騎士の仕事 1
先程までの和やかな雰囲気は消え、部屋の中はピシッとした空気に包まれている。頰を染めて私を見ていたクレア様も、クレア様を揶揄っていたモナさんも、そんな2人の様子を苦笑いと共に見遣っていた他の人たちも、みんな背筋を伸ばしてキリッとした表情で立っている。この姿だけ見ると、街を守る英雄として頼りになると誰もが認めるだろう。
「ラムレイ隊長、唱和を」
灰色の髪の男性に促され、小さく頷いたモナさんが1歩前に出て、口を開く。
「私達プリマベル王国騎士は、国に忠誠を尽くし、己の仕事に誇りを持ち、常に己を高め続けることを誓います」
『私達プリマベル王国騎士は、国に忠誠を尽くし、己の仕事に誇りを持ち、常に己を高め続けることを誓います』
私以外の全員がモナさんに続く。
今のが、騎士団の理念、のようなものなのだろうか?
騎士ですらない私には分からないから、部屋の隅っこの方で気配を消して立っていることしかできない。きっとそうしているのが1番いいとも思う。下手に口を出すべきでない。……出したくても出せない。
「本日ヘイリー副団長は急用で欠席だ。クラウド副団長、連絡事項を頼む」
「はい。先日ヴィノリーナ国と同盟を結んだことで、ヴィノリーナ国からの観光客が増加しています。今後も増え続けることが予想されますので、より一層治安維持に力を入れていきたいと思います。それに伴い、魔術師団の方から緊急魔道具類の一斉改装を近々行うと話がありました。国内全域に張られている結界も対象となります。その際は国内の警護を魔道具に頼ることはできませんので、騎士団総動員で国内の警護に当たることになります。ご承知おきください」
灰色の髪の男性――騎士団長だろうか?――の指示を受けて記録魔術を起動させて話し出したのは、彼の後ろに控えていた茶髪の男性だ。副団長らしい。
記録魔術が白い壁をスクリーンのようにして映し出したものは、茶髪の男性、クラウド副団長が話した内容がもっと詳しく書かれている。特にを災害や事件が起きた際に使用する緊急魔道具の一斉改装については、いつ、どんな体制で行われるかや、注意事項などが細かく詳しく書かれている。
一斉改装の時は、魔術師団が1日かけて改装するらしい。そのため騎士団以外にも、騎士団に所属していない各領地の騎士や魔術師団に所属していない各領地の魔術師も街の警護にあたることになるらしい。これは騎士ではない私も知っておかなければならないと思う。魔術師団に入っていない私は、レオーネ公爵家専属の魔術師である以前に、ヴェルデ領の魔術師でもあるから。
(あれ?それよりも……)
目の前に文章があると、読んでしまうのは私の癖だ。
壁に写されている文字を目で追っていると、気になる内容があった。これは、どうことだろうか?
「では最後に」
何度も同じところを読み返していると、いつの間にか各部隊の報告も終わっていた。騎士団長らしき男性が締めくくろうとしている。
まあ、気にはなるけど私の気にすることではない。今は騎士団の会議だから、シルヴィオ様の護衛をしてここにいる私には関係のないことだ。
「先日ヴィノリーナ国から来訪された第4皇子だが、4日後の水の日から王立学院に1か月間のみ編入されることになった。それに伴い、騎士団が第4皇子の護衛をするのは学院が休みの風と星と火の日になる。これまで通り6つの鐘ごとに護衛担当の部隊が交代することは変わらない。3日間の皇子護衛の担当騎士は各部隊に任せる」
そういえば他国から誰かが来ていると言っていたか。シルヴィオ様はその人、ヴィノリーナ国皇子の護衛で昨日のパーティーに参加できなかったはずだ。
噂では皇子の護衛はヴィノリーナ国からも来ているらしいが、プリマベル王国に滞在している間に何かあっては政治的に面倒だと言うことで、騎士団と魔術師団が交代で護衛しているようだ。
「質問をよろしいでしょうか?」
軽く片手を上げたのは、クレア様だ。騎士団長から目で先を促されて、手を下ろした彼女は口を開く。
「休日の間は騎士団が護衛を、とのことですが、学院のある日は魔術師団が護衛するのでしょうか?確か王立学院は、騎士団も魔術師団も立ち入る事は出来ないはずですが」
基本部外者の立ち入りが禁止されている学院は、卒業生であっても、生徒の親近者であっても、気軽に入る事は出来ない。貴族の子でも使用人や護衛は立ち入ることができない。
魔術師団員も騎士団員も、もっというと各領地の魔術師も騎士も学院に立ち入る事は出来ない。
そもそも魔術師や騎士になるためには、学院の卒業資格を得なければならない。学院に通っている間、若しくは卒業資格がないときは見習い扱いになる。騎士は卒業資格が得られれば見習いは外れるようだが、魔術師は更にテストを受けて国に登録してからでないと、一人前とは認められなければならない。
つまり、学院には見習いの魔術師と騎士はいるが、一人前の魔術師と騎士はいない。一人前のもの達は立ち入ることができない。
ただ王立学院は身分の高い貴族や、王族も通うことがある。その分学院の敷地内には複雑な防御術式が描かれ、学院内には生徒と学院全体を守る結界魔道具がある。それでも絶対に安全とは言えないから、王族や伯爵以上の貴族は同年代の騎士見習いや魔術師見習いを近くに置いて学院生活を送るのがほとんどだ。それはヴィノリーナ国の皇子も同じだったようで、
「実は皇子の他に2名、編入が決まっているものがいる。皆も知っているとは思うが、今回皇子と共に我が国に来られた方々だ。それから皇子の編入するクラスにいる生徒4名が学院内で皇子の護衛をすることになった。学院外ではこれまで通り我々が警護する」
「つまり学院のある日は学院外では魔術師団が、学院内では生徒が護衛するのですね」
「そうなる。すまないな」
納得したクレア様が下がったのを確認した騎士団長が、頷いてから申し訳なさそうに眉を下げる。何に謝ったのだろうかと疑問に思う前に、シルヴィオ様が口を開いた。
「団長が謝ることではありませんよ。魔術師団は緊急魔道具の改装を控えているのですし、我々が不満に思う事はありません」
なるほど。今までは魔術師団と交代で平等だった仕事が、4日後に皇子が学院に編入されてからは騎士団に偏る。皇子が学院にいる間の護衛は生徒に任せるしかないから。
それでも誰1人シルヴィオ様の言葉に異を唱える者はいない。きっと彼に同意する気持ちも素直にあるだろうし、何よりこれまで1週間のうち4日あった護衛が1日減っただけでもかなり助かるのだろう。本当のところはどうなのかわからないけれど。
「そうか。助かる。では、本日の定例会はこれで終わりとする」
騎士団長、であろう人の言葉で、月に1度の騎士団定例会議は幕を閉じた。外では1つ目の小さな鐘が鳴っていた。




