エピローグ 生徒会長2
その夕方。
享都府享都市中凶区鴉魔通り西入る悪池上る――
私立ラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園。その生徒会室。
「で――」
キラリは指を組み合わせた両手で己の頭を重そうに支えていた。
心底己の頭が重いのだろう。
キラリの暗い気持ちを代弁するかのように、沈みいく夕日がその顔を照らし陰を作っていた。
「何でこうなったのよ?」
キラリの声は暗い。かつてなく暗い。
「何でだろうね、キラリン?」
ボロボロの制服を着ているミソノが明るく応えた。
「俺じゃねえぞ! 俺は正当防衛だからな!」
「なに言ってんのよ? あんたが一番派手に暴れたんでしょ!」
そっぽを向く妖猫にシャラランが非難の目を向けた。ミソノを始め皆がホコリ塗れで破けた制服と巫女さん袴を着ていた。
「シャラランの! てめえこそ、何言ってんだよ! 魔法少女の嬢ちゃんがあんなに我慢したのに! お前が最初にキレたんだろ?」
「だってムカつくじゃない! 将来の後輩のくせに、お客さんなのをいいことに無茶な注文ばかりして! 何がお詫びに変身しろよ! 空から降ってこいよ! 嬉し恥ずかし同棲生活を始めてくれよ! 高瀬川さんはラノベのキャラじゃないわよ! 私がどんなに怒っても、ツンデレきたーっとか叫んで相手にしないのよ、奴ら!」
「……ツンデレ。私がやってみせてあげたのに、彼らは逃げ惑うばかりだったわ……」
「あんたのは、ただの危険行為よ。電撃散々まき散らして…… それに私にだって…… 巫女さんならもっとおしとやかにしろとか。刀振り回せとか。やっぱり嬉し恥ずかし同棲生活を始めてくれとか。キレて当然よ」
「むむ、確かに。俺も猫耳少女なら、もっと愛想よくしろとか言われた! かわいげないとか! 夢を壊されたとか! 語尾ににゃんをつけろとか! あれ? そう言えば、嬉し恥ずかし同棲生活だけは勘弁とか言われた気が……」
「私が…… 私が悪いんです…… ニャンコ喫茶で、注文のコーヒーを派手にお客さんに引っかけちゃったから……」
「……あの程度で怒るなんて、近頃の若者は忍耐がないわ……」
「てめえは幾つだよ?」
「……ロールアウトしてからの時間を年齢と考えるなら。実はかなり若いわ。嫉妬しないでね……」
「知らないわよ、あなたの若さなんて。とにかく、今は次の手を考えないと。ねえ、生徒会長さん」
「そうね。誰か意見はない?」
「ギヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「むう。あたしも田中さんの意見に賛成なのです」
「分かんねえよ、こいつが何言ってるかなんて! 誰か俺に説明しろ!」
「リヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「ミヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「二人して、奇声発してんじゃねえよ! 分かんねえって言ってるだろ!」
「私が、私が失敗しなかったら…… それに慌てて冷やそうとしてバケツの水をぶっかけなければ……」
「……天然ってすごいわ。見習いたいわ……」
「高瀬川さんいつまでうじうじしてるの? あんな新入生こっちからお断りよ!」
「おうよ!」
「そうなのです!」
「ギヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「とにかく!」
混乱する少女達の喧噪を切り裂いて、キラリはこの事態を収拾すべく席から立ち上がった。
「とにかく、からかわれて喧嘩になったのね。もはや、起こってしまったことは責めないわ。新入生も大切だけど、在校生も大事よ」
「キラリン!」
「だけど、私は諦めないわ! ミソノ!」
「あいよ! キラリン!」
「パンフは配れたのね?」
「言われた通り、片端から押しつけておいたよ、キラリン!」
「あのパンフに賭けるわ。それを見てやってくる、残りの学校見学会の参加者にもね!」
「おう!」
キラリ達が決意に瞳を輝かせていると、生徒会長の机の上で電話が鳴った。
「はい、桐璃です。ああ、事務局長。お疲れ様です。どうしました? 何ですって? 学校見学会の参加者が、軒並み断りの連絡を入れてきたですって? 何で? へっ? 噂が流れている? 今日参加した学校見学会の参加者が散々な目に遭ってるって噂ですって? お札が額に張りついたまま剥がなくって、悪夢に苛まやされている? 猫に引っ掻かれた爪痕が化膿して、高熱にうなされている? バケツの水をぶっかけられて、悪寒に震えている? ヘチマのツルに足を取られたまま、まだグラウンドでぶら下がっている? 奇声が耳にこびりついて、幻聴幻覚に襲われている? 力づくで押しつけられたパンフで、体に巨大な痣が――ですって?」
キラリがわなわなと震えながら、電話を耳元から離した。
その様子にミソノ以外の少女達が一歩後ろに退いた。
「ええ…… 分かりました。それと、郵便物ですね? 構いません。事務員の方にお願いして、生徒会室に届けてもらって下さい……」
キラリが電話の相手にそう答えると、静かに受話器を降ろした。
「……」
流石に堪えたのかキラリは黙ってイスに腰を落とした。
「生徒会長さん。その何て言うか……」
「元気出せよ! 俺が言うこっちゃないかもしれねえけどよ!」
「グヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「会長さん……」
「……ヘチマの子。後で降ろしておくわ……」
「いや、それは今すぐ降ろしてやれよ」
「あんたは、今すぐ狂犬病の予防接種を受けてきなさいよ」
「何だと? てめえこそ、巫女修行をやり直したらどうだ?」
「私、変身します! 空から降ってきます! 嬉し恥ずかし同棲生活始めます!」
「高瀬川さん。自分を大事にしないとダメよ」
「ギヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「……私の本気のツンデレ。見せる時がきたようね……」
皆がこの場の雰囲気を何とかすべきと思ったのか、次々と口を開いた。
「……」
だがキラリはそれでも顔を上げない。
「キラリン、らしくないよ!」
ミソノが一歩前に出た。
「――ッ!」
「そんなキラリン! キラリンじゃない!」
「ミソノ……」
「キラリン!」
「そうね! とにかく次の手段を――」
キラリがそう言ってもう一度腰を上げると、事務員がノックをして生徒会室に入ってきた。
事務員は郵便を持ってきた。それは束をなしていた。それもかなりの数だ。
束をなした郵便物が、山と化してキラリの机に積み上げられていく。
「何だ? いつもこんなに郵便がくるのか、生徒会長には?」
「違うわ。でもこれって……」
キラリは息を呑みながら、その郵便の束を持ち上げる。キラリが驚くのも無理がない。それは第七次募集のパンフレットにつけた、入学願書の請求用書類だったからだ。
「どうして? これって第七次パンフの反応よね。何でこんなに反応がいいの?」
「むう、キラリン! 何か凄い数だよ!」
最初の事務員に続いて、教師も含めて何人かが手分けして郵便の束を生徒会室に持ち込む。その全てが願書の請求書だった。
「生徒会長! 凄い反応じゃない! これでもう大丈夫でしょ?」
「あわわ。こんな競争率じゃ、私じゃ合格できないです」
「俺もだな。今年入学しておいて、よかったぜ。でも、何だ? 急に人気校じゃねえか」
「……よかった。上級生ルート、フラグらないと……」
「ムヒヒヒヒヒヒヒッ!」
尚も続々と寄せられる、願書の請求。この勢いなら、廃校は免れるだろう。
「えっ? でも、どうして? 何でこのパンフにそんな反応が?」
だがキラリには、何が起こったのか分からない。決定打などなかったはずだ。
「パンフレットに入れた最後の一文が、効いたみたいだよ。キラリン」
ミソノが封筒の一つを破き、中の書類を勝手に取り出した。ミソノはそのまま志望理由のアンケートを指差す。
「最後の一文って何? どれ!」
キラリは手元にあった第七次のパンフレットを、食い入るように覗き見た。
皆がその一文を目で追った。そしてその皆の目が点になった。
それは先日赤で修正を入れた際に、ミソノが勝手に書き入れた一文だった。
――現役女子高生メイド、在校中!
「詐欺――じゃない」
「ひどいや、キラリン」
おしまい。