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神は神

聖女の力に目覚めた者

作者: 月森香苗

いつも通り、神に善性を求めてはいけません。

 マルフール王国にて聖女の力に目覚めた者がいる。

 神の使徒よりその言葉を受けたのは聖教国の儀式の最中で、使徒が顕現し大神官に告げるのを神官や神官見習いも見守っていた。


「マルフールの教会には我が告げに行こうぞ。そなたらはゆるりと聖女を迎えに行け。真実は辿り着いた時に告げよ。我等が主は人間の愚かさを愉しんでおられる」

「畏まりましてにございます」


 大きな六翼をはためかせた人ならざる美貌の使徒はその場からすっと姿を消した。大神官は深く下げていた頭を上げると、神の許しを経て造られた像に向かい手を組み祈りを捧げる。


 神のお気に召す結末とならん事を。



***



 アマルの一日は太陽が昇る前から始まる。

 地下の部屋とも言えない物置き場で目覚めた彼女は伸びっぱなしの髪の毛をそのまま、足には何も履かずに石階段を上る。

 向かった先は王城の裏手、人の目には触れない木材等を積み重ねた場所で、そこから薪を抱えるとふらふらと歩きながら厨房の外に出る為の扉の外にそれを運ぶ。

 何往復もしている間に王宮の使用人が動き始め、アマルを視界に入れると嫌悪に満ちた表情を浮かべた。

 酷い時は料理人見習いが憂さ晴らしのようにアマルを蹴り飛ばすが、今日は幸いにもそんなことは無かった。

 それが終わると今度は井戸に向かい水を桶に汲み上げて運ぶ仕事が待っている。

 足を守るものは何もないので血が出る事もあるけれど、最早それに苦しむ感覚すら無くなった。

 一日の大半はこの仕事で終わる。そして報酬は干からびたパン一つだけ。

 これでよく生きていられるな、と思うのはアマルを唯一構う男で、彼はアマルに言葉を教えた。そうでなければ彼女は何も分からぬ何かになっていただろう。


 本来であればアマルはこんな汚い場所に生まれ育つはずはなかった。彼女の体に流れるのはマルフール王族の正統な血である。しかし、魔力を一切持たずに生まれた事で忌み子だとして捨てられそうになったのだ。

 それを止めたのは星詠みの魔女で、捨てない方が良い、と言葉少ないながらも告げた事で辛うじて王城の隅にある塔の地下で生きる事が許された。

 5歳までは平民から雇った乳母が育てたが、5歳をすぎてからは不要だと解雇され、アマルは一人で生きていかなければならなくなった。

 男はある日ふらりとやって来て、アマルに言葉と何をすれば良いのか、そして「アマル」という名前を与えてくれた。

 そうして十年。ひっそりと生きてきたアマルだったが、ついにこの塔を追い出される事が決まった。

 星詠みの魔女が「外に出すと良い。銀貨1枚、靴を与えれば良い」と告げた事でアマルは野良犬を追い払うように追い出された。

 王族以外は誰もアマルが何者かを知らなかった。ただ、魔力の無い悍ましい出来損ないと、そう思っていた。

 アマルは銀貨1枚と靴を投げつけられて裏門から騎士に追い払われるように出された。その際には蹴られたりもしたが、アマルは泣く事もしなかった。

 泣く為には感情が必要で、その感情をアマルは持っていなかったのだ。


 城から追い出されたのを確認した男はアマルに近付くと跪いた。アマルが唯一感情を見せるのはこの男だけだった。男だけはアマルを生きている者として扱ってくれた。


「漸く時が来た。早くここから移動したいので抱き上げても良いか?」


 アマルはよく分からなかったが、男がそう言うからにはそうした方が良いのだと分かっていたので頷いた。

 男はいつでも一緒ではなかったが、眠る前には必ず来てアマルにスープと果物をくれた。アマルが生きていられた理由だ。

 男に抱えられ、アマルはそこから居なくなった。

 名前を与えられず、存在を認められず、生死すらどうでも良いとされた少女は姿を消した。





 その頃王城ではあるお告げにより沸き立っていた。

 教会の神官長が神の使徒により「聖女の力が覚醒した者がいる」と告げられたのだ。

 特別で膨大な力を宿す為に満ちるのを待っていたが、ようやく覚醒したのだ、と。


 特別で膨大な力となると限られる。そして王家にはそれに該当する王女がいた。

 光魔法の使い手で、生まれながらに膨大な魔力の器を持っていた、第一王女カロライン。彼女はアマルの双子の妹だが、アマルが存在を認められなかった為に第一王女として育っていた。そして、カロラインは双子の姉の存在を知らなかった。

 王妃の妊娠ともなれば隠しようもないが、双子であった為にアマルを捨てても問題は無かったのだ。もしも一人であれば頃合いを見て殺されていた事だろう。


 カロラインは両親にも弟や妹にも愛されて育った。そしてその愛され方が甘やかす方向に偏っていた為、傲慢な性格になった。

 人から賞賛され、特別な存在でありたい。

 それを叶える聖女は間違いなくカロラインだと誰もが言ったし、カロラインもそうだと自覚していた。

 神官長が王の元にお告げを報せに来た後からカロラインはより一層大事にされた。望んだものは全て手に入る。賞賛も憧憬も、貴公子達からの愛の言葉も。

 聖女の任命は聖教国の神官が行う事が定められている為、マルフール王国の神官長はその時までお待ちください、とにこやかであった。

 カロラインは傲慢な性格だったが、それを隠す術を知っていた。誰からも愛される王女は決して自分から欲しいとは言わない。

 視線を向け、目を少し開いて、そして少し残念そうな顔をするだけで、王女は本当は欲しいのに我慢しているのだろうか。ならばこれを捧げると自分の為に微笑んでくれるかもしれない、と誘導するのだ。

 美しい宝石もドレスも何もかも、王女の元には集まる。そしてそれは貴族令嬢憧れの貴公子ですらも。

 ほんの少し視線を向け、目を伏せるだけで良い。それだけで男達は争うようにカロラインの寵を求めた。

 特別な力を持つ特別な王女。

 彼女には満たされていなかった心の空白があった。

 後は聖教国の神官がカロラインを聖女として任命する。それで完成する。




―――はずだった。



「カロライン王女は聖女ではありませんよ」

「は?いや、しかし、神の使徒様は特別で膨大な力を持つと」

「ええ。ですから、膨大な魔力を持つ方は聖女にはなりません。神の力は特別な御力。魔力という不純物に満たされた体に神聖力をお与えなどするはずがありません」


 聖教国の神官が来たとの事で、国王が登城を命じたところ、三十半ば程の男が二人の女性神官を従えてやってきた。

 国王の隣に立っていたカロラインは優雅に微笑み、国王も上機嫌に「聖女たる我が娘、カロラインを呼んでおいた」と告げた。

 のだが、神官は柔らかく微笑んだままカロラインは聖女ではない、と切り捨てた。


「聖女様は『魔力無し』で生まれます。神の御力を余すこと無く受け止める為に」


 国王、そして王妃はハッとした顔になり、そして青ざめた。


「まさか、アレ、が」

「嘘よ。嘘よ、嘘よ!」


「本来、第一王女として生まれた御方。名も与えられず捨てられかけた所を星詠みの魔女により救われた御方。そして、星詠みの魔女により外に出すよう告げられて捨てた御方。星詠みの魔女は素晴らしい。我等が神の導きを過たず拾い上げられましたね」


 ざわりと騒めいたのは、カロラインが聖女に任命されるその瞬間を見たいと望んで集まった貴族であったが、思わぬ事実の暴露に理解が追いついていない。


「神官長。あの者は導きましたか?」

「はい。確かに、間違いなく」


 すっと現れたのはマルフール王国の神官長で聖教国の神官に頭を下げていた。


「我々は聖女の条件を知っていますが、口外禁止の誓いを立てております。その為、お伝え出来ずに申し訳ありませんでした」


 神官も神官長もどちらも似たような表情を変えない。いっそその後ろに控える女性神官の無表情さが好ましい程に異質であった。


「我等が信仰する神は人間の事を何か面白いことをしでかす生き物として見ておられます。この度は、王族に魔力無しの子供が産まれたらどう扱うか、でしたが、予想通りでつまらなかったようです。存在を認めず名前も与えず、地位も名誉も奪い去り、人間としての尊厳すら与えず。悪魔よりも悍ましきもの、との評価は与えられましたよ」

「子を捨てる親はいくらでもいますが、魔力が無いから、という理由だけですからね。理由を調べるなりすれば分かったものを、その場で切り捨てたのですから相当ですよ」

「そのお陰で、この国から聖女は居なくなりました。百年の繁栄を約束する聖女を、国王、貴方が捨てたのです」


 交互に語る教会の神官二人から告げられた残酷すぎる真実。

 国王と王妃は十五年前に無かったことにした子供を、星詠みの魔女から告げられて思い出したが、すぐに忘れた。それがどれだけ酷いことか理解せずに。


「神官長。守り抜いてくれてありがとう」

「いいえ。一日にたった一つの干からびたパンでは生きていけませんからね。まさか、5歳になった途端にただ一人の乳母を解雇してしまうとは思ってもおらず、手の者を送るしか出来ませんでしたが」

「これからはお腹を満たすようにいたしますので安心なさい」


 貴族達は国王に対して驚きと軽蔑の眼差しを向ける。王女として生まれたはずの子を捨てようとしただけでも信じられないのに、その扱いは奴隷や家畜よりも酷いものであると垣間見える。


「お父様、お母様、どういうこと、ですの……わたくしに、姉がいたということですの!?」


 カロラインもまたついていけていなかったが、両親がとんでもない事をしでかしたのだと言うことは分かった。

 傲慢ではあるし、人からの賞賛を求めるカロラインだが、人としての最後の一線は超えるつもりはなく。

 返答に窮した両親に、カロラインは一歩身を引く。


「カロライン王女。貴方には双子のお姉様がいました。名付けられなかった王女が」

「そんな……そんな、嘘よ!つまり、お父さまとお母様は、わたくしの姉を、半身を、殺そうとしたということではないの!」

「そうですよ。星詠みの魔女がいなければ、恐らくは森にでも捨てようとしたでしょうね」

「なんて、おぞましい……」


 神の教えを受けてきたカロラインは子殺しの罪を知っている。それを実行しようとした両親が恐ろしく、悍ましくて仕方がなかった。


 貴族達の説明を求める声が響き渡る。

 国王と王妃に詰め寄るそれらを無視し、カロラインは階段を降りると貴族から離れて扉近くに立つ神官達の元へ行った。


「わたくしの、姉は、生きているのですね?」

「ええ。貴方様は知らなかった。貴方様の性格は中々に宜しいものですが、善でもあります。人としての心をお持ちで真っ当です。聖女ではありませんが。これよりひと月ほどの間、この国は闇に閉ざされます。聖女様を虐げた者への罰が下ります」

「罰?」

「聖女様を王女と知らなくとも、子供に対して暴力をふるった使用人への罰。そして、我が子を捨てた聖女様の親への罰。国を閉ざし闇に包むのは逃がさない為。貴方はその光の力で国を照らして差し上げなさい。罰を与えられているものはわかるので隔離し、貴方の光で民に光を。聖女とはなれなくとも、救国の乙女にはなれましょう」


 貼り付けたような笑顔から一点、穏やかに諭すような神官の言葉に、カロラインは自然と手を組み跪いていた。


「分かりました。私の力は、この為にあったのですね」

「聖女と双子に産まれる者には補う力があります。魔力の無い片割れに対して、魔力が豊富な者がもう片割れとして」

「そうでしたか……わたくしは、恥ずかしいです。あの両親に甘やかされ、愛されていたけれど、真実は我が子すら見捨てる人達で。傲慢でした。賞賛が欲しいばかりに聖女になりたいなど……恥ずかしくて仕方ありません」


 同じ母の腹の中で共に居たはずの片割れを知らないまま、贅沢な日々を当たり前のように享受していた。


「わたくしにはずっと満たされない心の空白がありました。聖女になる事で満たされると思っていたのですが、違うのでしょう。きっとこれは、半身が居ない空白ですわ」

「それに気付けたら良いのです。あなたには教えましょう。貴方の片割れの名は『アマル』。遠い異国の言葉で『希望』を意味します」

「アマル……それが、わたくしの半身の名……ありがとうございます。わたくしは、わたくしの役目を果たします。どうぞ、姉をお願い致します」


 艶やかな金色の髪の毛に意志の強そうな青の目。

 神官長はこれまでカロラインと何度も対面してきたが、年々傲慢になるのを見ていた。それが今はさっぱりと流れて清らかになっている。


 アマルには二つの運命の道があった。

 魔力が無くとも家族に愛されて満たされた心のまま国の為の聖女となるか、魔力が無いからこそ虐げられ苦難の道を生き延びた上で他国へと渡るか。

 神は後者を好む。人間の醜悪さを娯楽とし、聖女の器を虐げたとして罰を与えることを。

 人であれば性悪だとか言われるのだろうが、神は人ではないので感性そのものが違う。人間などただの駒でしかない。


 この度の予想外はカロラインの変化では無いだろうか。聖女では無いと知り、不満を爆発させるのでは、との予測を立てていると使徒は告げていた。

 だが、カロラインは善性の持ち主だった。不遇な目に遭っていた片割れを知り、己の傲慢さを恥じ、一つ成長した。


「光無くして人は生きていけません。貴方の光が希望となりますように」


 国王と王妃は変わらず責められている。神官達が去るのを見送るのはカロラインただ一人であった。





 アマルは時間をかけて伸びっぱなしでもつれの酷い髪の毛を梳かしてもらい、さらに前髪を切ってもらっていた。長年にわたり放置された髪の毛は、それでも定期的に様子見に来ていた男の手で最悪の事態だけは避けられていた。

 何時間にも及ぶ格闘の末に最低限は整った髪の毛をアマルは指で弄っていた。

 生まれて初めて履いた靴は慣れていないせいで落ち着かないけれど、布を巻いた上に履いたらじゃりじゃりとした感覚がなくなってそれは良いと思った。

 男は城から去った後、一刻も早くこの場を去りたいと言わんばかりにアマルを抱えていたが、途中で川に立ち寄るとアマルの体を濡れたタオルで拭いた。

 十五歳にしては貧相で背も低いアマルはカロラインと双子なのにそうとは思えないほどの差があった。

 夜になる前に男は宿に入った。王都からは少し離れた村の宿は薄汚く髪の毛がボサボサな子供を抱えた男を警戒したが、本来の二倍の金を支払う事で黙らせた。

 湯を沸かしてもらい運んでもらうのは別途支払い、アマルはそれなりに見られる格好となった。

 追っ手が来るとは思わない。来ても気付かれない自信がある。何故なら、アマルの事を知る者は少ないからだ。

 精々ボサボサの髪の毛にボロボロの服を着ていたくらいで、本来の髪色すら分かっていないだろう。

 5歳までは辛うじてそれなりに生きられていたが、子供一人で生きていけるわけがないのに。

 男は各国の教会の神官長が使う「草」であった。魔力の無い子供が産まれたならば監視をし、虐げられていたら手助けをする役目を持っていた。

 聖女の置かれる環境は神の試練となっていて、生き延びるささやかな手助けは許されても、それを超えた救済は許されていなかった。

 聖女の体が神聖力に耐えられる歳までは見守り、覚醒して後は国に残すか聖教国に連れて行くか、その判断は育ち方にあった。

 大事に育てられた子供はその国の為に力を使おうとするだろうが、虐げられた子供にその気持ちは生まれない。その為に聖教国が虐げられた聖女を引き取り、体と心を癒し、聖女の望むようにさせるのだ。


 神は聖女が虐げられていても哀れとは思わない。そちらの運命なんだな。よし、罰を与える日が来るな。とそんな風にしか思わない。

 理不尽だと思うのは人間の考えで、神からすれば暇潰しに過ぎない。聖女に力を与えるのは、地上のバランスを整える為であるので、どこに行こうとも気にはしない。

 人間は聖女を「神の愛し子」のように思うこともあるらしいが、もしもそうであるなら過酷な道など用意しないだろう。敢えて過酷な道を用意することで成長を促すのだとしても、大抵の過酷な道は感情を凍らせて身を守る事に回すので成長など期待出来るわけがない。

 つまり、生きてさえいれば良いだけの装置なのだ、聖女とは。


 アマルは自分で考える事をしない。一人になった頃は泣いたりもしたけれど、靴は与えられず平民の乳母から与えられた二枚の服で生きてきた。

 男がさすがに哀れに思い、しかし新しい服は王宮の使用人の目に付いたら難癖をつけられるからと中古の中でも酷いものを敢えて渡した。

 アマルは男にだけは信頼を見せたが、それ以外には無気力だった。


「ぁー、ん」


 まともに会話も出来ずに育ったアマルは、男のおかげで言葉を理解はするも話そうとはしない。発音は出来るけれど、意味がないと思って生きてきた。


「お前が食え。ゆっくりな。少しでいいから」


 宿の食堂から飯を貰い部屋で食べていると、手で鷲掴みにしたアマルがそれを差し出してくるが、男は首を振って断った。

 アマルは食器が使えない。使わなくても済むものを男が与えていたからだが、自害防止の為でもあった。まあ、死ぬ気持ちすら彼女は抱かなかったが。


 今、アマルの体には神聖力が満ちている。長い髪の毛で隠されていた額には聖女の証が浮かんでいた。小さな花の蕾の紋様は自然に生じる。

 魔力は地上にある魔素を体が取り込んで馴染ませた結果生まれる力で、魔法を行使出来る。

 それは神の力である神聖力とは異なるもので、胎児の頃から魔素を取り込まないように守られていた為に魔力無しとして生まれる。

 聖女に関する知識を教会からは与えられない。神がつまらなくなるからだ。無知のままに罪を重ね、罰と称して弄ることを神は望む。

 ただ、一度でも聖女が生まれた国では大抵記録に残す。魔力無しの子供が聖女、だと。それを神は咎めない。故に、魔力のない子供が産まれた際に他国に情報を求めたら知ることは出来たのだ。


「アマル。この国を出たら聖教国の神官と合流してお前を聖教国まで連れて行く。分かったな?」

「あー」


 アマルは理解していなくとも頷く。男は嘘を言わないから。

 眠る際、アマルは男のベッドに潜り込んだ。そこが一番安心出来るから、と。


 男がアマルに付いたのは15歳の時で、その位の年齢が一番王城に侵入しやすかった。前任者とはアマルが5歳で乳母が解雇された際に今後の接触を見越して男と交代となった。

 それから10年。男は孤児であったところを拾われて、アマルの監視が仕事であった為、恋人などが出来るはずもなく。

 塔の地下にはアマルがいた場所の隣に小さな部屋があり、そこで男は仮眠をとったりしていた。

 情が湧くに決まっている。

 神官長からは聖教国まで必ず連れて行き、そこからは戻って来るも、聖教国の教会に移動するも良しとされていた。聖女の為の「草」、特に過酷な道の聖女に宛てがわれる「草」は長年傍で見守り続けるため、情が湧いて離れがたくなる傾向にあった。

 男も例外ではなかった。


 アマルは5歳までは外に出ること無く塔の地下で育てられた。平民の乳母の仕事は死なない程度にするだけで、赤子用のベッドに寝かせて乳を与えていた、それだけ。

 アマルの正体を知る訳もなく、乳母は解雇されると意気揚々と王城から出て行った。生きるための術すら教えること無く、大人しくしていて、と地下に閉じ込めて。

 乳母にアマルへの愛情などない。時に泣くアマルを黙らせる為に叩いたりなどもしていたという。


 男はアマルの小さな体を抱き締める。小さな体は肉が無く、貧相で痩せっぽちで、それでも男にとっては大事な存在になっていた。




 男とアマルがマルフールを訪れていた神官一行と合流したのは国を出て最初の村の宿であった。

 数日かけて汚れを落とし、髪を整え、服もまともなものを着たアマルは痩せているけれど従来の顔立ちの良さが出ていた。


「初めまして、アマル様。聖教国の神官、ザルナスと申します」

「……」

「お話をしなくても大丈夫です。私の言葉はわかりますか?」


 アマルの身長に合わせてしゃがんだ神官と向き合っていたアマルは、男にきゅっとしがみつきながらもこくりと頷いた。


「良かったです。これから私達は馬車で聖教国まで行きます。遠いので何回も街の教会に泊まります。聖教国に着いたら、一番偉い方に会います」


 言葉は理解出来ても難しい言葉は理解できないだろう、とザルナスは出来るだけ簡単な言葉で伝える。言葉が理解出来るだけ楽だ。時に過酷な道を歩んだ聖女の中には言葉を理解出来ない者もいたのだから。


「アマル様の身体は強くはないです。なので、ゆっくり行きます」


 こくり


「部屋はこの女の人とこちらの男の人、どちらが良いですか?」


 ザルナスは指で付き添いの女性神官と男を指さした。アマルは迷うこと無く男に抱きついた。

 ずっとそばに居たのはこの男だったから、この男と一緒じゃないと怖い。

 情操教育も何も受けていないアマルは男女が一つの部屋で寝起きする意味もわかっていなかった。もっとも、男がアマルに手を出すことは無いのだが。


「わかりました。では、アマル様。ゆっくり行きましょう。次に泊まる町には美味しいお菓子というものがあります。食べてみましょうね」


 こくり


 分からないけれど、男が止めないから多分悪いことでは無いのだろうとアマルは頷いた。

 それから二ヶ月近くをかけて聖教国に辿り着いた。マルフール王国から聖教国まで遠いのはあるが、何回かアマルは熱を出したのだ。これまで体に蓄積していた疲労などが一気に溢れ出し、数日間動けない事が続いた。

 幸いにして宿泊は教会で行えたので、静かな中でアマルは休めた。

 聖女は生きているだけで良い。その力は地上に溢れそうになっておかしくなっている魔素を神聖力で相殺し、流れを正常にする。

 今の時代は5名の聖女がいて、アマルは6人目だった。


 国に聖女が定住するのは、魔素の偏りを減らすことになり、過剰すぎて成長が阻害された農作物などを活性化したりするのだけれど、マルフール王国にその恩恵は与えられない。

 国王と王妃が捨てたから。

 知らないなど関係ない。教会は子供を慈しみ育てよと教えていたのに、それに従わず捨てたのだから。





 今、マルフール王国では神罰が下されている。とは言えども、アマルを害していない者は無事だ。ただ、神の領域に閉ざされている為、暗闇となっている。

 一日に一度、アマルの双子の妹王女のカロラインが光魔法で国を照らしている。魔導具の作成を急がせている。今のままだとカロラインがいくら膨大な魔力をもっていても一時間も照らせない。

 神はカロラインの行いを止めない。神官長曰く、神はカロラインの予想外の行動を楽しんでいるので、このままでよい、と。

 罰を与えられている者がどんな罰を与えられているのかは分からない。ただ、発狂したように叫び、謝罪の言葉を繰り返しているが、あまりにも異様なので神罰を下された者は例外なくアマルが生活していた塔に隔離された。

 掃除もされず朽ちかけた塔でアマルは生きていた。

 カロラインは彼らを幽閉する前にそこに行き言葉を失った。

 剥き出しの石畳の物置には赤子用のベッド、欠けてボロボロの天板がついた小さなテーブル。隅には枯れた藁と汚らしい毛布。

 こんな場所で人がどうやって生きていけるのか。ここを宛がったのは誰なのか。

 塔の上には部屋があり、古びていたがベッドもあったのに。汚いものを隠すような地下を選んだのは、誰なのか。

 そんなことを出来るのは両親しかいない。

 5年で乳母を解雇したのは、5歳にもなれば一人で生きて行けるし、安いとはいえ、給金を払いたくなかったからだ、と。

 共犯者は数年前に亡くなった国王の侍従長。新たな侍従長はアマルのことを知らなかった。ただ、塔の地下にいる小汚い者を追い出せと言われ、言われるがままに騎士を遣わせて追い出した為に彼は神罰の対象外にはなった。

 カロラインの隣で地下室を見た侍従長は震えていた。前任者は彼の叔父であった。


「叔父上は、分かっていたのですよね……王女殿下だと知っていて、陛下方が捨てると決めたから、従った……無いものとして扱うならば、ある程度はこちらの判断で融通を利かせられるのに、そんなことも無く……私は、顔を見ることもなく、追い出しました……住み着いた乞食なのだと判断して……王城の端の塔だからと。王城内に不審者が住むなどできるはずもないのに」

「知らなかったから仕方ない、と割り切る事が出来るのならば楽でしたわ」


 子供を持つ侍従長には耐えられなかった。子供は大切に育てよ、の教えを守って生きてきたのに。言われるがままに従った。15歳は成人していない子供の括りなのに。

 カロラインは地下室に国王と王妃を入れるよう命じた。彼らはそうしたのだから、そうされても文句は言えない。

 隠し小部屋があると気付いたのは騎士で、そこには誰かが生活していた痕跡があった。古いが暖かそうな毛布が二枚、重ねられた食器、鍋もあった。

 存在を知られること無く生きていた一人の子供を誰かが助けていたと思われる形跡。神官長が言っていた手の者がここにはいたのだろう。


「会った事の無いわたくしの姉は、ここにいた者と共にいるのでしょうね……」



 カロラインは周りから変わったと言われるようになった。視線だけで欲しいものを手に入れていた王女は、罪人となった国王と王妃に代わり、神罰を下されて暗闇に閉ざされた国をどうにか守ろうとしている。


「聖女はいなくなりましたわ。そして今は神の罰が下されている最中。意見の分断などしている余裕はございません。教会に属する神官様方が助力を申し出て下さいました。わたくしが国を照らせるのは精々一時間。後は魔導具の灯りが精一杯。農作物も育成が阻害されています。今は一丸となる時。期間はおよそ三ヶ月とのこと。王宮魔導具師には私の魔力に反応する村規模の街灯作りを急がせ、魔導師にはメインとなる魔導具から離れた所までを繋げる魔術の構築を急がせています。皆様は直ぐに領地へ戻り食糧等の確保と分配を。神罰が終わり次第補填します」


 闇に包まれた国は外に出られない。外交などできやしない。生き延びるだけでも大変なのはわかる。

 遠方のものは通信具で指示出しを許し、王宮での滞在中は贅沢を禁じた。これは籠城戦にも近い。


 カロラインのこれまでに無い指揮は万全とは言えない。しかし、こんな状態では誰も何もできやしないのだ。


「生き延びる。それに専念いたします。生きていれば何とでも出来ますわ」


 そして教会経由でこの暗闇の真実が公表された。

 王家への批判は集まるが、一日に一時間といえども国を照らす光を放つ王女の献身は神官から伝えられ、聖女ではなくとも心の支えとなったカロラインは身だしなみなど気にせずに奔走した。

 化粧など暗闇の中の灯り程度では意味をなさない。それよりもすべき事はいくらでもあった。


 魔導師と魔導具師の寝ずの開発のおかげで光拡散街灯が作られ、それのコントロールを行うメインの魔導具も開発された。

 消費魔力を抑え、且つ蓄積が出来るので、一日の定められた時間は明るさを確保できるようになった。


「魔力をこれに注入するのね」

「はい。この魔石一つで約12時間。殿下の魔力量を考えればここにある7個を満たす事ができるでしょう。週に一度、これに魔力の注入をお願いします」

「分かったわ」


 手のひら大の大きさの魔石に魔力を注ぐ。倒れないギリギリを見越した数だが、回復時間を考えるとこのやり方はありがたいしわかりやすい。

 国の隅から隅までを覆える訳では無いが、少なくとも人のいる場所に光は齎される。


 巨大な魔道具の七箇所に魔石を埋め込む場所があり、これで調整を行う。


「時間としても良いでしょう。始めます」


 朝の六時、外は暗い。魔道ランタンの明かりで光源を確保した一室にいるのはカロラインと魔導具師長、魔導師長、それから数名の貴族。

 魔導具に刻まれている魔導回路が魔石の力を巡回させ、各地に分配された受信器に繋がり、まるで朝が来たようにゆっくりと光を放ち始める。夕方の6時まではこの明るさを維持し、終わる時はゆっくりと光が消えていく作り。

 王城の外や城下の街にも配置した光拡散街灯がその効果を発揮した。


「成功ですね」

「ええ。よく半月で完成させてくれました。街灯を作った鍛治職人達にも感謝を」

「全ては神罰の時が終わってからにしましょう。殿下、これで少しは楽になりましょう。休息をお取りください。ずっと休みなく動いていらしたではありませんか」

「いえ。そのような暇はありません。明るくなったならば、食料の確保などの問題が出てきます。やるべき事はいくらでもありますわ」


 カロラインは執務室にすると定めた部屋に向かった。魔導具の光は部屋にも明るさをもたらすが、部屋の奥は薄暗い。それでも外が明るいのはそれだけで安心する。


 神はこの光景すら楽しんでいるのだろう。

 ならば、人とは足掻くものなのだと、生き汚いのだと見せつけてやろうではないか。





 アマルが聖教国にきて三年が経過した。

 文字は分からないけれど、言葉は少しわかっていたし、ずっと近くにいてくれた男――フルムと大神官より名前を貰った彼が話し掛けてくれていたので話すことは随分とできるようになった。

 アマルはフルムから離れるのは嫌だとここに来た時に抵抗した。引き離されると思っていた。しかし、実際はフルムに選択肢があり、彼は自らの意思でアマルと共にいることを選んでくれた。


「フルム、食べよ」

「おう。食べる量が増えたな」

「うん」


 手にした盆の上にはパンとスープと少しの肉と果実に野菜。これでも来たばかりの頃よりは増えた。一日に一度しか食べていなかったアマルは直ぐにお腹が満たされた。パンや果物はまだしも、肉を食べた日にはお腹を壊して何度もトイレに駆け込み苦しんだ。

 食器を使うのも初めてで持ち方すら知らなかった。


 しかし、教会の誰もそれを叱りはしなかった。

 虐げられて育った聖女は多く慣れている者が多かったからだろう。

 教会では大浴場なるものがあり、まいにちの入浴を勧められた。体を清潔に保つことは体の為であり、引いては神の力を万全に使えるようにする為と諭されてから、アマルは出来るだけ体を綺麗にしている。

 男と女の違いすら知らなかったアマルに神官は優しく教えてくれた。聖女とは何かも、基本的なことすら知らなかったアマルは初めこそ理解しようとする度に熱を出したけれど一年もすれば慣れた。

 18歳になったアマルの背は低いままだったけれど、肉付きは少し良くなった。


「フルム。あのね、マルフール王国に行こうと思うの」

「……いいのか?」

「うん。ザルナスさんがね教えてくれたの。私の親?って人はもういないけど、妹と弟って人はいるから、会ってみませんかって」

「怖くないか?」

「あのね、今ならわかるけど、私、地下と薪置き場と井戸しか知らないの。人の顔もあまり覚えてないの。寝て起きて動いてフルムからご飯貰って寝る毎日で、その時の記憶もフルム以外ほとんど無いの。だからね、怖くないかな」


 漠然と生きていたからか、全てがぼんやりとしていた。生きているとすら考えずに繰り返しの日々。

 家族とは何かも知らないまま生きていた。

 聖教国に来てから教わっても実感は無かったけれど、実際にいるならば会ってみたいという好奇心が芽生えたのもここに来てから。


「フルム、着いてきてくれる?」

「当たり前だろ。俺の嫁がどこかに行くなら着いてくだけだ」


 結婚したのは一年前。聖女はいるだけで良くて婚姻の自由があった。アマルは結婚すれば一緒の部屋で生活しても誰にも咎められませんよ、と言われた事でフルムとの結婚を希望した。

 フルムからすれば10歳も年下のアマルとの結婚は考えるのが難しかったが、ここまで大切に見守ってきたアマルを他の男に取られるのは気に食わなくて受け入れた。

 どちらにも恋愛感情は無いが、それよりも深い感情で繋がっていた。そもそも二人ともまともな生き方をしておらず、今まさにそれを学んでいる最中であった。


 結婚したからと言って何かが変わった訳では無いが、他の既婚の聖女に聞いた事を二人なりのペースで実践したりしている。

 夜寝る時は同じベッドで眠る、のは城を追い出されたあとからずっとしているので今更。手を繋ぐとか抱きしめ合うとかもしていた。

 夫婦って何するんだろうね、とアマルが聞くのに対してフルムは言葉を濁した。一般的な生き方はしていなかったけれど、アマルよりは世間を知っているフルムは、夫婦が夜にする事を知っているが、まだまだ痩せているアマルに手を出せるわけがなかったし、彼自身にもその欲が無かったので適当に誤魔化した。


 それでも世間体的に夫婦というのは便利な事は間違いなく、聖女の護衛であり夫であれば常にそばにいても誰も不思議には思わず、聖教国から短期間で派遣された国でのんびりと手を繋いで歩いていても誰にも咎められないのは良かった。


「マルフールまで遠いよね」

「まあ、アマルがいるから宿代掛からないのは楽だよな」

「教会に泊めて貰えるもんね」


 毎日手入れしているからか、アマルはどんどんと綺麗になった。痩けていた頬はふっくらとしているし、艶のある髪の毛と青の目が美しく、聖女用のワンピースとローブが神秘性を増加させていた。


「あのね、ザルナスさんがね、マルフールにお手紙を送ってくれたの。そうしたらね、妹が会いたいって言ってくれてるんだって。だからね、楽しみなの」


 出会ってから城を出るまでアマルは感情を出さないぼろぼろの人形のようだった。しかし、今は喜怒哀楽が出るようになった。

 ふわふわと笑うアマルにフルムは少しずつ愛しさというものを理解し始めていた。他には抱かないので、これはアマルにだからだろうと28歳にしての気付きであった。





 マルフール王国の女王となったカロラインは緊張していた。

 神罰が終わり、空の青さの眩しさに目を細めたあの日を今も忘れない。

 罰が下された者はいずれも正気を失っていた。

 体を埋め尽くす異様な紋様は神罰が実行された証だと教えてくれたのは神官長だった。


 アマルを捨てた両親。アマルの乳母だった女。アマルに暴力をふるった使用人達。

 数名の為に国は閉ざされて闇に包まれた。しかし、誰もが耐え忍んだ。必ず終わりの時が来ると知っていたから。


 青空を見て泣いたのは誰だったか。カロラインの妹や弟達は泣いていた。

 歳をとった貴族の当主も、使用人も皆が泣いた。空は、こんなにも青かったのかと。


 始まりの罪は国王と王妃だった。魔力こそが全ての二人にとって、魔力のない子供は存在すら許せなかった。星読みの魔女が居なければきっと聖女が一人この世から消えていた。


 まともでは無くなった国王と王妃の代わりにカロラインが女王となった。弟こそがと思ったが、三ヶ月を乗り切ったのはカロラインだからこそだ、と誰もが彼女の即位を認めた。

 カロラインが即位して最初にした事は、両親の処刑であった。

 必要な禊であったし、最早正気を失った彼らへの慈悲でもあった。


 毒により死を迎えた彼らを国葬とする訳には行かず、ひっそりと彼らは王族の為の墓地の隅に埋められた。罪人の王族の場所でもあった。


 15歳で即位したカロラインを多くの者が支えてくれたお陰で何とか国として維持してきたある日、聖教国の神官から手紙が来た。

 アマルをこの国に派遣させても良いか、と。


 カロラインは迷った。双子の姉にとってこの国は彼女を虐げた場所である。そんな所に本当に来てくれるのか。しかし、カロライン個人の気持ちで言えば、会いたかった。

 ずっと、ずっと心に空白がある。未だにそれは埋まっていない。

 同じ母から生まれたのに違う生き方をした二人。


 臣下にも相談して、受け入れたい旨を返事した。

 その日から数ヶ月。今日この日、アマルがやって来る。


 怖かった。本当は怖くて仕方がない。しかし、会いたくて仕方が無かった。


「聖教国聖女アマル様、ご入場です」


 謁見の間の扉が開かれた。その声を発した者はやけに震えていた。


 金の髪の毛に青の目。

 女王の冠を被るカロラインと同じ顔立ちで、カロラインより華奢な体の少女がいた。


「初めまして。聖教国から来ました聖女アマルです。貴方が私の妹のカロライン?」

「ええ。わたくしが、カロラインですわ……お姉様」


 玉座から立ち上がり、階段を下りるカロラインの心はどうしようも無いほどに焦れていた。同じ場所に立って気付いたのは同じ顔なのにアマルの方がとても背が低い事。必要な時に食べる事が出来ていなかったからだと直ぐに理解してしまった。


「わぁ。双子って聞いてたけど、本当に似た顔なのね。ふふ。私の方が少しお姉さんなのに、カロラインの方が背が高いからお姉さんみたいね」

「そんな事ありませんわ。お姉様、来てくださってありがとうございます」

「ううん。あのね、私がいなくなって大変な思いさせてごめんね。この国に住むかは私が決めていいって大神官様が言ってたの。でもね、私はこの国を知らないから、この国を見て決めていいかな?」

「ええ。お姉様、貴方の望むようにしてくださいませ」

「ありがとう!」


 輝くような笑顔。カロラインが子供の時に浮かべたかもしれないそんな無垢で無邪気な笑顔に胸が締め付けられる。ああ、笑っている。

 ずっと、ずっとすぅすぅと隙間風が吹き込んでいたような空白が満たされた。

 足りなかったのは地位でも名誉でも賞賛でも何でもなく、この双子の姉だった。同じ顔立ちをした血を分けた片割れだった。



 それから一年。国を巡り、人と出会い、国を知ったアマルは最終的にマルフールに定住する事を選んだ。

 フルムという夫がいる事に驚いたカロラインだが、ずっとアマルを守り通したのがこの男だと知って感謝しか無かった。


「あのね、この国を起点に、近くの国を巡るつもりなの。聖女ってそれがお仕事だから。だけどね、基本的にはこっそりしなきゃいけないのね。だから、私が巡回する事は秘密にしてね?」

「分かりましたわ。ですが、定期的に戻ってきてくださいませね?」

「もちろんだよ!お土産沢山買ってくるね」


 アマルは城に住むことを断り、王都の教会に身を寄せている。神官達も聖女の扱いを知っているからか、そちらの方が楽なのだという。

 カロラインがアマルと会う時は女王から一人の少女になり、妹になれた。


「何時から行かれますの?」

「来週には出ようと思うの。とりあえずは西の国に行ってくるね」

「気をつけて行ってらっしゃいませ」

「うん。行ってきます!」




***



 天上にて地上を眺めていた神は傍らにいた使徒に語りかける。


「見よ。これだから人間は愉快である。此度の聖女とその妹の未来は予測不能であった。いくつにも分かれた道のどれを選ぶかで変わっておったが、最も可能性の低い、聖女が国に戻り、妹が嫉妬しないという奇跡を起こしおったわ」

「可能性として高かったのは?」

「聖女は国に戻らず、妹は己が選ばれずに特別になれず、嫉妬のあまり聖教国へ行って聖女を殺す、だな」

「正反対になりましたね。我が主よ、如何でしたか?」

「これはこれで良い。我は何も不幸ばかりが好きではない。可能性の低い幸福を手に入れる、この奇跡を祝してやろう」


 愉しそうに笑った神は二人に向こう十年の豊作の祝福を施した。


 神は人の気持ちに寄り添わないが、己を楽しませるものには褒美をやるのが好きだった。

 使徒は、まあ、神官長には伝えておくか、十年の豊作のことを、と天上から地上へと、降り立った。

本当はこの半分の長さでしたし、カロラインは最後に神が言った可能性が高い道を進むはずでした。


姉妹仲は良いのが好きなんです!


補足ですが、魂が胎児に宿った時点で神は「この魂の持ち主が聖女」って印をつけています。

成長して頃合になって「聖女として神聖力使いこなせる状態になりました」と開花するので、神は魂に印つける以外はなーんもしてません。

一応星読みの魔女が詠んだように、子供を殺したらあかんよー、大変なことになるよーってのはやってますけど、気付くかどうかは人間次第です。

神の考えなぞ理解出来るわけないし出来ない方が良いのです。

別にこの神が創世神とは言ってません。神の一柱です。

この大陸が自分のテリトリーだからちょいちょい整えてるだけです。

人間には色んな道があるけど、この神は先を見通せはしません。

聖女の育ちは全て人間の意志によるものです。

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― 新着の感想 ―
カロライン覚醒からが胸熱展開すぎました…!姉妹仲がいいの大好きです。素敵な作品をありがとうございます。
まぁ人ならざるものならそういう思考&嗜好でも何ら不思議ではない 何しろ人間じゃ無いし、人間社会から恩恵を受けてる訳でも無い完全に別世界の存在 人の倫理や道徳といったものを考慮したり、人間にとって良く在…
神は読者目線と同じ!っとドキッとしました。 妹がずっと心に欠けた物を感じていたのと同じで、聖女もまた半身が気に引かれるのかな? もしも2人が一緒に育っていた場合のパターンが見たくて、神は次の聖女も双子…
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