能力少女4
「えっ! 田中さんって下の名前なの?」
シャラランがミソノと田中を交互に見やる。
「そうなのです。田中さんのお父さんは、奥さんのことが好きで好きで堪らないのです。だからその奥さんの旧姓を名前につけたのです。己の愛情を示さんが為に。そして、離婚されない予防線の為に。自己紹介にそう書いてあるのです」
ミソノが生徒自己紹介をめくりながら答える。
「よく、真っ直ぐ育ったわね。鯖街道さん」
「フヒヒヒヒヒヒヒッ!」
田中が分厚い眼鏡のレンズを不気味に光らせると、奇声を発して応える。
「ああ! いつもは無口でシャイなはずの田中さんが、あんなに楽しそうにしてるのです!」
「いや、あれはダメでしょ……」
「ミヒヒヒヒヒヒヒッ!」
田中が更に奇声を発すると、視聴覚室の机がきしみを上げた。
「何だ? やっぱり妖気は感じないぞ。何の力だ?」
「魔力もです」
「霊力もね。まさか魔導書の力が、鯖街道さんの眠れる能力を呼び覚ましたとでもいうの?」
細かい破片が宙に浮き始める。それは田中の身を守るように、その前で渦を巻き始めた。
「むむ。超能力者なのです」
「そんな感じですね……」
「それにしても、何でこっちに向かってくんだよ? 怨みなんか買った覚えないぞ」
「あなたが、人の趣味を笑うからでしょ?」
「んな訳あるか! 最初から、敵意剥き出しだったじゃねえか!」
「そうなのです。素敵なポエムなのです。あやねこっちも、一度見てみるといいのです」
ミソノはそう言うと、生徒自己紹介のページを開いて妖猫に差し出した。
「何だよ? 生徒自己紹介にも載せてるってか?」
ミソノが指し示したその冊子のページを、妖猫が覗き込んだ。
「――ッ! ブッ! ダメだ! 一行でダメだ! 腹痛て! 腹が、腹が捩れる! 救急車! 救急車呼んでくれ! 笑い死にする!」
「こ、こら! 五条坂! 本人を前に……」
「ギヒヒヒヒヒヒヒッ!」
田中が一際破片を舞い狂わせて奇声を発する。
「むむ。田中さんが、奇声を発する程怒ってるのです」
「いや、あまり変わってないと思うけど……」
「どっちにしろ、止めさせないと…… このままじゃ田中さんの体が心配です」
「田中さん! 止めるのです! 暴力や争いは、何も生み出さないのです!」
「てめえが言うか! 誑乱の! て、ダメだ。まだ腹が痛い……」
「笑いすぎよ、五条坂」
「ヌヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「ああ…… 更に怒ってますよ」
「知るか! 何なら力ずくで黙らすまでだ! この俺の笑いの発作がおさまったらな……」
妖猫そうとだけ言うと、腹を抱えて座り込んでしまう。
「むう! そうなのです。時に妖猫さんとあたしのように、戦いは友情を生み出すこともあるのです! では、やっぱり戦うのです!」
「誑乱、止めなさいってば!」
「田中さん! 落ち着いて下さい!」
ツブラが尚も懸命に呼びかけるが、
「イヒヒヒヒヒヒヒッ!」
田中はやはり奇声で応える。そしてきしみを上げていた机が、パソコンの残骸とともに宙に浮き始めた。
「むう。言葉が通じないのです」
「どうにかしないと……」
シャラランがそう呟いた瞬間――
「ギヒヒヒヒヒヒヒッ!」
田中の奇声とともに、机とパソコンの残骸がミソノ達に襲いかかった。