No.11 敵対組織は必要ですか?
「結局、教えてくんなかったし」
俺が今いるのは、城ではない。町だ。城を出て、町へ繰り出している。
今の俺は茶髪で眼鏡をかけている。なんでだって?一応俺も最親側近なわけだし、気づかれちゃ不味い、ってウィルが言ってた。
それで、ウィルに魔法をかけられたってわけ。眼鏡は、何の変哲も無いただの眼鏡だ。
零矢も行きたいと言っていたが、王は狙われる可能性がある。流石にそんな簡単に町を彷徨くわけにもいかないので、大人しく(?)城で待機中だ。
ちなみに冒頭の言葉は、世界征服をするつもりだった、と言ったウィルに対して呟いたものだ。
あの後結局、何も教えてくれなかった。セシルも、こればっかりは言えない、と教えてくれない。
凄く気になるが、その内それに関してのルイチ=オルムステッドの記憶が自分の記憶と混ざるのかと思うと、微妙な心境だ。
知りたいような、知りたくないような。実はそんなことって、結構あったりする。
俺はどこに行くでもなく、町を散策していた。町は基本的に賑わっていて、店の種類も豊富だ。何の店か分からない店も多々あり、好奇心がそそられる。
日本ではあまり見られない市場もあり、これまた見たことのないものばかりだ。野菜なのか、果物なのか。どこに住んでいるのかも分からないような生物が、売られていたりもした。…美味しいのか?
普通の人の外見は、元の世界と何ら変わり無い。だが獣人と思しき人も多々いるが、人間ベースなので獣耳や尻尾など、人間には付いていないものが付いていたりする他は、ほとんど変わらない。喋る言葉も、同じだ。
俺はできるだけ顔を隠しながら見ていたが、不審な眼を向けられることが何回かあった。それでも、髪色を見てすぐに目を逸らすのだが。
そんなふうに適当に歩いていると、何故か段々と人通りが少なくなっていく。その周辺が過疎化しているのかとも思ったが、どうも違うらしい。店や家は軒並みにずらりと並んでいるのだ。しかし先に進めば進むほど、人がいなくなっていく。皆、家に引き篭もっているかのようだ。
もうほとんど人がいなくなったとき、肩を掴まれ進むのを誰かに止められた。
「おい、兄ちゃん」
「!?」
大人なバリトンの声が、背後から聞こえてくる。急に掴まれたことによって、後ろ向きに倒れそうになるが、足で踏ん張りなんとか倒れることは避けた。
後ろを振り向くと、声に似合った姿、顔立ちの男がいた。ナイスミドル、とでも言うべきか。そんな男は、呆れ顔で此方を見ている。
何故止められたのか、何故呆れられているのか、さっぱり検討もつかない。
「この先に行くつもりか?」
「まぁ、そうだな」
「止めとけ。それで、此処からも離れた方がいい」
「何で?」
「お前、忘れちまったのか?今日は、このイワーノ大通りが巡礼地だ」
「?」
巡礼地?巡礼って、何て意味だったっけ?いや、あっちの世界の巡礼の意味が分かってても駄目か。
でも巡礼っていったらあっちでは、宗教関連の言葉、だったよな?悪い意味ではなかったはず。
けれどこのナイスミドルが言うには、ちょっと悪いっぽいんだけど。というか、誰が巡礼するんだよ。この、イワーノ大通り、だっけか?
よく見てみると俺と男の二人以外、周りには誰もいなかった。さっきまでは二、三人いたのに。いやこれもう、そして誰もいなくなった状態じゃん!
周囲を見ていた俺に気づいたのか、男も周りを見渡す。すると、俺が行こうとしていた方で男の目線が止まった。
そちらを見ていると、何やら異様な集団が此方へ向かっていた。老若男女入り混じってる集団は、ベールのようなものを頭に被っており、真っ白の服は地面を擦っている。
しかしそんなものとは比べ物にならないくらい目立つのは、眼だ。正確には眼ではなく、それを覆う包帯や黒い布。あんなものを着けていれば、何も見えない。けれど、集団は迷うことなくしっかりとした足取りで進んでいる。何やらぶつぶつと呟きながら。
ぞくり、と寒気がした。見てはいけないものを見てしまったかのような、そんな気分。
「ちっ……。予定より少し早かったな。こっちだ!」
「え、な、なにを……!?」
強引に腕を引かれ、裏路地へと入っていく。何やら、色々と頭が混乱してきた。
あの集団を避けるために、人がいなくなっていたのは分かった。けれど、何故避けるのかが分からない。仕事を放棄してまで、避ける必要性があの集団にあるというのだろうか。
というか、そもそもあの集団は何なんだ。ウィルからは、何も聞かされていない。……と思う。
「いつ聴いても胸糞が悪くなる詩だな」
心底嫌そうに、男は呟いた。
詩、と言ったのか?あのお経みたいに呟かれてるのが、詩?そうなのだとしたら、確かに胸糞が悪くもなるだろうけど。
「お前、なんで逃げなかったんだ?忘れてたのか?」
「えーっと……。あ、はは、忘れてたみたい……?」
どうやらあの集団のことは、この国の人達にとって知っていなければならない事のようだ。
ここであの集団のことを知らないと言えば、不審に思われるかもしれない。ど忘れしていた、ということにしておこう。
「次からは、しっかり覚えとけよ?プロシットに捕まったら、何されるか分かったもんじゃねぇからな」
「え……?」
プロシットって、あのいつかに聞いた敵対組織!?まぁ確かに、宗教団体だとは聞いてたけど。あんな異形の集団だとは、思ってもいなかった。
それに、捕まったら何されるか分からない?それは、他人に危害を及ぼすってことか?
「なぁ、実際に被害にあった人っているのか?」
「もしかしてお前、ど田舎から出てきたばっかとかか?」
「まぁ、そんな感じ」
「そりゃ、数え切れないほどいるさ。死体となって出てきたやつも、そのまんま行方不明のやつも」
話によると、被害者はあの集団が巡礼をしている際、近くにいた人達らしい。
そのため今では王から一ヶ月に一度、プロシットの巡礼地とその日にちと時刻が示されたものが、家に届くらしい。
プロシットは決まった日、決まった時間に規則的に巡礼するらしく、予想することは可能なのだそうだ。
「…本当に、そんなことがあったのか……」
「あぁ。多分、行方不明のやつらも、殺されてるんだろうよ」
「殺される、か」
元の世界では、殺される心配なんてほとんど無かったけど、ここでは日常なのかもしれないな。
あの安全っていうのは、あの世界とあの時代が生み出した奇跡の産物だったってわけだ。
けれど男は、尚も続けた。
「でもまぁ一番酷ぇのは、催眠かけられて眼抉り出されて、無理やりプロシットに入れられたやつだろうな」
殺されるよりも酷いことは本当にあるって、知らなかった?