半妖少女6
翌日曜日。私立ラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園――
そのグラウンド。
「もっといい木材使えよ!」
三頭身の妖猫は、トラックで搬入された木材を見るや、非難の声を上げた。木材を山積みにしたトラックと、それに続いて作業員らしき人物の乗った車が続く。
「うるさいわね。昨日の今日で、そんないい木材手に入る訳ないでしょ」
トラックから顔を出したシャラランが、歯を剥き出して応えた。
助手席に座っていたこの霊能少女は、巫女さん袴にヘルメット姿だった。ヘルメットには『安全第一』の文字が踊っている。
「じゃあ、日を改めろよ」
「あら、失礼。訂正するわ。日を改めても、木材の質は上がらないわよ」
シャラランが祠の前で止まったトラックから降りてくる。
「何だと!」
「ちゃんと、生徒会長が出してくれた予算で、一番いい木材を買ってきたわよ。神社で懇意にしてる宮大工さんの紹介だから、これでも安く買えたのよ」
「おのれ。前の祠の木材は、村中が浄財を出し合って買ったって聞いてるのに…… こういうのはよ。こう、金銭の多寡じゃなくって、気持ちの問題でもあるだろ」
業者の手で次々と降ろされる木材。それを横目に見ながら、妖猫が悔しげに唸る。
「それは、邪悪な化け猫を封印する為に、皆が必死になったからでしょ」
「何を! 俺のご先祖様を、邪悪とか言うな!」
「実際封印されてんじゃない」
二人は今にも噛みつかんばかりに顔を突きつけ合わせた。いつもと逆で妖猫がシャラランを見上げている。
「てめえ! 喧嘩売ってんのか?」
「むむ。いい感じの木材が搬入されてるのです」
睨み合いを始めたシャラランと妖猫の隣に、ミソノが暢気に現れた。その後ろには、怯えた顔のツブラがついてきていた。
ぐるると、唸りながら妖猫が振り返ると、ツブラがビクッと身をすくませた。いつもの半分以下の背丈とはいえ、ツブラには十分その迫力が通じるようだ。
「あやねこっち! きたのです! キラリンは用事でこられないので、あたしが存分に力を発揮するのです!」
「わ、私も手伝いにきました……」
ツブラがミソノの後ろで、おずおずと口を開く。
「誑乱の! だったらまず、もっと予算をつけろって、生徒会長にかけ合え!」
「ぬう。この化け猫祠再建の資金は、キラリンのポケットマネーから出ているのです。これ以上は、びた一文出ないのです」
「ぐ…… ポケットマネーだと……」
「ポケットマネーってことは、言わば善意の浄財よね。よかったじゃない。これで前の祠と同じよ。こういうのは、金銭の多寡じゃないんでしょ?」
「何を! 深泥池の! だいたいだな…… あれ? どうした? 皆帰っていくぞ」
妖猫の疑問通り、木材を置いた業者が皆それぞれの車に戻っていく。
「予算の都合でね。祠は自分達で建てるのよ。皆さん、ご苦労様でした!」
シャラランがトラックに手を振る。そのシャラランの足下には、設計図らしき図面とヘルメットが転がされていた。
「何だと!」
妖猫の驚きの声を背に、トラックと車が走り去っていった。
「何だ? 由緒ある祠を、ハンドメイドしろってか?」
「後は組み立てるだけなの。木材はもうカットしてもらってるから、大丈夫よ」
「むむ。楽しそうなのです! お城みたいなのを、作るのです!」
「組み立てるだけって、言ってるでしょ」
「私重たい木材とか、魔法で運びます。任せて下さい!」
「ご先祖様の祠が…… 女子高生の手作りだと……」
がっくりと両膝と両手を地面に着いてしまった妖猫の向こうで、
「適当に組み立てるんじゃないわよ、誑乱」
「むう。シャラランさん。何故、人の考えが分かるのですか?」
「きゃーっ! つまずきました!」
ミソノ達三人は、楽しそうに祠の組み立てに取りかかった。
猫がグラウンドを楽しげに駆け回った。
猫の手も借りたいのです――
そんなミソノの一言に、妖猫がヤケになって呼び出したのだ。
「ちょっと! 五条坂! 猫が走り回って、作業がやり辛いわよ! 何考えてんのよ!」
木材を持って慌てふためくシャラランの足下を、猫が暢気に駆け回った。
「るっせぇー! 手下でも呼び出さなきゃ、やってられるか!」
一人ぶかぶかのヘルメットをかぶった三頭身の妖猫が、やけくそになって応える。
「あの…… 困ります…… 制服に登らないで……」
ツブラは猫に好かれてしまったのか、その身に何匹もまとわりつかれていた。
「ぬぬぬ。愛くるしいのです! さぁ、この木材で、爪を研ぐのです!」
ミソノが目を輝かせて、これから組み立てるはずの木材を猫に差し出す。
「それは許さん!」
「何故なのです? 木材と猫の組み合わせなら、爪を研がずにはいられないはずなのです!」
「俺だって、我慢してんだ! 爪なんて研がすなよ、誑乱の!」
「だったら、追い返しなさいよ! 邪魔で仕方がないわよ!」
「ああ、猫さん。そこっ引っ掻いちゃ駄目です」
「高瀬川の! 爪研がすなって、言ってんだろ!」
「ごめんなさい!」
わいのわいのと騒ぎながら、先ずは祠の残骸がどけられていく。
その時古い祠の木材の下から、封の張られた壺が出てきた。その封は、シャラランが使ったようなお札が、縦に張られる形でされている。
「何ですか? このいかにもな壺は?」
ミソノが暢気に覗き込む。
「凄い魔力を感じます……」
「そうね。かなりの霊力だわ……」
「妖力って言ってもらいたいね。俺のご先祖様の魂が、ここに安置されてんだよ」
「封印でしょ?」
「一言多いぞ! 深泥池の!」
「むう。覗いてみるのです」
ミソノがそう言うと、無造作に壺の封に手を伸ばした。
「止めなさい!」
ミソノの思考に慣れてきたのか、シャラランがいの一番にミソノの手を遮った。