいたということは、俺になにか用でも?」
「お、おー。ちょーっと、話したいな、と」
何故か、口篭ってしまう。本当に俺は、こういうのに向いていない。
彼は疑問そうな顔をしながらも、部屋に招き入れてくれた。
「それで、何の話を?」
俺とウォルターは向かい合って、ソファーに座る。
そう切り出されるが、はっきり言って、何を話せばいいのか全く分からない。
なのでまず、思いついたことを口に出した。
「あー……、…髪伸びた?」
「は?」
あ゛ああぁぁ!!俺の馬鹿!ばーかっ!!
つーか俺、この人のスタンダードな髪型知らないし!もしかしたら、これがスタンダードなのかも知れないし!
どうすんのさ、俺!!
「あぁ、はい。随分、戦場にいたので」
「だ、だよなー!」
何が、だよなー!だよっ!前の髪型知らないのにさ!
再び訪れる、気まずい沈黙。
どうやって切り出そう、何を言おう、などと迷って、あーうー言ってると、彼が口を開けた。
「あなたがここに来た理由は、俺がどう思っているのかを聞きに来た。違いますか?」
「あ、ぁ、まぁ…、そうなる、かな?」
「そうでしたら、俺は大丈夫ですよ。割り切れないほど、子供ではないので」
「………」
しっかりとした口調、不自然など欠片もない表情。
きっと本当なのだろう。そう一瞬思って、安心しそうになった時、俺の表情は突然固まる。
固まって、動かない。別に、何かが起こったわけでも、変化したわけでもない。
何かが起こったのは、俺の中。
"違うだろ。そうじゃない"
俺に、そう言われる。いや、分からない。"俺"なのかも知れないし、"ルイチ"なのかもしれない。
けれど、"誰か"に言われたのは確かだ。全身を、その言葉が駆け巡る。
何が違うくて、何がそうじゃないのか。明確だ。それを俺は、百億年前から知っていたかのように。
「嘘吐き」
「!?」
乱雑に立ち上がる。
なんだか無性にイラつく。理由の無いイラつき。きっと俺ではなく、ルイチがイラついているんだ。
ふと眼に入った、机の上に置かれているナイフを引っ掴む。
いつもの俺なら、何故こんな危ない物を机の上に置いてあるんだ、とか思うのだろうが、今はそんなこと関係無い。
「何を……」
「認めたくないんだろ?」
ナイフを、無理やりウォルターの掌に握らせる。
そのまま切先を、俺の喉に当てた。
「やめ……!」
「それなら、殺したらどう?」
「っ……」
「俺の存在を消したいんだろ?」
「………ろ」
「子供じゃないとか言って、"約束"破って!それほど嫌なら殺せよ!!ルイチが未だ存在している、この身体を!!」
「やめろっっ!!」
まるで操られたように、初対面にも近い青年に怒鳴っていた。
流れ出るように。止められなければ、止めようとも思わない。俺も同じ気持ちだと言わんばかりに。
なのに、言っている意味が分からない部分だらけ。
俺は、ルイチの片鱗を感じた。同時に、"約束"というものを理解した。
それは二人の間に発生する、絶対的な掟。絶対的な容。絶対的な信頼。
見ると彼は、酷く泣きそうな顔をしていた。
「お願いだから……、ルイチさんと同じあなたが、そんなこと…、言わないで……」
痛い。どこかが。
そんな顔をしないでほしい、なんて、俺が言っていい台詞じゃないよな?
ナイフの落ちる音がする。
手持ち無沙汰になった手。どうしようかと彷徨わせていると、勝手に動いた。
柔らかい、青色の髪に。
「………」
「お、俺じゃない!ルイチが……!!」
顔を赤くしながら変な言い訳をする。癖になりそうな感触。
そんな言い訳を耳にすると、ウォルターはとびきり綺麗な微笑を浮かべる。零矢に負けず劣らずの。
見ているこっちが恥ずかしくなりそうなそれを見て、勢いよく立ち上がる。
「じゃ、じゃあ、そ、そ、そういうことだからっっ!!」
そう言い残して、逃げるように部屋を出た。
多分赤い顔は、誤魔化せていなかっただろう。
「……ルイチさんと同じく、変な人だ」
認めてくれなくてもいい。
好いてくれなくてもいい。
嫌ってくれても構わない。
敵だと思っても構わない。
だけど、どうかお願いだから、
嘘は吐かないで。
信頼してほしい。
つまり、約束は守れ。