一話「プロローグ」
ジリジリとベルが鳴る。体を起こそうとするが自らの心がそれを拒む。「またあの惨状を見にいくつもりか?」と。だがケインはそんな気持ちを金がもらえるという一点で奮い立たせる。今ではちゃんとした仕事があるだけでもありがたいのだ。壁に掛かっている電話をとる。すると予想通り聞き馴染みのある女性の声がした。
「ケインさん、隊長が任務のことでお呼びです。」
「...今行きます」
ケインは電話を切る。髭を剃り、最低限の身支度を済ませる。また"あれ"を見にいかなければならないのかと思うと気が沈むが、隊長の元へ行かず減給になる方がケインにとって避けるべき事態だった。
「失礼します」
「やあ、おはよう。いや、立ったままでいいよすぐ終わる話だしね」
メガネをかけ髪を七三分けにしている中年の男、スレイン・マーカーはいつもの口調で言った。
「すまないねこんな朝から、今回はこれを届けてほしい」
彼は僕たちの所属する人類防衛軍12番隊の隊長だ。そしてケイン・ワトソンはその下っ端、本部と前線をつなぐ、言わば伝達係である。
「分かってると思うけど、中は覗かないね」
ケインは頷く。どうせ中を覗いても暗号で書かれているのだから何が書いてあるかわからない。ケインの頷きを見てスレインは満足そうに微笑む。
「じゃあ、よろしくね。あぁ馬は54番が空いてるからそれを使ってね。パーネルに栄光あれ」
そう言ってスレインは話を締める。ケインは同時に敬礼をし、決まり文句を唱える。
「パーネルに栄光あれ」
人類の国パーネルは、何年も獣人の国ジャーネルと戦争を続けている。ケインの覚えている限り、彼が生まれた頃にはすでにイタチごっこの状況だった。つまり、少なくとも23年は泥沼の戦争を続けている。ケインは指示を受けた通り54番の馬に乗る。54番...言い換えればかなり鈍足の馬ということだ。こんな馬を選ぶくらいなのだから手紙の内容も大したものではないのだろう。だが、ケインはそんなことはどうでも良かった。仕事にやりがいなどいらない。ただ金さえあればいい。
やはり鈍足の馬を使ったことが原因だろう。本来なら6時間ほどで前線まで着くのに、7時間もかかってしまった。朝に出たはずだが、もう日は上り切っている。
(...何回来ても慣れないな)
ケインは前線のテント群を歩きながら思う。ここは前線と言っても5日程前から戦いは膠着しており、兵士も比較的暇を持て余している。..だからだろうか。
「よぉ、ケイン!」
名前を呼ばれ、ケインは振り返る。
「マーカスか」
マーカスはニヤリと笑うとケインの肩に腕を掛ける。
「また、配達か?いいよなお前は命かけなくていいからよぉ」
「...まだその配達が終わってないんだ。あとにしてくれ」
面倒なやつに会った。ケインはマーカスが苦手だ。誰にでも馴れ馴れしい。それは見方を変えれば話しやすいということだろうが、ケインにはマーカスを嫌う別の理由があった。
「まあそんなこと言わずに、あれ見ていけよ」
マーカスは顎をくいとケインの右の方向にやる。そこには手錠に繋がれた獣人、捕虜がいた。
「今からあいつの処刑だ」
「...捕虜の処刑は法律で禁止のはずだ」
ケインは声を震わす。だから前線に来るなど嫌だったのだ。マーカスはケインの気持ちを知ってか知らずか、悪びれもなく話す。
「でもよぉ、あいつら俺らの仲間を4人も殺したって自白したんだぜ?」
「無理やり有る事無い事吐かせただけだろ」
ケインは俯きながら言う。マーカスはふっと笑う。
「かもな、でもあいつらと"同じ種族"が仲間を殺したのは事実だ。これで少しは俺らの怒りも収まるってもんさ」
狂っている。ケインはチラリと捕虜の方を見る。ボロボロの服に痩せこけた頬、これまでどれだけの拷問を受けたのだろう。人類との違いといえば頭に生えた獣の耳だけ。ふと捕虜と目が合う。
「っ..!」
思わず目を逸らす。そしてそのまま捕虜とは逆方向に向かって歩き出した。
「あ!おい!見ねーのかよ!」
マーカスが呼び戻そうとするが、もはやケインには聞こえていない。あの捕虜のギラギラとした目。今夜も眠れそうにないとケインはため息をついた。
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