雨宿り。神社にて
こういうの、ゲリラ豪雨っていうんだろうか。
持ってきた折り畳み傘は一瞬で折れ、自転車は漕ぐどころか縋って立つのが精一杯。足元はもはや川。
息をするのも苦しいくらいの大雨の中、少し向こうに建物のような影を見つけた私は必死でそこに向かった。
ごうごうと音を立てて降る雨からやっと避難し、ここは神社の手水舎だろうか。幅2メートルくらいの屋根の下には大きな石の鉢があり、その上には竹の筒が渡して柄杓がかけてある。参る人がいないのか、石鉢は空だ。
びしょびしょに濡れた身体と荷物をびしょびしょのタオルを絞って雑に拭き、スマホを出した。
圏外。
思わずため息が出た。
いや、分かっているのだ。ブラック企業勤めから脱出して1か月、退職したのに毎日毎日何度もかかってくる電話に嫌気がさし、衝動的に圏外を求めて自転車で旅に出た。今日から1週間ほど、観光地でもない山奥の宿に滞在する予定。電話会社のマップ上でもちゃんと圏外だった。
そう、だからこそ助けを呼ぶこともできないのだが。
ああ、暇だ。
湿気たビスケットをもそりと口の中でつぶしながら地図を見る。自宅で印刷したからインクが溶けてしまった、ただのグレーの靄。
「…日頃の行い悪すぎでしょ」
「それな」
突然の声に腰を抜かしかける。
「お前、悪いもんつけすぎだぜ。ここで払ってやるよ」
いつの間にかイタチのような生き物が足元にだらりと座っていた。
「な…何?」
「そのビスケットで手を打ってやるよ。オレはこの神社で百年生きてる大鼬様だ。化けるのがタヌキやキツネだけだと思ったら大間違いだぜ」
人語を喋るが大変かわいらしい普通サイズのイタチである。
餌付けして住民に怒られないだろうか。まあいいか、と2枚渡してみる。
「キャキャッ!…なんだ、湿気てるじゃねえか、まともな袋持ってねぇのかよ。食いやすいからいいけどよ」
前足で挟んで器用に食べ、ぺろりと鼻をなめた。
「じゃ、ごちそーさん。信心者にはいいことあるぜ」
ぺちんと前足で私の靴をたたき、薮に飛び込んで逃げていった。
…え?
何だあのイタチ。
ふはっと声が出て、つい笑ってしまった。
気が付くと雨がやんでいた。
すぐそこに宿の看板が見える。
長いこと笑わなかった表情筋が引きつっていて、顔が戻らないまま私は自転車を押してゆっくり宿に向かった。




