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誰かが起こすまで

作者: 星野☆明美
掲載日:2026/03/21


誰かが起こすまで




 「おはよう」


そう声をかけられて、ヒロはぼんやりと両目を開いた。


見知らぬ場所。見知らぬ男の子がうれしそうにヒロのことをのぞきこんでいる。


「…うん。おはよう」


ヒロは起きあがったけれど、きょとんとしてしばらく何もできずにいた。


「…ぼく、どうしたのかなぁ?何だかなんにも思い出せないや」


頭の隅に残る、冷たい眠気をふり払いながらヒロはそう言った。


「無理もないね。君はずいぶん眠っていたみたいだから」


見知らぬ男の子はにこにこ笑いながら言った。


「ふうん…」


ぼんやりしているヒロに、男の子が食べ物を運んできた。


あたたかい食事は、ヒロの全身をあたためた。


「どう?調子は」


「うん。だいぶいいよ」


満足そうにヒロが言うと、男の子はやっぱりうれしそうにはしゃいだ。


「ぼく、リーランド・Jr.…ジュニアって呼んでよ」


男の子はそう名乗った。


ヒロが動けるようになると、ジュニアはいろんな場所へヒロを案内してまわった。


「凄いなぁ。機械の要塞の中みたいな感じだ」


どこまで行っても迷路みたいに金属質の世界が広がっていた。


ジュニアとヒロは子ども特有のうちとけあいをすんなりすると、一緒にいろんな事をして遊び回った。


「あれ何?」


「作業用アンドロイド。簡単な命令なら聞いてくれるよ」


二人はアンドロイドにおどけた格好をさせてひとしきり笑ったり、複雑な機械をいじってみたり、興味のわくことは何でもやった。


お腹が空いたら食べて、疲れたらどこででも眠った。


何日かそんな事を繰り返しているうちに、初めは何の疑問も持たずにただ楽しんでいたヒロも、さすがに考え込んでしまうようになった。


 「どうしたのヒロ?大丈夫?」


ジュニアは本気で心配していた。


「ぼくの父さんと母さんはどこにいる?」


「…父さんと母さん?」


「それと、妹のサチは?」


「…妹?」


いちいち聞き返すジュニアにヒロは腹が立った。


「そうだよ。ぼくの家族は、今どこにいるんだよ?なんでぼくだけこんなへんてこりんな場所にいるんだ?」


「家族…って何?」


「!?…お前にだって親くらいいるんだろう?何言ってるんだよ?変なやつ」


「ぼくには、親は…いない」


ジュニアははき捨てるように言った。


「おかしいぞ。お前、何か隠してるだろう。言えよ」


ヒロはものすごい力でジュニアにつかみかかった。


「痛いよ。やめてヒロ。ぼくたち友達だろう?」


ジュニアは抵抗もできずに弱々しく言った。


「友達?…友達なもんか!友達っていうのはこんな風に相手をひどいめにあわせたりしないんだぜ」


ヒロはジュニアをつきとばした。


「ひどいめになんてあわせてないよぉ…」


ジュニアは泣きじゃくった。


ヒロは、ジュニアをそのままほったらかしで、あてもなくめくらめっぽうに走り回った。


やがてヒロは、今まで入ったことのなかった区域に出た。


「止まれ!…お前、どこから来た?」


恐ろしい声がして、大人の男が一人、すごい剣幕でヒロに近づいてきた。


「どこから…?ぼくにもわかるもんか!こんなめにあうのは全部あいつが…ジュニアが悪いんだ。ジュニアのせいだ!」


ヒロは叫んだ。


「ジュニアがやったのか」


男ははき捨てるように言って、いまいましげにため息をついた。


ヒロは、その男の面影がジュニアと似ていることに気づいた。なんだあいつ、ちゃんと父親がいるんじゃないか、とヒロは思った。


「来い『ステイト』!この子を元に戻してやれ」


「はい、リーランド様」


男は自分専用に使っている雑用ロボットに指示を出した。


「元に戻す、って何のこと…?」


ヒロの疑問に誰も答えなかった。


ロボットのステイトは、万力のような力でヒロをしっかりつかまえると、どこかへと連れて行った。


「いたい、いたい。はなせよぉ」


ヒロは抵抗したが無駄だった。


しゅーんんん。


扉が開いて、急にひやっ、としたかと思うと、かなり気温の低い場所に出た。


そこにはおびただしい数の透明なカプセルが並んでいた。


「父さん、母さん、サチ!…皆ここにいた」


カプセルの中に大事な人達の姿をみつけて、ヒロはどうにかして駆けよってちゃんと確かめようとした。


もがくヒロに、ふいに麻酔がかけられた。


冷たい眠りに再び入ったヒロは、もともと自分が入っていたカプセルの中へかえっていった。


       ☆


 「ヒロ、ごめんよ」


ジュニアはヒロの半分泣き出しそうな、そして半分安心しきったような複雑な表情を見ながら謝った。何度も何度も謝り続けた。


…でも、きっと眠っているヒロには届いてはいないだろう。


うなだれたジュニアに、いきなり怒鳴り声が響いた。


「『立入禁止』の意味がわからないのか、ジュニア!?」


リーランドだった。


ジュニアはのろのろと顔をあげた。


       ☆


 少し前のことだ。


リーランドから決して行くな、と言われていた区域があった。


だけどジュニアは自分専用の雑用ロボットの『ハル』に命令して『開かずの扉』を開いてしまった。


しゅーんんん。


扉を抜けて次の区域に入ると、急にひんやりとした冷気が辺りを包んでいた。


ジュニアは白い息をはきながら、好奇心で身体が熱をおびるのを感じた。


歩きながら、ジュニアはリーランドのことを考えた。


リーランドはいつもぶっきらぼうで、ジュニアと目を合わせようとしない。


リーランドは成人男性で、任務の重責から、いつもしかめっつらで働いていた。


『ステイト』に雑用を言いつけて、いつもせわしく動き回っている。一日の大半、どこにいるのかわからないことも多い。


「本当なら…」


とジュニアは思った。


「本当ならリーランドがいつも相手をしてくれるといいんだけどなぁ。ぼくはいつも一人きりで退屈だよ」


『ハル』が同意したかのように、かくんとうなずいた。


そう。もしそうだったのなら、駄目だと言われたことをあえてやろうとは思わなかったのかもしれない。


ジュニアは短いため息をついた。


白い霜が空気中をちりちりさせる。


「なんだろう、ここは…?」


身をちぢこまらせて身体の熱を逃がさないようにしながら奥へ進んで行くと、無数に透明なカプセルが並んでいるのがわかった。


「実験道具か何かかな?」


表面が白く曇っているのを手でそっとこすってみて、ジュニアはふいにぎょっとしてとびのいた。


「人だ!人が入っているぞ」


カプセルの中に、沢山のチューブにつながれた人が寝かされていた。


「死んで…いるのかな?」


ぞっとしながらよくよく見ると、カプセルに生命維持装置らしきものがついているのがわかった。ジュニアはほっとした。


「これにも…これにも。一つのカプセルの中に人が一人ずつ入っている」


老若男女さまざまな人間がカプセルの中で眠っていた。


ジュニアは驚きながらも、リーランドがこの場所を立入禁止にしていたのはジュニアにこの人たちのことを知られたくないからだと悟った。


「でも、なぜ?」


リーランドは、確かにジュニアに対して冷たいけれど、ジュニアが知りたがった工学関係の知識などはなんでも自由に閲覧できるようにライブラリに用意しておいてくれていた。


「でもここは、ここの情報は、駄目、なのか…?」


ジュニアは少なからずショックだった。


リーランドはここで唯一、ジュニアと話をできる『起きている人』なのに。まだ幼いジュニアにとって必要なものを与えることができる、ただ一人の人なのに。


心のどこかで、好かれていないかもしれない、とは思っていたけれど…、大事ななにかがどこかでゆらぐ音が聞こえた。


 「そうか…、そうだ!」


ここにうってつけの人たちがいるじゃないか。沢山の人たちが。ただ眠っているだけならば、起こせばいいんだ。


「ハル。人工蘇生装置を起動して」


ぴろろ。


ハルはジュニアの指示に従った。


あちこちでみかける作業用アンドロイドはハルより精巧にできてはいるが、リーランドがあらかじめインプットしている作業理念から外れた命令には決して従わない。ジュニアの命令に従ってくれるー信頼できるのはロボットのハルだけだった。ハルはジュニアの味方なのだ。


「Bー561213。このカプセルだ」


ジュニアは決定を下すと、あとはハルに任せて、カプセルの中で眠る少年を見守った。ちょうど今のジュニアと同じ年くらいに見えた。


「君はなんて名前なんだい?…ぼくが起こしに来るまで、ここで待ってたんだね」


そんな風に話しかけながら、カプセルの隅にネームラベルをみつけた。


「ヒロ。…君は、ヒロ、っていうんだね」


なんだか期待でうっとりしながらジュニアは待っていた。


       ☆


 ジュニアが起こす相手を自分と同じくらいの年の少年に決めたのはきっと『友達』や『仲間』が欲しかったからだ。


再び眠りについたヒロにひとしきり謝ったジュニアをリーランドが恐い顔で待っていた。


「ねぇ、どうしてあの人たちはみんな眠っているの?」


「お前はそれを知るにはまだ早すぎる」


ぶっきらぼうにリーランドは言った。


「立入禁止なのに入ったのは悪かったよ。でも、知りたかったんだ」


ジュニアが本当に知りたいのはリーランドがジュニアのことをどう思っているかだったが、そのことにジュニア自身気づいていなかった。


「あんなに沢山の人がいるのなら、起きて一緒に楽しく過ごせると思ったんだ。悪いことだとは思わなかったんだ」


ジュニアは自分の行為を正当化しようと懸命になった。


「あの人たちは皆、誰かが起こすまで、あそこで待っているんだ、と思ったんだよ」


「勘違いするな。…とにかく、二度とこんなことをするんじゃないぞ。…俺は忙しいんだ。手間をかけさせないでくれ」


リーランドはそう言って、ステイトを従えると、さっさと行ってしまった。


ジュニアは寂しかった。でも誰もジュニアを慰める者はいない。…それなら、どうすればいいのだろう?


ジュニアは精神的に苦痛を覚えた。でも、それは自力で克服しなければならなかった。


 ヒロのことがあってから、ジュニアはしばらくあの冷たい場所へ近づこうとしなかった。


だけど、ライブラリにこもって数学や工学の知識ばかりを吸収しながら成長する単調な毎日は、ジュニアの足を再び立入禁止区域へと駆りたてた。


ジュニアはヒロが言っていた『家族』の概念がどうしてもわからずにいた。ライブラリにあるのは偏った情報だけで、どういうわけかその手のことはいくら捜してもみつからなかったのだ。


生きている人間はどんな本よりくわしく簡単に答えを教えてくれるような気がした。


きっとヒロのときは、起こす相手を間違えたんだ、とジュニアは思った。


今度こそ、ジュニアの話しを聞いてまともに相手してくれる人を起こすんだ。きっとその人はジュニアにとってかけがえのない存在になるだろう…。


 そして、ジュニアはクラリスを起こした。


       ☆


 彼女はとてもきれいだった。


ふんわりと豊かな薄茶の巻き毛にふちどられた白い頬。蘇生されていくうちにその頬に赤みが差し、きれいなピンクに染まった。


見守っていたジュニアはほおっ、と息をのんだ。


霜の結晶が溶けて、まつげが数回、とてもゆっくり上下した。


「なんてきれいなグリーン。エメラルドの瞳だ」


ジュニアはうっとりしてクラリスの目をのぞきこんだ。


長い眠りの呪縛から解放されたクラリスの瞳は、次第に生き生きと周囲を見始めた。


「おはよう…クラリス」


ジュニアはそっとささやいた。


「おはよう。…あなたは誰?」


「ぼくはジュニア、だよ」


…期待しすぎて、またひどいことになったりしたらどうしよう?…そんな思いがジュニアの脳裏をよぎった。


しかし、そんなことよりも、この胸踊るような思いは何だろう?押さえようがない。


「おはよう、ジュニア」


クラリスはやんわりと微笑むと、しばらくぼんやりしていた。


彼女は、ぼくが起こすまでずっと眠り続けていた。彼女はぼくを待ってたんだ。


そんなことを考えるのは罪なのだろうか?


ジュニアは祈るような思いだった。


 眠りから回復したクラリスはジュニアが話しかけると、ちゃんと目を合わせてにっこり笑いながら話しを聞いてくれた。


クラリスはジュニアより年上だったが、まだ少女のあどけなさが残っていた。


よく見ないとわからないくらいうっすらとそばかすがあり、長いまつげと通った鼻すじが、ジュニアを時折どきりとさせた。


眠っていたときのクラリスに、ジュニアは、どんな表情をするんだろうかとかどんな性格だろうかとか色々想像してはみたものの、実際に起きて動き回っているクラリスはジュニアの想像力をはるかにしのいで生き生きとしていた。


その表情はくるくると変わり、とても明るい笑い声が耳にここちよかった。


クラリスはさりげなくジュニアの保護者みたいな役割をとった。


ほったらかしだった服の洗濯、すり傷の手当て、お風呂、散髪、食事のマナー、エトセトラ。


ジュニアはそれが決して嫌ではなかった。


朝起きたら必ず顔を洗い、髪をやさしくとかしてもらうのがジュニアのお気に入りになった。


「…クラリスには家族はいる?」


「ええ。お父さんとお母さんとお兄さんが」


「家族ってどんなもの?」


「そうねぇ、今、私とジュニアが過ごしてるように仲良く一緒に暮らす人たちかしら」


クラリスは首をかしげながら答えた。


「さしずめ、今は私がジュニアのお姉さんってところね」


リーランドは絶対こんな風に接してくれなかった。ジュニアはクラリスに隠れて泣いた。ロボットのハルを相手に、今自分がどんなに幸せかをまくしたて、リーランドに対するぐちもつのった。ハルは単純だから、誰にも告げ口したりしない。


ジュニアはクラリスに嫌われることだけを極端に恐れた。


いつもヒロのときのことがジュニアの心にこびりついていた。


 「ねぇ、ジュニア…聞いてもいいかしら?」


ぎくり、とジュニアは身体をこわばらせた。何を聞かれるんだろう?


「ここは、どこ、なの?」


ついに聞かれるときがきた。ジュニアは青ざめながらも、分別のあるクラリスにならいろんなことを知らせてもきっと大丈夫だと自分に言い聞かせた。


ジュニアはクラリスをライブラリに案内した。


ジュニアはリーランドからくりかえし学習するように言いつけられていた学習ソフトをとりだすと、クラリスが視聴できるようにセットした。


「…地球を出発した移民宇宙船?…目的地はオリオン座β星リゲル」


クラリスは愕然としたようだった。


「ここは宇宙船の中なのね、ジュニア」


ジュニアは黙ってうなづいた。


「…でも今ここで起きている人はぼくとリーランドとクラリスだけだ。他の人たちはみんな眠っている」


「眠って…?」


「冷凍睡眠装置の中にたくさんの人が入っている」


「コールドスリープね。目的地に着くまでみんな時間もなにもかも凍らせて運ばれていくんだわ」


クラリスの言葉に、ジュニアはやっとあの部屋の意味を知った。


「でも、じゃあなぜ、リーランドとぼくだけは起きてなきゃならなかったんだ」


ジュニアが困惑して言うと、クラリスは自分がジュニアに起こされたことに思い至った。


「私もコールドスリープにされていたの?」


「うん。…ごめんなさい。どうしてもクラリスと話してみたかったんだ」


「そう…」


クラリスは口篭もった。


「ぼくのこと、嫌いになった?」


おろおろしながらジュニアが問うと、


「どうして?そんなことないわ」


と、クラリスは笑ってみせた。


それで、ジュニアはすっかり安心しきってしまった。


       ☆


 「クラリス。クラリス!ちょっと長すぎない?」


お風呂にいったままクラリスが何時間も戻ってこないので、ジュニアもさすがに心配で躊躇しながらも浴室を覗いてみた。


「クラリス!!」


バスタブの水が赤かった。


意識のないクラリスの手首の傷から血がとまることなくあふれていた。


浴室の床に剃刀が落ちていて、それでクラリスが自殺を図ったのだった。


「ハル!クラリスを運んで」


「リーランド!リーランド!!助けて」


ジュニアは初めて大声をあげてリーランドに助けを求めた。


リーランドは状況を把握すると、すぐさまクラリスに応急処置をほどこして、ステイトにコールドスリープの部屋から医者を起こしてこさせた。


       ☆


 ジュニアには自分の感情がなんなのかわからなかった。


「ああ、だけどぼくはクラリスが…」


ジュニアは嗚咽混じりにつぶやいた。


クラリスが助かるのなら、自分が代わりにどうなってもかまわない、と思った。


リーランドや起きてきたドクターはとにかくクラリスの一命をとりとめると、目覚めを待たないまま再びコールドスリープのカプセルへ彼女を戻してしまった。


 「ジュニア。言っておかなければならないことがある」


リーランドとドクターがジュニアを呼んで真面目な顔で言った。


「この宇宙船が目的地に着くまで、どうしても誰か一人起きていて、非常事態にそなえなければならない。リーランドがその任務に就いているわけだが…」


「ジュニア。お前はリーランドのクローンだ」


その言葉にジュニアは殴られたような衝撃を覚えた。


「クローン!?ぼくが?」


「優秀な頭脳を持った人間のクローンを育てて、任務の補佐を、そして任務そのものを肩代わりさせる計画をすすめているんだ。だが、記録を見ればわかると思うが、ほとんどのクローンが失敗例で処分されている。…お前だけが唯一成功して成長している例外なんだ」


冷たくそう言い放つと、テーブルの上にクローンの研究経過を記録したソフトがことん、と置かれた。


「だがな、今回の件を考えるに、お前も失敗だったんじゃないかと、俺たちは思った」


ジュニアはぞくっとした。


この二人の男たちは実験動物をどう処遇するかを話しているのだ。


そう。ジュニアは人として認められていない存在だった。


「…これから、お前がどうするかで、決めることにする」


保留、ということらしい。


「ステイト。ドクターに再びコールドスリープに入ってもらってくれ」


リーランドが言った。


       ☆


 呆然としていると、いつのまにか何時間も過ぎていた。


ジュニアはライブラリの一角にすっぽりと納まって、本当にどうしていいのかわからず、途方に暮れていた。


あのやさしいクラリスでさえも、悩んで自殺を図った。


人は弱い存在だ。だれもかれも自分のことで精一杯で、他人のことを思いやれる人なんてどのくらいいるんだろうか?


ジュニアは自分も「人」なのだと思いたかったが、「クローン」という言葉がどうしてもそれを許してくれそうになかった。


「でも…、ぼくは生きている」


それだけは確かだった。


だけど、誰もきっとこの問題の答えはだしちゃくれないだろう。みんな忙しくて、出来そこないのクローン人間のことなんて考える余裕などもちあわせていない。間違っても、リーランドに相手をしてもらおうなんて、思っちゃだめだったんだ…。


ジュニアは涙まじりの苦笑を浮かべた。視界がゆがんだ。


「ああ、クラリス、クラリス。あなたがいなかったなら、ぼくは今どうしていただろう?きっと他の失敗例のクローンと同じように役に立たないまま処分されるのがオチかもな。…でもぼくはクラリスと一緒に過ごした貴重な時間を決して忘れない」


ジュニアは涙を拭うと、すっくとたちあがった。


「ぼくの願いはただクラリスを救うことだけだ」


そう、この際、他の多くのひとたちはおまけみたいなものだ。


クラリスを無事に目的地へ送り届けること。たったそれだけのことだ。


そのために、ジュニアはリーランドにならってこの宇宙船を目的地まで運ぶ任務をこなせばいい。


ライブラリには、宇宙船の構造や星図などの情報が気が遠くなるほど沢山たくわえられていた。ジュニアは知識の吸収に没頭した。


リーランドはジュニアのそんな姿に満足したようだった。


やがてジュニアはリーランドから任務を引き継ぎ、悪性の腫瘍がみつかったリーランドをコールドスリープにいれた状態で治療することになった。


たった一人で起きているのは寂しくなかった。いつだってクラリスのことを想っていたし、疲れたときにはコールドスリープに入っている彼女の姿を見に行ったりした。


ジュニアを支えていたのは純粋な想い。崇高な恋ともいえる強い感情だった。もし起こす相手を間違えていたら、今はない。もしクラリスを起こさなかったならば、今はない。彼女はジュニアに生きる目的意識を芽生えさせた。


しかし、ジュニアはただ任務にあけくれて自分を犠牲にするつもりはなかった。


アンドロイドの研究にも熱心で、やがて「見張り番」をできるアンドロイドをつくりあげてしまった。


「ハル。誰かがぼくを起こすまで、しばらく眠らせてくれ」


そう言って、ジュニアもコールドスリープに入ったのだった。


       ☆


 …ああ、たしか、あの冷たい部屋に入って、眠っている人たちに文句を言ったこともあったっけ。


自分たちは人に生まれたからといってなぜそんな特権があるんだ?って。


泣き叫びながら、どうしてぼくはクローンなんだ!?って、あんたたちといったいどう違うっていうんだ!?って。


ぼくはクローン。だけど、生まれてきたんだ。生まれてきて生きてきた。だから、生き抜いてやろうと思った…


       ☆


 あたたかい、やわらかな手がそっと、冷たいジュニアの頬をなぜた。


「クラ…リス?」


「ええ。私よ、ジュニア」


ジュニアは目覚めた。


もう二度と起きないのじゃないか、と思っていたのに。


周囲のカプセルはみな、空になっていて、ジュニアは最後に目覚めた。…いや、誰も彼を起こそうとしなかったのに、クラリスが起こしにきてくれたのだ。


「新しい惑星移住の記念式典があるの。あなたがそこにいないのはおかしいと思ったから起こしにきたの」


ジュニアは軽い失望を感じたが、そばにクラリスがいてくれる喜びのほうが打ち勝ってしまった。


「さあ、式典に行きましょう」


そう言うクラリスにつれられて、会場の控室を通りかかると、果たして病気の完治したリーランドが式服に身を包んでいた。


ジュニアの中のこどもの部分が、「今ならリーランドはぼくを認めて、誉めてくれるかもしれない」と期待した。


しかし、肝心のリーランドときたら、アルコールの臭いをぷんぷんさせて、正気とも思えなかった。


「よぉ、ジュニア!お前のこのこ起きてきたんだな」


リーランドはジュニアの肩を抱いた。


「いやしかし、俺はよくやった!」


がははは、とリーランドは笑った。


確かに、ジュニアが生まれる前からリーランドは一人でがんばっていたが…。


ジュニアは、自分の今の姿が、大人の体格だと改めて認識した。リーランドと同じ目の高さ。なにもかもこの人の若い頃の姿に生き写しだ、とジュニアは感じた。


しかし、次の瞬間、


「ぼくはあんたじゃない。あんたはぼくじゃない。ぼくはぼくだ!」


といきなり叫んで、ジュニアはリーランドを一発で殴り倒した。


「…なんてこと。ジュニア!どこへ行くの?もうすぐ式典が始まっちゃうわ」


クラリスが血相を変えて、走り出したジュニアの後を追った。


       ☆


 控室で目をまわして倒れていたリーランドを呼びに来た係員がみつけた。


「いったい誰があなたにこんなことを…。警備員を呼びましょうか?」


「いや、大事にしないでくれ」


ぼんやりした頭を振り振り、酔いを追い払いながらリーランドが答えた。


「あれは、俺の良心かもしれん…」


「飲みすぎですよ。とにかく、皆、我等が英雄を待っています。式典でスピーチと叙勲式をお願いします」


「くそっ、英雄、か…」


リーランドは空笑いをあげた。


       ☆


 「クラリス、なぜ君はぼくを起こしたんだい?なぜ、眠ったままにしておいてくれなかったんだ?」


クラリスはジュニアが泣くのじゃないかと思った。


「私…、自分のことばかり考えていて、あなたのこと、少しも考えてあげられなかった」


同情なのか?とジュニアは思ったが、クラリスの左手首の痛々しい傷跡に気を取られた。


「それに、今、あなたのことが必要なのよ」


「式典なんかに出るつもりなんかない」


そっけなくジュニアが言うと、ふいにクラリスが涙を流した。ジュニアはわけがわからず、ぎょっとした。


「そんな理由なんかじゃないわ。…私の家族はみんな地球にいたときに事故で亡くなっているの。恒星間移民船には自分の意思で乗せてもらったのだけれど、あなたが起こしてくれたときには全く忘れていて、ある日突然記憶が戻って、私も死のうと思った」


コールドスリープから起きたときに一時的な記憶喪失状態になりやすいことを、ジュニアはぼんやりと思い至った。


ああ、彼女はぼくのことを恨んでいたわけじゃ、なかったのかな?とジュニアは思った。ずっと、彼女を起こして孤独を味わわせた自分のことをクラリスは恨んでいるものとばかり思っていた。…ヒロの時みたいに。


「本当に、あなたが必要なのよ。私一人じゃ生きていけない」


クラリスがジュニアの胸の中に抱きついてきた。


「…ぼくは、眠りに入るとき、ぼくを必要としてくれる人がいないなら、もう二度と起きるもんか、って思っていたけど」


ジュニアはそう言って、クラリスを抱きとめながら、彼女の顔を覗きこんだ。


「今、ぼくはとても幸せなんだよ。うまれてきてよかった。…わかるかい?この気持ち」


ジュニアは何度も彼女に微笑みかけた。




<fin.>





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