能力少女9
「皆!」
シャラランが思わず駆け出した。
後退するハワワに誘われるように、花壇に踏み入ってしまったミソノ達三人。
ハワワが手に持ったハーブと同じものが群生していたその花壇。そこから一斉に電撃が放たれた。
三人が悲鳴を上げる間もなく、花壇に倒れていく。
「しまった。気づいてたのに…… 化け猫をも恐れさせたあの時の雷…… あれは花壇のハーブから放ってたって……」
花壇の手前でシャラランがその歩を止める。
「……そうよ。この鉢植えのハーブは、言わばその携帯版なのよ!」
「キャーッ!」
もはや防ぐ術を失っていたシャラランは、鉢植えのハーブの電撃にその身を撃たれてしまう。
「……ふふん……」
ハワワが病的な眼差しを嬉しげに細めた。
終わり――
そうとでも言いだけに、ハワワが我が身を翻そうとする。
「ぬぬ。痺れたのです」
だがミソノがセーラー服の方々を焦げさせながら、花壇の中で立ち上がる。
「やられたぜ。コンチクショウ」
「痛いです……」
妖猫とツブラがミソノに続いて立ち上がった。
「……な。一撃だと思ったのに……」
その様子にハワワが目を剥く。
「ニヒヒヒヒヒヒヒッ!」
その向こうでは、いつ間にか復活していた田中が奇声を発した。田中はシャラランに近づき肩を貸して立ち上がらせている。
「舐めないでね。私達は、学校紹介のパンフに載る程――凄い生徒なのよ……」
シャラランも気を失っていなかった。田中に肩を支えながらも気丈に口を開く。
「そうなのです! パンフなのです!」
ミソノが復活と言わんばかりに、アホ毛と背筋を伸び上がらせた。
「……しつこいわ……」
「当たり前なのです。まだパンフに載ってもらうと、了承してもらってないのです」
「……な……」
「まだ、そんなこと言ってんのか――て、言いたいところだが、それはいいな。散々やられた仕返しに、人間嫌いのこいつに、嫌がらせをしないとな」
「そうですね。人間が嫌いだなんて、寂しいだけですよ」
「キヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「誑乱に賛成ね。パンフに載って、その人間嫌いを克服すれば、観月橋さん?」
五人がジリッと、ハワワに詰め寄る。
「……この……」
ハワワが慌てたように右手を振り上げた。
「グヒヒヒヒヒヒヒッ!」
だが田中が奇声を発すると、花壇の周りの土が独りでに盛り上がり、ハーブの大群を覆い隠してしまう。
「……な……」
「おらよっと!」
「はいです!」
気合いととともに、妖猫が手刀をふるい、ツブラが魔法の杖をふるう。
左右から同時に襲ってきた竹の葉とひまわりの種。それらが妖猫の腕力と、ツブラの魔力で叩き落とされた。
「……そんな……」
「ほら、誑乱。パンフに載って下さいって、お願いしてきなさい」
シャラランがそう言って背中を押すと、
「もちろんなのです!」
ミソノは満面の笑みで前に出た。その顔は何処までも楽しげだ。
「ハワワさん!」
「……な、何よ……」
「お願いがあるのです!」
「……嫌よ。こないで……」
「何故なのです! もうお友達なのです!」
「……な……」
「相変わらず、自分勝手で気の早い奴だな」
「そこがいいんじゃない」
「そうですよ」
「そうかよ」
「ミヒヒヒヒヒヒヒッ!」
ミソノはそれぞれの感想を背に、ハワワに向かう。
ミソノの頭上で、アホ毛が何処までも嬉しげに揺れた。
「キラリン生徒会長の命により! 一年五組観月橋波羽和さん! あなたにパンフへの協力をお願いするのです!」
ミソノの曇りのない瞳が、ハワワを捉える。
「……嫌よ! 私はあなた達人間が大嫌いなの! 何が出会いよ! 何がフラグよ! 何がパンフよ! 人間なんて、皆勝手よ!」
ハワワが尚も人間を否定する。
だが全てを肯定するような視線を向けたミソノが、真っ直ぐ見つめながらその前に立った。
「……私は――」
ハワワが手に持っていた鉢植えのハーブが、一際眩しく輝いた。
電撃が放たれ、ミソノの身をかすめる。
だがミソノは全く動じていないようだ。
その電撃の閃光をも、己の瞳の輝き加えてミソノはハワワを見つめる。
「……私はフラグロイドなのよ……」
「知ってるのです! ハワワさんは、そのことを隠さず教えてくれたのです!」
「……な……」
「凄いのです。ハワワさんは凄いのです」
「……そうよ。私は、フラグロイドとして……」
ハワワが今度は我知らずか、ジリッと一歩後ろに下がった。
「フラグロイドとして凄いのではないのです! フラグロイドであることを隠さない、我が校の凄い生徒。観月橋波羽和として凄いのです!」
「……何を言って……」
「そうなのです。ハワワさんは、一年五組の観月橋波羽和さんなのです! ハワワさん! 我が校の凄い生徒として、パンフに載って下さいなのです!」
「違う! 私は――」
ハワワがミソノの言葉を振り払うかのように、激しく身を左右に震わせた。
「私はフラグロイドの観月橋波羽和! そしてあなた達人間が大嫌いな観月橋波羽和なの! パンフへの協力なんて、まっぴらご免よ!」
ハワワは奥歯をギリリと噛んで、最後の力を振り絞るようにその病的な目でミソノを睨みつけた。
迎えたのは、何処までも透き通るような曇りのないミソノの瞳だ。
だがハワワは髪を振り乱しミソノを更に睨みつける。
電撃が巻き起こす静電気で舞い上がったハワワのその髪は、まさに怒髪天を突かんと逆立っていた。
同じく嬉しげに天を指す、ミソノのアホ毛とは正反対の意思を表さんと逆立っている。
そのハワワの感情に応えるかのように、手元のハーブが最大級に電撃を溜め込み始めた。
今や鉢植え一個で、花壇にも匹敵しそうな閃光を放っている。
「妖猫……」
「ああ……」
シャラランと妖猫が短く言葉を交わし、ツブラと田中に無言で振り向いた。
ハワワは頑だ。あの手元の電撃を、いくら何でもミソノに食らわせる訳にはいかない。
四人は互いの思いをそう確認してか、額に陰を落として互いに頷き合った。
「ハワワさん!」
「き、気安く呼ばないで! わ、私は! あああ、あなた達が、きき、嫌いなのよ!」
内なる興奮の為か、ハワワが言葉に詰まり出した。
「ハワワさん!」
対するミソノは、もちろん何処までも無邪気で無防備だ。
ミソノの陰りのないような瞳に写りこむハワワ。
その己の様子に更に血が上ったのか、ハワワは頬を真っ赤に染める。そしてついにその手元で、眩いばかりの放電が始まった。
「まずい!」
妖猫の声を合図に、シャララン達全員が駆け出した。
ミソノの背後から、皆が一斉に手を伸ばす。
その時――
「だだだ、だから! かかかかか――」
ハワワは一際言葉に詰まると、周囲に電撃を撒き散らす。
そして最大限に顔を赤らめるや、
「勘違いしないでよね!」
ぷいっと頬を膨らませるや、照れたようにそっぽを向いて電撃を爆発させた。