魔法少女1
ミソノのアホ毛は原理もよく分からないまま、持ち主のご機嫌に反応して勢いよく回った。
「この学校、廃校の危機なの、キラリン?」
「そうよ」
「この四月に建てたばかりで、まだ九月だよ」
「そうよ」
「建築費をケチったね、キラリン?」
「建物の問題じゃないわよ! 来年度の生徒の集まりが悪いのよ!」
「そうなの、キラリン?」
「ええ…… そうなのよ、ミソノ」
キラリは息を整え直してそう答えると、ぐるっと席を回して立ち上がる。
豪奢な髪をしたこの生徒会長は、スラリとした立ち姿を見せつけた。そのままキラリは己の背後にあった窓から校庭を眺める。
昼休みの休憩を満喫する生徒達。無邪気にはしゃぐ男女の姿がそこにはあった。
だが本年度に新設された、このラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園。
元より今は一年生のみとはいえ、その生徒の数は少々少ないようにキラリには見える。
「元々生徒の需要を考えずに、この学園を作ったから……」
キラリが髪をかきあげた。
そのかき上げ方は何処かぎこちない。まるでこの長髪が慣れていないかのようだ。
「考えなしで、学校作って理事長におさまっちゃダメだよ、キラリン」
「キーッ! ミソノがいく学校がなかったからでしょ!」
キラリは怒りに任せてか、勢いよく振り返る。
「あたしがいく学校がなかったんじゃなくて、あたしがキラリンといく学校がなかったんじゃない。あたしはバ・イオ・レンス絶対不服従学園に進学するつもりでいたのに」
「生きて卒業できないわよ! そんな名前の学校!」
「あはは、あたしなら余裕だって。でも、それはそれだよ、キラリン」
「う……」
「いつまでたっても、キラリンはメイド離れできないからね!」
「ミソノがメイドの仕事をしているところなんて、見たことないわよ!」
キラリはバンッと、机に掌を叩きつけた。
そう、ミソノはキラリの幼少からのハウスメイドだった。
豪邸の中で生まれた時から暮らしていたキラリ。
その境遇故に、歳の近い遊び相手ができなかった。
そこで一計案じた家族が、同年代の少女を連れてきた。
それが幼馴染にして同居人。桐璃綺羅凛の専属ハウスメイド――誑乱御園だった。
「契約書の内容通りに、キラリンのメイドとして、あたしは日夜頑張ってるつもりだけど」
ミソノは己の勤務態度が誇りなのか、満面の笑みをキラリに向ける。どうにも自慢げだ。
「契約書の内容? 何よ?」
「三食昼寝つき!」
「三食昼寝つきは、待遇の話でしょ! てか、そんな待遇、認めた覚えないわよ!」
「そうだっけ、キラリン? 毎日そんな感じだけど?」
「既成事実化しているだけよ。そもそも何で私が毎朝起こして、勉強の面倒まで見てるのよ!」
「それはキラリンがあたしの幼馴染で、尚かつ根があまいからじゃないかな?」
「あまいとか言わないの! お爺様に、さっき言われたばかりよ! 分かってるわよ!」
「大オーナー? キラリンのお爺ちゃんが何て?」
「お前はあまい。経営者の何たるかを理解させる為に、学園の設立を許可したが、このままだと廃校だ――ですって」
「あはは、キラリンは学校作ることしか、頭になかったもんね」
「ぐぐぐ…… ふん! いいの、要は生徒が集まればいいんだから。ミソノ、私は他の仕事があるから動けないわ。あなたに動いてもらうしかないの」
やっと怒りが収まったのか、それともむしろ収めようと努めたのか、キラリが生徒会長のイスに座った。
「でも何で生徒の集まりが悪いの、キラリン?」
「学校見学とかは何度かやったんだけど、いまいち評判がよくないのよ」
「何で? キラリン?」
「そうね。例えば学校を見学にきた受験生が、アホ毛を揺らす在校生に、文字通り引っ張り回されたらしいわ」
「むむ。確かに、少しでも楽しんでもらおうと、見学者を地下のボイラー室から屋上の貯水槽まで案内してあげた覚えがある」
「案内にかこつけて、自分がいってみたかっただけでしょ」
「ぬぬ、キラリン。隠すから知りたくなるんだよ」
「たく。それに、口の悪い粗暴な女子生徒に絡まれたとか。花壇に入ったら凄い目で睨まれたとか。出会い頭にぶつかってバケツの水を引っかけられたとか。図書室で頭ごなしに注意されて叩き出されたとか。部活見学で見せてもらったポエムで腹が捩れて救急車で搬送されたとか。何か色々と散々なのよ。見学者の評判が」
「それはあたしじゃないよ、キラリン」
「分かっているわ。でも、段ボールをソリ代わりに階段から滑り落ちたり。火災時の脱出用のシューターを勝手に使って滑り落ちたり。屋上から雨どいに掴まるやこれまた滑り落ちたり。色々と受験生相手に縁起の悪いことをしてたのは?」
「むむ、キラリン。それは間違いなくあたしだよ。食堂のバナナの皮で滑って転んだのも、あたしだね」
「……たく。まあ、過ぎたことはいいわ」
キラリはため息を一つ吐いた。
「で、今度は何するの、キラリン?」
キラリの諦めをお許しと受け取ったのか、ミソノは目を輝かせて身を乗り出す。
「汚名を晴らすわ」
「汚名? 誤解だよ、キラリン」
「そうよ、誤解よ。だからもっと学校をよく知ってもらう為に、生徒紹介をしようと思うの。個性ある生徒を、生徒募集のパンフに載せてね。そう、できればラノベにでも出てきそうな個性的な面々をね」
「なる程。それでライトがどうの、権利がどうの、版権がどうのって言ってたんだね、キラリン」
「言ってないわよ」
「そうだっけ?」
「そうよ。でね、ミソノの目で見て個性的だと思う人は、間違いなく個性的だと思うのよ」
そう言うとキラリは、机の引き出しから一冊の冊子を取り出した。机の上に置かれたその冊子の表紙には、『生徒自己紹介』と銘打たれていた。
「この中から、ミソノの気に入った生徒に声をかけてちょうだい。ミソノが気に入るのなら、どう転んでも面白い人だと思うから」
「むむ、なる程!」
「いい? 任せるわよ」
「オッケー、キラリン! 任せて! キラリンはあたしがついてないと、ダメだからね!」
ミソノが屈託なく笑う。
あははと笑うその顔は、何処までも明るい。心底自分がついてないとダメだと言わんばかりだ。
その内なる自信のままに笑顔を輝かす幼なじみに、
「はは、やっぱ…… 潰そうかしら…… この学校……」
ものを頼んだのは失敗だったかと、キラリは早くも少し後悔し始めていた。