魔法少女6
――おおおぉぉぉおおおぉぉ……
怨嗟の声だ。
この世の全てを恨む声。生きとし生けるものを、血の海に落とさないと晴れない心の叫び。腹の底に響き渡り、心の奥底を揺さぶる怨みの声だ。
それがミソノの手元の魔法円から響いてくる。
「む、妖しげな声が」
ミソノはもちろん気にせずに、やはり暢気にその魔法円を覗き込む。
「ミソノさん! ダメです!」
「おお、魔法円に穴が! 洞窟みたいになってるのです。むむ、変なおっさんが、穴を伝ってこちらに向かってくるのです!」
そう、魔法円の中央に暗い穴が開いていた。まるでこのまま魔界にでも繋がっているかのような、何処までも続く虚ろな穴だ。
そこを伝って、体毛のない人間のようなものが近づいてくる。
新聞部の三人が慌ててその身を飛び退けた。それは何の霊感もない新聞部員ですら、本能を怖気させる何かを放っていた。
「それは『幽き者』! 魔界の亡者です! ミソノさん、危ない!」
「はい?」
ミソノが何処までも暢気に振り返ると、ぬっと魔法円に空いた穴から腕が突き出された。
ミソノの掌でも隠れそうな小さな穴から出ていながら、その腕は外に出るや否や人の大きさを得る。不気味で不思議で、そして不可解な腕だ。
そう、それは人の腕に似ていながら、多くが違う。
爪はなく、無理矢理剥がされたように黒ずんでいた。その表面には無理に引き伸したような、引きつった皮膚を纏っている。
そして皮膚とともに引き伸された血管に、途切れ途切れに血が送られていた。まるでミミズが内側を這うかのように、その血流が思い出したように脈打っている。
「く…… 皆さん! 下がって!」
ツブラが魔法のステッキを構えた。腰を半分抜かしかけている新聞部員達の前に立つと、その手に持ったステッキが内から輝き出した。
ツブラの表情が険しくなる。真剣そのものだ。まるで己の命でも懸けているかのようだ。
ツブラは覚悟の視線で、人にあらざるそれでいて人のようなものを見つめる。
「む、おっさん、こんな穴から出てくるとは、やるな!」
「ミソノさん! 下がって!」
幽き者と呼ばれた魔界の亡者は、更にずいっと穴から顔を突き出す。
それは顔というよりは、目と口の位置に穴が空いた、ただの皮膚の塊にも見える。
虚ろに空いた目と口の穴。それぞれの穴から向こうを覗けば、星を失った宇宙のような何処までも続く漆黒の闇が待っていた。
幽き者は穴から身を乗り出す。
――おおん…… おぉぉん…… おぉぉ…… おぉん……
そしてもう一度唸る。怨みの声を上げる。
今や上半身が全て、ミソノの手元の用紙から突き出ていた。
「流石ツブやんの魔法円。すごいのです。このパンフなら、学校に人を呼べそうなのです!」
「何言ってるんですか? 学校に人を呼ぶどころか、世界に破滅を呼びかねませんよ!」
「何と! 世界が破滅したら、学校はどうなるのです?」
「学校だって、そりゃ、なくなりますよ!」
「むむ! 学校がなくなるのは、本末ててててて、むう、思い出せん! 許さんぞ、おっさん! キラリンの学校に、手は出させないのです!」
「ミソノさん! 何を暢気に! 今封印しますから!」
ツブラが正しい方の魔法円を虚空に呼び出すと、何やら呪文を唱え出した。
こちらの世界に出てこようとする魔界の亡者。それが苦しげに唸り出す。
不可視の力がその幽き者を押し下げ始めた。
這い出していた上半身が肩まで魔法円に戻り、魔界の亡者の顔が苦痛に歪みながら更に押し込まれる。
「――ッ!」
ツブラの目が爛々と輝いた。
シュレーディンガーの波動関数を内にはらんだ魔法円が、一際眩い光を放つ。
魔界の亡者が虚空を掴まんと、苦しげに腕を振り回す。だがもう腕しか見えない。
「ヤッ!」
ツブラが止めと、魔力を振り絞ったその時――
「学校はあたしが守るのです! いざ尋常に勝負! 出てこい、おっさん!」
ミソノが能天気に叫び、魔界の亡者の腕を引っ張った。