魔法少女8
「――ッ!」
ツブラが杖の上で、思わず目をつむった。
眼下のミソノは完全に背中を曝してしまっている。そして背後から打ちつけられた幽き者の右手。とても避けられないと思った。
――おおおぉぉ……
だが幽き物は、その場で苦しみだす。まるで縄で縛りつけられたかのように、右手を挙げたまま苦悶の声を上げて身を捩り始めた。
その足下には幽き者の影を縫うように、何やら字句の書かれた紙片が張りついていた。
「むむ! 謎のお札が!」
そうその紙片は、そこら辺の神社で普通に売ってそうなお札だった。
実際紙片には『家内安全』とか『無病息災』とか『大願成就』とか――見慣れた、それでいてこの状況には少々そぐわない文字が踊っていた。
「むっ? 誰なのです!」
幽き者の影を縫いつけたお札。それが飛んできた方向に、ミソノが振り返る。
「……」
人影らしきものが、校舎の窓の向こうに消えた。図書室だ。
「ミソノさん! 大丈夫ですか?」
ツブラが魔法の杖を飛び降り、その落下の勢いを利用して杖を振り下ろした。
――おおぉ……
幽き者は振り下ろされた杖の不可視の力にやられ、自らの影の中に押し込まれる。
「ツブやん! 大丈夫なのです! 何と、謎のお札に助けられたのです!」
ミソノは暢気にツブラに振り返る。
ミソノが視線を戻せば、魔界の亡者がもがいていた。幽き者は自由には動けぬ身を、己が作り出している影の中で溺れるように捩っている。
「むっ? だが動けぬ敵を、相手にするのは卑怯というもの。今直ぐお札を剥がすのです!」
「ダメです、ミソノさん! 世界が滅びかねませんよ!」
ツブラはグラウンドに着地するや、更に杖をふるう。
更なる攻撃に、幽き者は苦しげに首を震わす。
「ツブやん! 止めないで欲しいのです! 世界を賭けても、あたしは正々どどどど――ぬ? 何でした、ツブやん?」
「正々堂々ですか?」
「それなのです! では正々――」
「ダメですってば! 学校ごとなくなってしまいますよ!」
暢気なミソノの横で、ツブラは額に汗を浮かべて魔界の亡者を押し込んでいた。
「むむ! 学校がなくなってしまっては、新入生が集められないのです! キラリンに怒られてしまうのです!」
「そうでしょ? では、押し込みますからね!」
ツブラが一際力強く杖をふるう。
――おぉ……
魔界の亡者は謎のお札に影を縫われ、ツブラの魔力で押し込まれて己の影に沈んでいく。
聞きようによっては悲しいともとれる怨嗟の声を上げて、幽き者が影に呑み込まれていく。
ミソノを叩きつけんと伸ばされたその右手も、今や何処か助けを求めて伸ばしているように見える。
「いけます」
だがツブラは容赦しないようだ。増々魔力を増したのか、その目を妖しく光らせる。
――お……
幽き者の叫びは、もはや聞き取れない程小さい。だがその言葉に秘められた悲哀は、更に増したようにすら思える。
「また会おう! おっさん!」
ミソノは相手の最後を悟ったのか、伸ばされていた幽き者の右手をぐっと手を伸ばして握りしめた。
魔界の亡者はその短い握手に、
――ぉ……
どこか満足げな声を漏らして、闇の向こうに消えていった。