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能力少女2

 魂をも引き裂くこの世のものならざる悲鳴とともに、

「難しくても、頑張って読むのです」

 ミソノは暢気に魔導書の表紙を開いた。

「ミソノさん!」

 ツブラの全身が一瞬で悪寒に襲われる。バケツで氷水でも浴びせかけられたかのように、瞬時に唇まで青ざめた。

 慌てて魔法の杖を呼び出すが、もはや完全に凍えてしまった腕はそれを取り落としてしまう。

 けたたましい音を立てて、魔法の杖が床に転がった。

「本庁に送ったのに!」

 シャラランが全身をうち震わせながら、懐からお札を取り出そうとする。

 だが鼓動が早くなり、細かく戦慄く身では、うまくそのお札が掴めない。

「ニャーッ!」

 一瞬で三頭身まで変身してしまった妖猫が、全身を総毛立ちさせながら、瞳孔の開き切った目を見開く。ネコ耳と尻尾とヒゲがこれでもかとピンと伸ばされた。

 新聞部の男子生徒が一瞬で気を失ったのか、それぞれが床に崩れていった。

「むう。流石パソコンのマニュアル。外国の言葉ばかりで、説明が全く分からないのです」

 それぞれに戦慄を表す周囲の人間を余所に、ミソノは何処までも暢気だった。

 嬉しげにアホ毛を揺らし、魂を直接引っ掻くような悲鳴を上げる魔導書のページを次々とめくっていく。もちろん魔道書はページをめくられる度に、その悲鳴を上げていく。

「とりあえず、閉じなさい!」

 震える手で何とかお札を取り出したシャララン。更に戦く手を何とか真っ直ぐ伸ばし、お札を放たんと身構えた。

「シャラランさん。それではパソコンの操作が分からないのです」

「アホか、お前は! それどう見ても、パソコンのマニュアルなんかじゃねえよ!」

 妖猫が髪の毛と尻尾を逆立て、フーッと唸りながら身構える。

「魔法が…… 体が震えて……」

 ツブラががたがたと歯を打ち鳴らしながら、それでも拾った魔法の杖を構えようとする。

 その瞬間――

「――ッ!」

 ミソノを除く女子生徒三人が、不可視の力に吹き飛ばされた。

「キャーッ!」

 ツブラが魔法の杖を取り落とし、机の向こうに落ちてしまう。

「この!」

「ニャーッ!」

 シャラランと妖猫は重なるように壁に背中を打ちつけた。

「むむ、皆さん。何事です?」

「……く……」

 ミソノの問いかけに、シャラランは応えられない。肺がうまく空気を吸わない。声も出せなかった。壁に打ちつけられ跳ね返っては、床に叩きつけられたからだ。

「何? 今の力、全く霊力の類いを感じなかったのに……」

「俺もだ…… 妖力は感じなかった。こんなに派手に吹き飛んでんのに……」

「どうしたのですか? 皆さん?」

「あの娘は何ともないのに……」

 シャラランは魔導書を片手に一人平然としているミソノを見る。

「あれは参考になんねえけどな……」

「それも、そうね……」

 霊力でもなく、妖力でもない魔導書の力。シャラランはそう呟くと、その力のもたらす戦慄にぐっと息を呑んだ。



「遊んでいる場合ではないのです。こっちで皆でパンフを作るのです」

 一人遊んでいるようにしか見えないミソノが、悄然としているシャラランと妖猫に手を振る。手と一緒に、アホ毛がこちらも誘うように揺れた。

「アホか! その魔導書にやられたんだよ!」

 妖猫が髪の毛と尻尾を逆立てて抗議する。そして魔導書に近づこうとするが、その身はやはり不可視の力に押されてしまう。

「ダメだ…… 近づけねえ……」

「何? これ? 何の力なの…… 一歩も足が出ない……」

「むう。あたしは何ともありませんが?」

「ダメね…… あの形容し難き能天気は…… 暢気過ぎて、この邪悪な力をスルーしてるみたい」

 シャラランはそう言いながら、ツブラが飛んでいった先を見る。机の向こうに足だけ突き出したツブラは、起き上がってくる気配をまるで感じさせない。

「高瀬川さんも、しばらくダメかも」

「ぐぬぬ……」

 この不思議な現象を見抜こうとしてか、妖猫は瞳孔を細める。それはやはり日本刀の切っ先を思い起こさせるような、鋭い眼光だった。

「でも何? 何で一歩も足が出ないの…… 何の力なの?」

「いや、妖力とかじゃねえな、これは……」

 妖猫が何かに気がついたようだ。

「何?」

「確かに体ごと吹き飛ばされたよな? 今も一歩も前に出られねえ。それに力ずくで、押さえられているような気もする……」

「そうよ。今更、何言ってんのよ?」

「よし。俺らでやるぞ、深泥池の」

 妖猫は三頭身の体を、身ごとシャラランに振り向かせる。それは容易にできた。

「どうすんのよ?」

「投げろ!」

 そう言うと妖猫は、その身を飛び上がらせた。

「はぁ?」

 驚くシャラランの胸元に、妖猫が飛び込む。

「むう。シャラランさんもあやねこっちも、遊び過ぎなのです」

「不可視の力で押し返されてる訳じゃねえ! 本能だ! 俺らの本能のせいだ!」

「なっ?」

 妖猫を抱きかかえたシャラランが、驚きに目を見開く。

「半妖の俺には分かる。俺らの中の恐怖が、本能で感じる畏怖が、生き物の根幹を脅かす脅威が、無意識に足を止めさせてるんだ!」

「そんな……」

「前には進めねえ。だけど、後ろなら振り向ける、後ろになら飛べる。間違いねえ」

「なるほど、さっき吹き飛ばされたのも、自分で後ろに飛んだのね…… 私達は恐怖に負けて……」

 シャラランはそう呟くと、ミソノの足下を見る。

 早々に気を失った新聞部員が、吹き飛ばされずにその場には残っていた。ミソノも暢気にその場に残っている。

 新聞部員は気を失ったが故に、ミソノはその能天気が故に、恐怖が本能に働きかけなかったのだろう。

「そうだ。だから――」

「だから、本能に負けても、どうしようない状態を作り出すの――ねっと!」

 シャラランはそう言うや否や、妖猫の体をミソノに向けて投げつけた。

 妖猫の体が宙に舞う。本能が告げる逃げ出したいという欲求と戦いながら、それでも投げられた勢いだけで妖猫はミソノの手元に向かっていく。

「おお! あやねこっち! 可愛いのです!」

 恐怖に顔を引きつらせて飛んでくる三頭身の妖猫。それをミソノが歓喜の声で抱きとめようとする。

「アホか! 俺の用事はこっちだ!」

 ミソノの腕をするりと逃れ、妖猫は恐怖にすくむ身を懸命に伸ばした。

 机に着地するやミソノが机に置いた魔導書に、そのまま手を伸ばす。どっと吹き出た冷や汗が、妖猫の全身から宙に飛び散った。

「五条坂さん!」

 やっと息を吹き返したらしきツブラが、真っ青な顔で机の向こうで立ち上がった。

「五条坂! 任せたわ!」

「むう! あやねこっち! あたしも構って欲しいのです!」

「知るか! ニャーッ!」

 全身を総毛立ちさせながら、妖猫が恐怖に身を震わせて魔導書を閉じた。

 途端に本能を直接揺さぶる恐怖が収まっていく。

「やったー!」

 ツブラが思わずその場で飛び上がった。

 だが突然の閃光が窓の外を染め上げ、


「イヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 この世のものと思えぬ嬌声が、隣の部屋から響き渡った。

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