霊能少女2
「突如! 突然! 突撃! 失礼!」
静寂に包まれる昼下がりの図書室。その質量すらを持っているかのようなの無音の塊に、ミソノは特に気にせず襲いかかった。
「いましたなのです!」
すぐ横にあるドアを横目に、開いていた窓から身を乗り出して、ミソノは騒ぎ立てる。窓の向こうに、目的の女子生徒を見つけたからだ。
当然そのまま、窓から図書室に入る。
ドアから入り直す為に、一度身を退く――などと、そんな消極的なことをミソノはしない。一番近いところから入るのは、ミソノにとっては当たり前だからだ。
「――ッ!」
多くの生徒が、その騒がしい登場に目を剥く。もちろんミソノは、先程の『失礼』の一言で全てが許されたと思っているのか、実に軽やかに窓を乗り越えた。
「いましたね。図書室の深奥で、一人書を読みふける美少女」
ミソノの視線と指先が、一人の少女に向けられる。
窓から入ってすぐのところにあった机。ミソノはその机に仁王立ちした。こちらも当たり前のように、ミソノはその机を利用していた生徒達の驚く顔は目に入らない。
「どちら様?」
少女は指差されて、静かにミソノに振り返った。
他の多くの生徒がミソノに驚き注目している中、その少女だけは黙々と本を読んでいた。
「一年三組の誑濫御園です。先日はありがとうございました」
ミソノはあの一瞬で、遠目に見えた人物が誰か見抜いていた。抜群の視力だ。
「タラランミソノ? あなたね? 昨日の、あんな危ない魔物を呼び出していたのは」
「そうなのです! あの後、魔法管理センターとやらに、ツブやんは大目玉を食らっていたのです! 気の毒な程小さくなっていたのです!」
「ライン引き用の消石灰積み上げて、即席のスキー場を作って遊んでいた。そんな噂を聞いたこともあるわ。あの歩く迷惑とか言われている誑濫御園なのね?」
「あれですか? 楽しかったのです。五分と経たないうちに、キラリンに蹴り崩されたのが、大誤算だったのです!」
「何て迷惑な娘。そのまま消石灰に、埋もれてしまえばよかったのに……」
「むむ。それはそれで、楽しそうなのです」
「で、何? 私の読書を邪魔する気? 助けるんじゃなかったかしら?」
深奥の少女は、心底軽蔑した眼差しを向ける。
「ぬぬ、意地悪なのです! 一年十一組深泥池紗蘿鸞さん!」
「私に、何か用?」
シャラランと呼ばれた少女はやっと腰を上げる。静かに読んでいた文庫本を机に置いた。置いたのは『怒りの葡萄』(ジョン・スタインベック著)の上巻だ。
「実はあなたが、この街一番の神社の巫女さんだとは、調べがついているのです」
ミソノが自慢げに生徒自己紹介を前に突き出す。
「そう…… 確かにそれの特技の欄に、そう書いたような気がするわ……」
「その霊力たるや、数百年来の怨霊すら鎮めたこともあると、こちらも調べがついているのです」
「それも、中学での課外活動の欄に、書いたわね」
「悪霊退治の為に、武道の心得まである。それも調べがついています」
「それも資格の欄に、書いておいたわね」
「リサーチは完璧なのです」
ミソノがバンと胸を張った。
「生徒自己紹介をめくっただけじゃないの?」
シャラランは呆れたとばかりに、ミソノにやはり軽蔑の視線を送る。
「そうそう、それと巫女さん袴で登校してくれないかと、新聞部の皆さんから伝言を頼まれました」
だがミソノはその視線を気にしない。もちろん未だ机の上に立ったままで、周囲の視線を一身に集めていることも気にならない。
「何で私がそんな格好で、学校くるのよ? てか、何の用よ?」
「我が校は今、存続の危機なのです。よってあなたにも、一肌脱いでもらいます」
「嫌よ……」
シャラランは全身の力を抜く。己の体をバネと化す為か、全ての力みを体からなくした。
「まだ何も言ってないのです」
「嫌よ。私は一人で本を読んでるのが好きなの。私の読書を邪魔する人間は、誰も許さないわ。それこそ学校見学にきた受験生でもね。人の顔を見て大騒ぎするから、叩き出してあげたわ。あなたも叩き出されないうちに、諦めて帰った方がいいわよ」
一目見て大騒ぎされても仕方がない――そんな端正な顔をシャラランが挑戦的に歪める。
「むむ。叩き出されては、パンフに載ってもらえないのです。むしろあたしと一緒にシャラランさんはきて欲しいのです」
「あらそ。でも、お生憎様。私はてこでもここを動かないわ」
「むむ。あたしは『こて』はろくに使わないのです。お好み焼きは、いつもキラリンが焼いてくれるのです」
「てこよ」
「ぬう。違いがよく分からないのです。ですがつまり、力ずくでもということですね」
ミソノのアホ毛が挑発するように、左右に細かく揺れた。
「力ずく? 普通の人間のあなたが? 私を?」
シャラランの視線がピンと鋭くなる。数百年来の怨霊すら鎮める巫女のプライドを、ミソノの言葉が傷つけたようだ。
シャラランは鋭利な視線を、ナイフよろしく机上のミソノに投げつけた。
「そうなのです」
もちろん屈託のない笑顔に、その視線は受け止められる。
「あなたが私に――」
シャラランが静かに大きく息を吸い込んだ。
そのまますっと、音もなく一度身を沈めるや、
「勝てる訳ないわ!」
シャラランは弛緩し切った筋力を一瞬で爆発させた。