人造少女2
翌月曜日。
享都府享都市中凶区鴉魔通り西入る悪池上る――
私立ラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園。
「一年五組観月橋波羽和さん。こんにちは! 一年三組誑乱御園です!」
ミソノはその一年五組の教室に飛び込んだ。
前日までで分かっていた情報――名前を呼びかけながら、知り合いも友人もいないクラスにミソノは突入する。
「ぬっ? いないのです」
ミソノは自慢の野生的な視力で、五組の教室を一瞬で見回した。
誰もがミソノのけたたましい登場に、目を剥いて振り返っていた。
顔の確認が容易にできたが、目的の生徒はいないようだ。
「花壇ですか?」
側にいた女子生徒が、ミソノにハワワの居場所を教えてくれた。
ミソノは教室を軽やかに走り去り、その足で花壇に向かう。
「こんにちは! ハワワさん!」
「……おはようございます……」
ハワワと呼ばれ、花壇で水をやっていた女子生徒は振り返りもせずに応える。
「昨日はありがとうございました! ハワワさん!」
「……いえ、どういたしまして……」
だが興味はなさそうだ。ようやくその病的な視線だけをミソノに向けるが、体は前を向いたままだった。
「昨日の電撃は見事でした」
「……気にしないで下さい。私は園芸部員として、自分の花壇を守っただけですから……」
「立派なのです!」
「……猫だろうが、学校見学の受験生だろうが、花壇に入るなら容赦しませんから……」
「ぬぬ。非情なのです。だがそこが立派なのです。それでは謎の電撃すら放つ立派な園芸部員さんにお願いなのです。学校を宣伝する為に、ぜひパンフに載ってもらいたいのです!」
「……お断りさせて下さい……」
ハワワはそう応えると、花壇に水をやる作業に戻ってしまう。
「そうですか。では早速、取材の手配をするのです」
「……断ったんですけど……」
「何と! 断られるとは、全くもって想定外! 何故なのですか?」
ミソノがズイッと前に出る。
「……嫌だからです……」
「何故嫌なのですか?」
「……私のマスターはまだ決まっていません。マスターの言うこと以外は、自由意志が私には保証されているからです……」
ハワワは静かに言い放つ。それでいて、どこか力強い。
――ザワ……
空気が揺れ、草木がざわめいた。
いや、風は吹いていない。草木がざわめいて、そのさざめきで空気の方が揺れたかのようだ。
「マスターとは何のことですか?」
ミソノはもちろんそんな異変を気にしない。
「……私はフラグロイドなのです……」
水を撒きながら、ハワワは答える。
「フラグロイドとは、何ですか?」
「……恋愛フラグを立てる為に、作られた人造有機ロイドのことです。マルコフ・イノベーション・ソリューション・アソシエイション・プロダクション社が作った、人工無脳及び人工知能ハイブリッド型AI搭載の人造有機ロイド。それが私――フラグロイドの観月橋波羽和なのです。常に最尤――最ももっともらしい受け答えをするように、作られた存在。出会いのない人達の為に、そのシミュレーションを提供し、本当の縁で失敗しない為に作られた存在。それが私なのです……」
ハワワはそれだけ言うと、自嘲気味に唇を歪めた。
「ぬぬ! よく分からないのです! でも、人間にしか見えないのです!」
ハワワの表情には気づかずに、ミソノが目を輝かせた。
「……人造有機ロイドだから。見た目も中身も、普通の人間と変わりません。生まれてきた意味以外は……」
「凄いのです! 増々パンフに載って欲しいのです!」
「……お断りします。目立つのは嫌いなので。それに何より……」
ハワワはやはり、水を撒きながら応える。ミソノに向けているその背中は、何処か他人との意思疎通を遮る盾のようにも見える。
「何より? 何でしょう?」
もちろんミソノは遮られることなく、相手の領域に入っていこうとする。
「……人間が嫌いなんです……」
――ザワ……
やはり風もないのに、木々が揺れた。いや、それは木々だけではなかった。花が。草が。ツルが。およそ花壇の植物が、全て己の意思でもあるかのように揺れた。
「フラグロイドなのにですか?」
「……フラグロイドだからですよ……」
「フラグを立てるのに、人間嫌いでは、務まらないのです。あたしでも分かるのです」
「……フラグですか。そのフラグを立てても、立てても……」
ハワワはそう呟くと、口元だけ不敵に笑った。
「よく分からないです。ですが公式設定通り、フラグロイドとして学校で一仕事してもらえませんでしょうか? ハワワさん!」
「……嫌よ……」
ハワワのその言葉を合図にしたかのように、その足下に閃光が走る。
電撃だ。
ハワワの足下から、閃光とともに放たれた電撃。雷と化したそれがミソノを襲う。
「たぁーっ!」
ミソノがその電撃を楽しげに飛び上がって避けた。
「……ふん……」
だがその様子を気にする素振りも見せず、ハワワは近くに生えていた竹の幹に手を着いた。
竹の幹が激しく震え、その葉を周囲に散らし出す。その大量の葉に隠れ、ハワワの姿が一瞬で見えなくなる。
「ぬっ!」
ミソノが着地した時にはもう――
「……さよなら……」
その一言を残して、ハワワの姿は煙のように消えていた。