半妖少女3
「化け猫の親分なのですか?」
妖猫の攻撃をひらりとかわし、ミソノは目を輝かせる。
「おうよ! 魔を祓うむかつく巫女さんや、正義を振りかざすいけ好かない魔法少女とは、言わば商売敵の間柄さ! ちなみに生徒会長も土地を奪ったにっくき相手でね! 誑乱の! 手前に恨みはないが、生徒会長の味方なら容赦はしねえぞ!」
「むむ。この土地を奪ったとは、何のことなのですか?」
「元々ここいらは俺らの縄張りだ! なあ、皆!」
妖猫のその言葉に、猫達がニャーと応える。猫のすし詰め状態となった教室は、もはや猫の山の合間に生徒の手や足が垣間見える状態だった。
「むう。ここいらの土地は、ちゃんとキラリンが買ったのです」
「ふん! 誑乱の! グラウンドの隅に残ってる祠! 知ってるな?」
妖猫は更なる攻撃を狙っているようだ。
軽く曲げられた両手の指。その指の先から、三日月型の爪が急に伸びだした。
それに合わせて妖猫の背は、更にぼんと低くなる。
頭身が更に減り、今やミソノの背より低くなった。
そして爪が伸びきるや、妖猫はミソノの胸元目がけて飛びかかる。
「くらいな!」
「知ってるのです。土地を買ったキラリンが、それでも壊さずに残しておいたのです」
ミソノはその攻撃を右に左にと避ける。
その隣ではシャラランが、お札を乱舞させて猫の突進を止めていた。
「あれは、化け猫祠! 俺のご先祖様が祀られてる祠だ。残すにしても、お買い上げとは、自尊心が傷つけられたんだよ!」
妖猫の頬から、ピンとヒゲが伸び出た。それは紛うことなき、猫のヒゲだった。
妖猫の頭身が更に縮まる。今や妖猫の背は、ミソノの胸元程の高さになった。
「学校の中に祠が建ってんのが、俺は気に入らないんだよ! 案の定、誰かが傷をつけてるしな!」
妖猫の目が猫のそれに変わる。またもや頭身が一つ減った。
「俺がこの学校に入学したのはな、言わば敵情視察って訳さ。この学校はむしろ、潰れてもらった方がせいせいするぜ。この間も、学校見学にきた受験生どもを、絡んで追い返してやったしな!」
妖猫が猫目を輝かせ、自慢げにヒゲを揺らした。
「ぬう。可愛いのです。あやねこっち! 抱っこしてあげたいのです!」
ミソノがそのヒゲの動きに歓喜の声を上げ、内なる喜びのままにアホ毛を揺らす。
「うるせぇ! 人の話聞いてんのか?」
「むむ。拳の語り合い以外は、今は頭に入らないのです」
「アホか!」
「ぬぬ! そのピンと立ったヒゲがたまらないのです! か弱いニャンコとは戦えないのです! あやねこっち、黙ってパンフに載って欲しいのです! その可愛らしい半ニャンコの姿でお願いするのです!」
「うるさい! バカにすんな! 小さくなったからって、弱くなった訳じゃねえ……」
何か言いかけた妖猫の目が左右に泳いだ。
「どうしたのです?」
「――ッ! 別に何でもねえよ! 猫の姿に近づく程、俺の妖力は……」
妖猫の目が更に右に左に揺れる。
「何かあるのですか?」
「う、うるせえ……」
「誑乱」
「何ですか? シャラランさん?」
「そのアホ毛じゃないの?」
シャラランが己の目の前の猫も、妖猫に合わせて左右に首を振るのを見て口を開く。
そう、妖猫の目はミソノの頭上で揺れるアホ毛に合わせて、左右に動いていた。
「バババ、バカ言ってんじゃねえ! 何で俺らが、アホ毛なんかに気をとられなきゃ……」
そうは応えつつも、もはや妖猫の目は首ごと左右に揺れる。
「これですか? いくらでも動かせますが?」
ミソノはそう言うと、派手にアホ毛を揺らす。
アホ毛筋とやらに操られたそれは、ミソノの思うがままに左右に振れる。
まさしく猫じゃらしを追う猫よろしく、妖猫の視線がそれを追いかけた。
申し合わせたかのように、妖猫と猫の首が同時に左右に揺れる。
「楽しいのです!」
ミソノが派手にアホ毛を振ると、半妖も猫ももはや体ごとそちらを向いてしまう。生徒の手足が生えた猫の山が、それが一つの生き物のようにごっそりと動いた。
「それ! それ! こっちなのです! そっちなのです!」
「ちょ、ちょっと、誑乱!」
ミソノのアホ毛に合わせ、どどど、どどどと、左右にシャッフルされる教室。右に左に振られては、廊下側の壁に当たり、外側の窓にぶつかる妖猫と猫達。
もちろん巻き込まれていた生徒は、練り込まれるように更に猫の奥へと消えていく。
猫の団子と化した塊が一際窓際に寄った。
その時――
「あの…… なんか凄い魔力を感じるんですが? 大丈夫ですか?」
がらっと教室のドアが開き、高瀬川円羅が遠慮がちに顔を覗かせた。
「私の使い魔がうるさくって……」
ツブラは紅蓮の炎を上げる獅子を伴っていた。
紅蓮の獅子がぐるると一声唸ると、
――ニャーッ!
魔獣の出現にパニックとなった猫達が、怒濤の勢いで窓を打ち破った。