能力少女10
享都府享都市上刑区鴉魔通り西入る一畳下がる――
桐凛家の別宅。
「で、どうなったのよ?」
キラリが紅茶のカップに口を着けた。もちろん自分で淹れた紅茶だ。
「ハワワさんは真っ赤になって、照れたようにそっぽを向いて電撃を撒き散らしたんだよ、キラリン」
「何でそこで照れるのよ。結局何だったのよ?」
「むむ、キラリン。ハワワさんは、自分の仕事を果たしていただけなんだよ」
本来なら紅茶を淹れるべき桐璃綺羅凛専属のハウスメイドは、淹れてもらった紅茶を嬉しそうにノドに運んでいた。
キラリとミソノは、リビングで食後のお茶を楽しんでいるところだった。
今日もまた、ミソノは視聴覚室を皮切りに、校舎を半壊させる程の一暴れをしたらしい。
生徒会室で一通りお小言を食らわせたが、家で改めて話を聞くことにした。
「意味分かんないわよ。何で、徹頭徹尾ミソノ達に向かってきたのよ」
「ハワワさんは、フラグロイドだからね――」
「だから何?」
「ツンデレをしたかったみたいなんだよ、キラリン」
「ブッ!」
キラリが紅茶を吹き出す。
「汚いよ、キラリン」
「何でよ? 何でそんなこと、必要なのよ?」
もちろん吹き出した紅茶を布巾で拭くのはキラリ自身だ。
「ハワワさんはツンデレフラグを立てたかったらしいよ、キラリン。何だかんだで、フラグロイドなのは、生みの親との絆だし、全否定はしたくなったんだって。ま、ちょっとツンが強かったみたいだけど」
「ツンツンする為に、電撃放たれちゃ、学校がもたないじゃない」
「デレ時も、デレ方も、よく分からなかったらしいよ」
「人間全体を嫌ってから、電撃を放つだけ放って、やっとデレたのね。ミソノに詰め寄られて」
「不器用なんだよ、ハワワさんは」
「それで校舎破壊って。マルコフ何とか社は、わざわざうちに授業料や修理費を払ってまで、何がしたいのよ」
ハワワが最後に放った電撃。それはミソノを初め、生徒には誰一人襲いかからなかった。
その代わり、その照れの表れか、方々の校舎に向かった放たれていた。ガラスは割れ、電気系統はショートし、コンクリートは焦げついた。被害は学校全体に及んでいた。
「所詮外国の企業だからね。そこら辺の機微がわからなったらしいよ、キラリン」
「頭痛いわ」
「それに、『お友達』のリアルでのへたれぶりに、ハワワさん自身が本当に人間嫌いになりかけてたみたいだしね。半ばヤケもあったみたいなんだよ」
「全くもって勤まらないわね」
「ハワワさんのせいばかりじゃない。リアルに弱い、男子どもが悪い。て、シャラランさんは言ってたよ、キラリン」
「そうね。でも、あれよね。フラグロイド自体は珍しいわよね。うまく宣伝すれば、ハワワさん目当ての新入生が増えるかも」
「ダメダメ。そこら辺は期待できないって、キラリン」
「何で?」
「もう量産体勢に入っているから、希少価値はなしなんだって。来月から、一般に出回るそうだよ。ハワワさんタイプの、フラグロイド」
「ええ!」
「コンセプトが、『向こうから話しかけてくれる、普通の女の子』だしね。ショート、ロング、セミロング。ポニテ、ツインテ、ドリルテイル。アホ毛、ウェーブ、お団子――と、髪型と髪の色が違うハワワさんが、数を頼りに向こうから、次から次へとフラグを立ててくれるらしいよ、キラリン」
ミソノが紅茶を飲み干したのか、カップをひっくり返して、最後の一滴を舌に垂らそうとする。最後の一滴が下に落ちてくるや、アホ毛が嬉しそうにピンと伸びた。
「そんな……」
「髪型と髪の色が違うだけで、別人と言い張るハワワさんが町にあふれるらしいよ」
「うちに一人いるぐらいじゃ、もうインパクトは出ないわね……」
「ああ、目の色も違うって言ってたかな、キラリン」
「そんなの、どうでもいいわよ」
「猫耳のオプションもあるらしいけど、ハワワさんは嫌がってたな」
「本物の猫耳がいるもんね……」
キラリは今日、ミソノと一緒に生徒会室に呼び出した女子生徒達を思い出す。
皆が普通の学校生活とは程遠い、ボロボロの格好をしていた。
パンフレット一つ刷るのに何故ここまで大騒ぎになるのか?
キラリには未だによく分からない。
「天然ドジっ娘のツブやんも、ハワワさんは見習わなきゃって思ってたみたいだよ、キラリン。仔細に観察しようと、ついつい凄い目で凝視してたらしいけど」
「何処までも、不器用なのね。ハワワさんは」
「そうだよ。でも、もうお友達だよ。パンフには載ってくれるし、『お友達』が襲ってきたら、一緒に撃退してくれるって。それも約束してくれたよ」
「目の色が変わるのは、『お友達』の方もなのね……」
キラリは大きくため息をついた。
「でもこれで、田中さんも入れて五人もパンフに載ってくるよ、キラリン」
「そうね、助かるわ。第七次のパンフには、間に合わないから、第八次のパンフに皆載ってもらいましょう。ありがとうね、ミソノ」
「ふふん! ちゃんとお願いは果たしたよ。いつでも言ってね。キラリンは、あたしがついてないとダメだからね!」
「別に。お茶も淹れいられれば、料理だって自分でできるわよ」
「むむ。そこは素直に頷こうよ、キラリン」
あははと笑い合うキラリとミソノの前で、テーブルに置いてあった携帯が着信を告げた。
その電話はキラリの祖父からだった。着信画面がそのことを示している。
「あっ、お爺様。どうしたんですか?」
パンフレットがどうにかなりそうなことと、久しぶりに聞いた祖父の声に、キラリは自然と上機嫌になったようだ。明るい声で祖父に応える。。
だが喜ぶキラリの耳元にもたらされた、その祖父の声は、
「えっ? そんな! 八次以降の募集はしないって! どういうことですか!」
私立ラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園を、廃校の危機に追いやることを告げていた。