エピローグ 生徒会長1
「そうだ。第七次で芳しい反応がない場合、第八次以降の募集はしない」
電話の向こうの祖父は、キラリに分からせる為にか同じ内容を繰り返した。
「えっ? お爺様? どういうことです」
キラリは思わず電話口で声を荒げる。
「廃校だ。引き際を知るのも、桐凛家の者として必要なことだ」
「お爺様! 待って下さい! 第八次用のパンフレットは自信があるんです!」
「甘い。このままズルズルといって、新年度間際に廃校が決まるとどうなる?」
「それは……」
「多くの生徒がいき場を失う可能性がある。生徒の今後を考えるなら、早めに動くことこそ、選択肢を広げる為に必要なことだ」
「そんな……」
「違うか?」
「いえ、違いません……」
キラリは悔しげに携帯を握りしめる。
「第七次の募集で、新入生の目処をつけておくように。日頃からできていれば、どうということのない話だ。分かったな」
「はい……」
キラリが電話を切った。
「キラリン? 大オーナー何て?」
「第七次募集のパンフで、入学希望者の反応が芳しくない場合――廃校よ。我が私立ラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園は……」
「ぬぬ。大オーナー、相変わらずキラリンには厳しいね」
「でも正しい判断よ。私が理事長として、暢気に構え過ぎていたせいよ……」
「キラリン、ゴメンね。力になれなくって」
「ミソノが…… 謝る…… ことじゃないわ……」
キラリがぎりっと奥歯を噛んだ。
「キラリン。あたしなら、大丈夫だよ。バ・イオ・レンス絶対不服従学園で、天下とってみせるよ」
「何を言っているの? 私達が一緒の時間を過ごさない高校生活に、何か意味があるの……」
キラリはキッと前を向く。その目は今何が大事か、その目的も手段も分かっている者の光を見せていた。
「キラリン」
真っ直ぐ見つめられたミソノの頬が、見る見る気色に染まっていく。
「逆転の一手を考えるわ……」
キラリはそう言うと立ち上がった。
一緒に立ち上がったミソノを残し、キラリは一人でリビングを後にしようとする。
「キラリン。手伝うよ」
ミソノが慌ててその後を追った。もちろん頭を使う作業では、ミソノは全く役に立たない。
「大丈夫。でも、一晩一人で考えさせて。明日から。ううん、今から巻き返しよ」
キラリは自室のある二階に向かおうと階段に足をかけた。
「キラリン。あたしにできることは何でもするからね」
それでも己の背中に声をかけるミソノに、
「……ありがとう……」
キラリはそうとだけ応えると、一人で階段を登っていった。
翌朝。
享都府享都市中凶区鴉魔通り西入る悪池上る――
私立ラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園。その生徒会室。
「別に第七次のパンフにだけ、期待するからいけないのよ」
キラリは束と化した書類を机上に置き、目の前に立つミソノに言った。
書類は全てキラリが書いた企画書のようだ。その全部に『生徒募集』や『学校紹介』の文字が躍っている。
「第七次のパンフが配られると同時に、各種の生徒募集イベントを催す。それで反応がよければ、結果は同じよ」
「凄い、キラリン。何か、考えがあるの?」
「オープンキャンパスに、学校説明会。在校生による高校生活を語るイベント。ベタでも全部やるわよ。それこそ、今日から毎日ね」
「あたしも、手伝うよ、キラリン」
「ありがとう。心強いわ」
「それにね。助っ人も呼んであるんだ」
「助っ人? 何? 誰?」
「ふふん。面白い人達だよ、キラリン」
ミソノがアホ毛を嬉しそうに揺らすと、
「そうだぜ! 面白いことは、交ぜてもらわないとな! 面白い人として!」
生徒会室の扉が予告もなく開けられた。
朝日の逆光に照らされ、背の高い女子生徒のシルエットが切り取られた。
「あやねこっち! きてくれたのです!」
「えっ? 五条坂さん?」
「おうよ! 五条坂妖猫! 全くもって似合わない生徒会室に登場!」
「ノックぐらいしなさいよ、妖猫。はは、こんにちは。生徒会長さん」
妖猫に続いて、シャラランがその脇から現れる。
「入っていいんですか? あの、生徒会室なんて、何度きても。私、緊張します……」
反対側からは、ツブラが困った顔で上半身だけ覗かせる。
「シャラランさん! ツブやんも! きてくれたのです!」
「……私もいるわ……」
ずかずかと中に入っていく妖猫の後ろから、続いてハワワが植木鉢を手に入ってくる。
「ハワワさん! こんにちはなのです!」
「……おはよう……」
ハワワは照れたように、手元の植木鉢で顔を隠した。
「イヒヒヒヒヒヒヒッ!」
田中がその背後から現れ、
「キヒヒヒヒヒヒヒッ!」
ミソノが即座に応えた。
「シヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「チヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「ニヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「ミヒヒヒヒヒヒヒッ!」
二人は二言三言言葉らしき奇声を交わすと、手を取り合って飛び跳ねた。
「今の会話。成り立っているの?」
「成り立ってるらしいわよ、生徒会長さん」
「リヒヒヒヒヒヒヒッ! だよ、キラリン!」
キラリとシャラランの半ば諦めたような会話に、ミソノが元気に応えた。
「さて、生徒会長。話は聞いた。何でもするぜ。猫の手だって、駆りたいだろ?」
「神頼みもしたいわよね?」
「あの。魔法のような――とはいきませんが、私も頑張ります」
「……学校の為なんだからね。勘違いしないでよね……」
「ムヒヒヒヒヒヒヒッ!」
皆が次々と口を開く。
「皆……」
「さぁ何する? 俺はあれだ! 校庭にキャットランを作ればいいと思うぜ!」
「あんたが走り回りたいだけでしょ? てか、どうせ作っても、寝転んでるだけでしょ?」
「何だと?」
「あっ。それなら、ニャンコ喫茶はどうでしょう。可愛い猫を膝の上に乗せて――」
「誰が誰の膝の上に乗って欲しいって? 高瀬川の?」
「いえ、その……」
「……植物園。希望……」
「お、お花ですか? それもいいですね!」
ツブラは妖猫の視線を逃れようとしてか、慌てたようにハワワの意見に乗る。
「ニヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「むう。田中さんも、大賛成してるのです!」
「……埋め尽くすわ。校庭いっぱい、鬱蒼たる草木で……」
「校庭をジャングルに変える気ね。この娘」
シャラランが軽く睨みつけると、
「……ふふん……」
ハワワはとても嬉しそうに笑った。
「キラリン、あたし遊園地がいい!」
「ミソノ。校庭の改装案を募っている訳じゃないのよ」
「あれ? そうだっけ」
「たく。誰のせいでこんな流れになったのよ」
「知るかよ。で、生徒会長。俺達何をすればいい?」
「そうね。先ずは企画書があるから。やりたいものを選んでみて」
キラリはそう言うと、書類の束を前に差し出した。
「これですか? あ、私。魔法の杖で、ショーします。任せて下さい」
「おみくじに、お祓いね。いつもと変わんないけど、まあ、私なら人を呼べるわ」
「お祓いだと! ちょっと待て、俺どうすんだよ! 危ないだろ!」
「裏方でもしてれば」
「何を!」
「ギヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「ぬぬ、田中さん。高校生活を語るお茶会が気に入ったのですね」
「できるのかよ。こいつに」
「……校舎の角で出会い頭にぶつかって。持ってる荷物を落とすのね。楽勝……」
「この娘の自信は何処からくるの? 高瀬川さんの方が、よっぽど自然にやるんじゃない?」
「ええ! バ、バケツの水なら…… た、確かに盛大に浴びせたかけたことが……」
「流石。やるわね、高瀬川さん」
「……バケツね。勉強になるわ。だけど今度はそれは私の仕事。任せて。フラグるわ……」
「ミヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「待てよ。ニャンコ喫茶の売り上げって、祠の修復費に回していいんじゃね? 俺らの稼ぎだしな。それなら…… 恥を忍んで……」
皆が皆新入生を集めんと、それぞれに企画書に夢中になり出した。
「キラリン」
皆が額を突きつけ合わせて、新入生募集のアイデアを出し合い始めた。その様子にミソノが嬉しそうに振り返る。もちろん笑顔を向けた先にいるのは桐璃綺羅凛だ。
「そうね。ありがとう、ミソノ」
キラリがミソノを含めて、皆を見回す。
高瀬川円羅。深泥池紗蘿鸞。五条坂妖猫。観月橋波羽和。鯖街道田中。
誑乱御園が選んだ五人が和気あいあいと、生徒募集の為の意見を出し合っていた。
上手くいくかはまだ分からない。
だがたとえ上手くいかなくとも、キラリはこのミソノが集めた生徒達に何だが誇らしいものを感じてしまう。
「さあ、皆! 今から学校見学会よ! 絶対に成功させるからね!」
キラリは心の底から湧き上がる勇気とともに皆に檄を飛ばした。
「おう!」
その声に応える頼もしい生徒の声が、私立ラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園に木霊のように響き渡った。