プロローグ・ライトノベル
「版権出版物?」
「違うわ、ライトノベルよ。どこをどう聞き間違っているの?」
享都府享都市中凶区鴉魔通り西入る悪池上る――
街中一等地にある私立ラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園。
まだ新築の匂いと雰囲気が抜け切らない、名も実もともに真新しい学び舎だ。
その生徒会室で素っ頓狂な会話が交わされた。
セーラー服に身を包んだ生徒二人が、驚いた顔を突きつけ合わせている。
一人は己の聞き間違いに。もう一人は相手のその天然振りに。
聞き間違えた方の一人は、アホ毛を盛大に跳ね上げたショートカットの少女だった。
少女は大きな机の前に立っていた。
目の前の机に座る相手の苛立たしげな視線を、何故か得意満面にこのアホ毛の少女は受け止める。
「たく。何でライトノベルが、版権出版物って聞こえるのよ」
「何となくだよ、キラリン」
怒られたことを露とも感じさせず、アホ毛の少女は嬉しげに答える。そして自らがキラリンと呼んだ目の前の生徒に微笑んだ。
横線と曲線だけでイラスト化できそうな、中身も外身も単純明快な弾けた笑顔だ。
目の前の生徒の机には、『生徒会長』と書かれた三角錐の札が立てられていた。どうやら目の前の生徒は生徒会長で、その生徒会長にこのアホ毛の少女は呼ばれたらしい。
「今は真面目な話をしてるの。おふざけは後よ、ミソノ」
ミソノと呼ばれたアホ毛の少女は、その呼びかけにぴょんと一つ飛び上がる。
ミソノは生徒会長のイスに文字通り座る生徒に、その笑顔とぴょん一つで一歩前に近づいた。
「さっきまで英語の授業だったしね。耳がイングリッシュで、口がジャパニーズなんだよ、キラリン」
「そう? ミソノが授業をまともに聞いているとは、思えないけど」
「むむ。睡眠学習はそれなりに、効果があるんだよ、キラリン」
「居眠りこいているだけじゃないの? まあ、いいわ。では、私ことラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園理事長兼生徒会長――桐璃綺羅凛の名において命じます」
ミソノにキラリンと呼ばれ、また自らはキラリと名乗った生徒は居を正して相手を見上げる。
「誑乱御園――」
改めて名前を呼ばれ、ミソノのアホ毛が独りでに跳ね上がった。じゃれつく子犬の尻尾よろしく、嬉しげにそのアホ毛が左右に揺れる。
「我がラ・イトノ・ベル神聖不可侵学園は、廃校の危機に瀕しています」
キラリが真剣そのものの口調でそう切り出すと、
「危機! この学校、危機なの、キラリン?」
ミソノはその危機という不穏当な言葉に、むしろ嬉しそうに頬を紅潮させた。
「そうよ、ミソノ! そしてあなたの力で――」
「あたし!」
「そう、あなたの力で――」
「あたしの力で!」
「そう! あなたの力でこの学園を救うのよ! ミソノ!」
キラリが突如立ち上がってビシッと指差すと、
「あたしの力でこの学園を救う! うっひゃーっ!」
ミソノは実に嬉しげに、アホ毛をぐるんぐるんと回して嬌声を上げた。