4話「異変」
クローゼットの中に入っていた衣服の一部を破き包帯代わりにした。今更になって、面倒だからと応急処置キットを持ってこなかったことを後悔する。
「人間は貧弱だな。その程度の傷で処置をするなど、父上なら許さないだろう」
獣人の少女、グレース・フォンテーヌはふんっと鼻を鳴らす。何か言い返そうと思ったが、また襲われたらひとたまりもないので沈黙を決め込む。
「その処置が終われば私を国境まで連れて行けよ」
「...すぐには無理だ」
「なに?」
グレースはケインを睨みつける。その迫力に気おされそうになるがなんとか続ける。
「俺は一度本部に帰らなくてはならない。ただでさえ帰るのが遅れているんだ。これ以上遅れればそれこそ疑われる」
「だがその本部で、お前が私のことを通報するかもしれないだろ」
...痛いところを突かれた。
「だが、本部に帰らなければ..」
「おい」
グレースが話を遮る。
「だれか来るぞ」
「なに?」
ケインは耳を澄ます。確かに馬が地を駆ける音が聞こえる。
(まさか本部から様子を見に来た兵士か?まずい、こいつをどうにか隠さなければ)
ケインが慌てるのとは逆にグレースは落ち着いていた。そして静かに言う。
「人間、聞け。これから私の言うとおりにするんだ」
町に来たのはケインの予想とは異なる人物だった。
「ジョン!どうしてここへ?」
茶色のいかにも丁寧に手入れされているであろう馬に乗ってきたのは前線にいるはずのジョンだった。鎧をつけ、腰にはレイピアを携えている。
「実は休暇が出たんだ!三か月遅れのバカンスってところだな。まあ、前線もあんな感じだし、食料の消費を抑えることが目的だろうが..」
確かに動かずひたすらに食料を減らすよりは兵士をいったん本部に帰らす方がよいのだろう。
「それで自分でも探してみようと思って...例のものは見つかったか?」
ジョンはケインに尋ねる。
「いや、なにも」
「...そうか。すまなかったな手間をかけさせて」
ジョンは申し訳なさそうに言う。
「そうだ!せめて君を本部まで送らせてくれ!積もる話もあるだろうし、二人でゆっくり...」
「気持ちはありがたいんだが...実は野暮用ができた」
ケインは自らの後ろに目をやる。そこには赤いフードを被った少女がいた。深くかぶったフードはほとんど顔を隠しており、表情はわからない。
「ここで見つけたんだ。...おそらく生き残りだろう」
ケインはなんとか平然を装う。当然赤いフードを被った少女はグレースだ。
(まったく無茶な作戦だよ)
「おれはこの子を前線近くの村まで運ばなきゃいけない。そこにこの子の親せきがいるらしい」
グレースは一緒に無言でこくりとうなずく。
「それなら私が彼女を送ろう。この町に寄ってほしいと頼んだのは私なわけだし...」
ジョンに乗っかろうかと思ったが、少女からの無言の圧にケインは思い直す。
「いや、この子は俺が責任を取って送り届けるよ。代わりと言っては何だがジョンには俺のことを本部に伝えてほしい」
そう。それがこの作戦の目的だ。
「...君は相変わらず優しいな。わかった本部への連絡は任せてくれ」
ジョンは納得してくれたらしい。優しく笑うと別れの言葉を言い、そしてそのまま去っていった。
「パーネルに栄光あれ!」
「私の作戦は完璧だろう?」
ジョンの姿が見えなくなった後、グレースはケインに言う。
「かなり賭けだったと思うが?」
「それよりも人間。さっきフードを探すときに面白いものを見つけたぞ」
相変わらずケインの話を聞く気はないらしい。
「なんのことだ。ボードゲームでも見つけたか?」
皮肉に気づいていないのかグレースはそのまま話し続ける。
「違う。私が見つけたのは死体。そして...メッセージだ」




