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霊能少女5

 ミソノとシャラランの手を遠く離れ、ページのめくれ上がった魔導書。

 ページが開いただけなのに、まるで生きているような――そして生きながら引き裂かれたかのような悲鳴がその魔導書から響き渡った。

 その忌むべき書は、図書室の床に死体を投げ落としたような不気味な音を立てて落ちる。表面は干からび始めていながら、中には腐った肉の詰まった死体が立てる音だ。

 そして魔道書は、見開いたページから絞首台の紐が絞まるような音ともに不気味な気を放ち始めた。声を上げたい人間が声も上げられず、代わりに紐だけがぎしぎしと悲鳴を上げる――そんな耳をふさぎたくなる不快な音だ。

 立ち上がったその気は霊感のない者でも目視できる程、気でありながら濃密な何かだった。

 死体から抜き出した血のような色をした靄のようにも見える。

 そしてそれは一瞬目を離すだけで次々と姿を変える。その度に、人々に不気味で不愉快な印象を抱かせる。

 時にそれは苦痛に歪む男の顔であり、戦闘の興奮に酔う傭兵の顔でもあった。快楽に溺れる女の肢体でもあり、責め苦に背骨を折られた捕囚の体躯でもあった。原形を止めない老婆の礫死体であり、何かを伝えんとこぼれんばかりに目を剥く詩人の顔でもあった。

 そんな直視に耐えない様を見せる禍々しい気に、

「むむ、飛び出す絵本なのです!」

 ミソノはやはり能天気に手を伸ばす。

「……止めなさい……」

 そのミソノの手をシャラランが後ろから掴んだ。

 シャラランはミソノの手を掴みながら、己の首を振っている。気絶からは直ぐに目が覚めたようだが、意識がはっきりしないのだろう。

「ぬう。シャラランさん、大丈夫なのですか?」

「何とかね……」

「図書室とはいえ、居眠りとは感心しないのです」

「気絶してたのよ! てか、誰のせいよ!」

 シャラランはミソノが歩き出さないようにか、その手を掴んだまま離さない。それでいながら、目は油断なく足下の魔導書に向けていた。

 魔導書は相変わらず神経を直接撫でするような、脳髄を直に触るような嫌な気を放っている。そしてその気はやはり、直視したくない人の負の姿をしていた。

 シャラランはまだ頭が晴れていないのか、それとも新たな気にやられているのか、ふらつきながら立っている。

「これで分かったでしょ? あれが特別な本だって?」

「確かになのです。飛び出す絵本とは、恐れ入りましたなのです」

「何言ってんのよ」

「違うのですか?」

「違うわよ。何処までも暢気ね…… とにかく閉じて、本庁に送らないと……」

 ミソノとシャラランが話す間も、魔導書はその気を収める気配をさせない。

「むむ? 何のことなのです、シャラランさん?」

 やっと手を離してもらったミソノが、床の上の魔導書とシャラランの顔を交互に見比べる。

「あれは私の手に負えないわ。本庁の力のある人送って、鎮めてもらわないと。ま、表紙を閉じないと、持ち上げるのも無理っぽいけどね」

 シャラランはそう言うと、スカートのポケットからお札を取り出した。

 『家内安全』『無病息災』『大願成就』――

 やはり神社で普通に売っているのものと思しき文言が、そのお札にはしたためられていた。

「おお! 不思議のお札なのです!」

「お札自体は、至って普通よ」

 シャラランがそう言ってお札を面前に構えると、紙とは思えない質感を持ってそれは直立する。薄いカミソリすら思い起こさせる鋭さだ。

「違うのは――扱う人間よ!」

 シャラランは叫ぶや否や、お札を魔導書に向かって投げつける。やはりカミソリが円を描いて飛ぶかのように、それは空気を切り裂いて魔導書に向かっていった。

「――ッ!」

 だがシャラランが驚き目を剥き、

「むむ! 動く絵本なのです!」

 ミソノが無邪気に喜びの声を上げた。

 そう、お札の襲撃に反応したのか、魔導書の血の靄が急に周囲に散らばったのだ。お札の攻撃は空しく宙を切り床に突き刺さる。

 散らばった靄はあざけるように宙を舞い、気絶していた図書室の生徒達にまとわりついた。

「……」

 赤黒い血の濁った色を見せる靄に憑かれたのか、生徒達は皆無言で立ち上がる。生気がない。生徒達の意思が感じられない。

 誰もが白目を剥いていた。アゴは力なく落ち、舌はこぼれるに任されていた。四肢も覚束ない。両手は力なく垂れ、足は引きずるようにしている。

 それでいて皆がミソノとシャラランに振り向いた。

 やはりその様は操られているかのようだった。

「ぬ! ゾンビなのです!」

 にじり寄る生徒達に囲まれながら、ミソノは何処までも嬉しそうに拳を構える。

「生きてるわよ!」

「むむ! 生きてるのですか? では遠慮なく倒せないのです!」

「倒す気満々でどうすんのよ? いいから! ここは、任せなさい!」

 シャラランはキッと視線を周囲に送ると、スカートから更に取り出したお札を巻き散らす。そのお札の一枚一枚が、糸で引かれたかのように生徒達の額に張りついた。

 お札の霊力か、黒い靄は追われるように生徒達の体から離れた。生徒達が次々に正気を取り戻す。

「おお! 流石シャラランさんなのです!」

「おべっかは後よ! 皆! ここから逃げなさい!」

 シャラランは新たにお札を取り出すと、状況が呑み込めていないような生徒達を一喝した。

 だが生徒から離れた黒い靄は、もう一度魔導書の上に集合すると一つの気に戻ってしまう。

 そしてそれは狙いをミソノとシャラランに絞ったようだ。

 一際大きく立ち上がるや、それは人の顔をしてみせた。

 皮膚病に冒されたネズミを積み上げたような、すりつぶしたミミズで盛りつけたような、プレスで押しつぶした無毛の猿をくみ上げたような――そんな皺だらけの顔で、それはいやらしい笑みすら浮かべてみせる。

「……この……」

 シャラランが身の内から湧き上がる怖気に耐えて、その邪悪な笑みと対峙した。

 他の生徒達は皆、そちらを見まいと背中を向けて図書室から逃げ出そうとする。

 皆が額にお札を貼ったままだった。皆が少しでもご利益にあやかろうとしてか、額に『家内安全』『無病息災』『大願成就』などの札を貼ったまま出口に殺到する。

 それ程魔導書の顔は本能に訴えかける恐怖を伴っていた。

 だがその異様な顔は、序の口だったようだ。

 いやらしい笑みの真ん中に僅かな亀裂が入った。

 そう、それはほんの僅かな亀裂。微かな隙間。か細い傷の様な空白。


 だがその僅かな切れ目から覗く新たな顔が微笑む――


 その名状し難きものに微笑まれ、

「――ッ!」

 シャラランはもう一度一瞬で気を失い、

「ぬう、どちら様なのです?」

 ミソノは暢気に微笑み返した。

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