半妖少女4
「おお! 猫の雪崩なのです!」
ミソノは猫に窓の外に押し出されながら、嬉しそうに声を張り上げる。
「ちょっと! 危ないじゃない!」
その横では、シャラランがお札も間に合わずに、猫に押されてこちらも外に投げ出された。
「てめえ! 高瀬川の! 覚えてやがれ!」
「ええ! そんな…… 不可抗力です!」
教室の外に悪態をついて流れていく妖猫。そのあまりに殺気立った視線に、ツブラは怯えて首を左右に振る。
壊れた両替機からあふれ出る小銭よろしく、猫が教室から吐き出されてくる。
幸い一階だった。
ニャンニャンニャーと鳴きながら、猫の山がグラウンドにこぼれ出た。
「何故なのです? 何故パンフに載ってもらうだけで、これ程の悲劇が起こってしまうのですか?」
教室の外。グラウンドに山と化した猫と生徒の団子を見て、一人猫の山を這い出したミソノが嬉しそうに口を開く。
「あなたのせいよ……」
ぜいはぁと息を吐きながら、猫の下敷きとなっているシャラランが答える。
「むう、確かに。不可抗力とはいえ、このままでは、キラリンのお小言コースは間違いないのです」
「ふ、不可抗力? 誑乱! 面白がって、あなたがアホ毛を振るからでしょう!」
「だがしかし! もはや危機は去ったのです。さぁ、あやねこっち。負けを認めて、パンフに載って下さいなのです!」
ミソノが勝利宣言をするが、その肝心の妖猫の姿が見えない。あるのは猫と生徒の山だけだ。
「勝ったのです」
「誰が! まだまだ!」
だがその猫の山が爆発する。猫と生徒を吹き上げ、妖気を爆発させたらしき妖猫がその中から現れた。
吹き上がった猫は、軽やかに身を翻し次々と妖猫の周りで四肢を着く。
その向こうでは、もちろんまともに着地などできるはずのない生徒達が、ぼたぼたと地面に墜落していた。
「いくぞ、皆!」
明るい屋外。妖猫の目の瞳孔が、猫のそれのように縦に長くなる。
妖猫の短いスカートのお尻から、猫の尻尾が生え出た。
頭身が更に減る。いまや三頭身だ。
妖猫は更に縮んだ背で、猫達の先陣を切ってミソノに襲いかかった。
だが人間より猫に近い姿になる分、その能力は人間離れしていくようだ。
ミソノの遥か頭上から、妖猫は飛びかかる。
「ぬう! あやねこっちはともかく――」
妖猫の激しい攻撃を防ぐミソノ。後退しながら妖猫の攻撃を、迎え撃ち、いなすことで何とか防ぐ。
だが――
「愛くるしい猫さん達は攻撃できないのです!」
そう、だが脇から襲いかかる猫の大群に、ミソノはその愛くるしさ故に手が出せない。
「だったら諦めな!」
大量の猫を背に、妖猫はミソノに襲いかかる。
「たぁ!」
ミソノは飛び上がってその襲撃を避ける。その勢いで着地したのは、小さな建物の上だった。花壇の中央に、それはぽつねんと建っていた。
「てめえ! 祠を足蹴に!」
そう、それはグラウンドの一角に建てられていた、小さな祠だった。古い木造の祠が、校舎に寄り添うように花壇の中に建てられている。
そこには猫の絵が描かれた絵馬が、幾つかぶら下げられていた。
祠も絵馬もかなり古い。はやり祠が先で、学校の校舎が後に建てられたのだろう。妖猫の言っていた通りの、化け猫でも出そうな祠だ。
「おお! これは失礼! あやねこっち――」
「やかましい! 早く降りやがれ!」
妖猫が怒りに震えて、猫とともにミソノに飛びかかる。
「ミソノさん! 大丈夫ですか?」
だがその時校舎の出口から、ツブラが紅蓮の獅子を連れて慌てて飛び出してきた。
出口は祠のすぐ横にあった。
猫の大群と、炎を身に纏った獅子がそこで鉢合わせした。
――ニャーッ!
もう一度突然現れた魔獣に、猫達が一斉に悲鳴を上げる。
「おい! こら、お前ら!」
猫達はパニックに陥り妖猫にしがみつく。
大量の猫が、妖猫を巻き込みながらバランスを崩した。
ミソノが祠から飛び上がった。妖猫と猫達は、団子になってその祠に雪崩れ込んでいく。
「ご先祖様の祠が! ――ッ! ギャーッ!」
妖猫の悲鳴を最後に、祠が音を立てて崩れた。
「あわわ……」
祠が土煙とともに崩壊する。その惨状にツブラが口元に手をやって震え出す。
残ったのは猫の山だけだった。化け猫の祠が猫の山に押しつぶされていた。
「やるわね。高瀬川さん」
シャラランが巫女さん袴の裾の汚れを払いながら、ツブラに近づいた。
「私のせいなんですか?」
「あなたのおかげよ」
「皆の力で、勝ったのです!」
そして地面に降り立っていたミソノが、自慢げに胸を張った。