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森の中の猫のいる図書室  作者: 道上 萌叶
1章 魔力と魔術
5/41

騎士団 1

3の2つ目の鐘が鳴った音が遠くで聞こえる。

 目を開けると、カーテンの隙間から淡い光の筋が漏れていた。

 伸びをしてベッドから降りて、肩を落とす。


(今日から、護衛任務か……)


 嫌だ嫌だと言っても逃げることはできない。気持ちよさそうに眠るアウリを撫でてから、私は落ち込みそうになる気持ちを何とかこらえて、ノロノロと支度を始める。

 魔術で作り出した水で顔を洗い、祖母が作ってくれたブラウスとスカートを身にまとう。祖母がこれを作ったのは5年以上前のことだ。けれど、大きくなってからも着れるようにとサイズを大きめに作ってくれていたから、今の私にピッタリだ。

 私は公爵家専属の魔術師であるが、騎士団や魔術師団に属しているわけではないから制服はない。

 私は本が好きだけれど、おしゃれには興味がない。だからいつも祖母が遺してくれた服を適当に選んで着ている。もし祖母に服作りと言う趣味がなかったら、公の場に出られる程度の質素な格好しかしなかっただろう。

 トーストと焼いた卵の簡単な食事を済ませて、歯を磨いたら髪を櫛でとかす。


「準備できたわね」


「アウリ。おはよぉ」


 いつの間にか起きていたらしいアウリが、足元から見上げていた。何も言われないから寝癖とか服が崩れているとかは無いのだろう。


「あら、今日はぐずらないのね」


「うん……体力、使うんだもの」


 今日から、私は1日の3分の1を他者と過ごさなければならない。しかも騎士団に所属しているシルヴィオ様に付いていなければならないから、それが1人2人などでは無い。騎士団には何十人もの人がいるから。

 ぐずるのにも体力を使うというのに、今日はそれ以上に体力を消費しなければならない。

 ここで体力を使ってしまえば、後から大変になる。


「それじゃ、アウリ。行ってくるね」


「ええ。気をつけてね」


「うん」


 扉を閉めて、森へと続く1本道を進む。

 家が見えなくなって、更にもう少し進んだ所で足を止める。周りを見渡して誰もいないことを確認してから、魔術を展開する。

 移動魔術の1つ、転移術式。行き先は、レオーネ公爵家。


 淡い黄色の光が身を包んだ次の瞬間、私は公爵家の敷地内にいた。

 公爵家専属の魔術師であるから、いつでも来ていいとは言われているけれど、仕事のない時は家にこもっていたいから、呼び出された時しか訪れていない。

 深呼吸をしてから、門の中へと進んでいくと、すでにシルヴィオ様と、いつもの2人が待っていた。


「エレナ、おはよう」


「……おはよう、ございます。お待たせして申し訳ありません」


「いや、それほど待ってはいないよ。まだ時間前だしね。それに互いに挨拶をした方がいいんじゃ無いかと思ってね」


 誰と? と疑問がよぎったが、それはすぐに消し飛んだ。


「アーウィン・ライマンだ。シルヴィオ様の護衛兼、騎士団2番隊副隊長をしている。よろしく頼む」


「エルトン・ニーバーです。同じくシルヴィオ様の護衛で、騎士団2番隊副隊長です。エレナさん、本日からよろしくお願いします」


 シルヴィオ様の左右に控えていた2人が前に出て、強面の人、細身の人の順で自己紹介された。

 慌てて私も頭を下げる。


「あ……エレナ・フィオーレ、魔術師です。よろしくお願いします」


 私達の自己紹介が終わった所で、シルヴィオ様が口を開いた。


「さて、今日は、と言うか、エレナが私の護衛をする日は1日騎士団で仕事があるんだ。まずは庁舎に向かおう」


 庁舎には騎士団だけでなく、魔術師団や医療団、学者団など、様々な団体が存在している。国が管理する庁舎であるから、いずれも国に仕える団体だ。

 つまり、たくさん人がいる。

 意識が遠のきそうになるのをこらえて、笑顔が崩れないように意識しながら頷く。声を出すと笑顔が崩れてしまうから、無理はしない。


 さて、そこでどのように庁舎まで行くのだろう、という疑問が生まれた。

 ここはレオーネ公爵家。庁舎があるのは王都。レオーネ公爵家のあるここは、王都に行くまでに1つの領地を越えなければならない。馬を全力で走らせても、辿り着くのは日が暮れてしまってから。


(私の知る限り、側近のお2人、アーウィン様とエルトン様は魔術を使わない)


 更にシルヴィオ様は魔術の扱いが苦手。となると飛行魔術でも転移魔術でも無い。

 歩くのも馬を駆けるのも、空を飛ぶのも無いとなると移動手段はあるのだろうか?


「エルトン、準備はできたかな?」


「ええ。いつでも」


 エルトン様の手元に目をやると、小さな石が1つ握られていた。


(転移術式が刻まれている。魔道具だ!)


 この世には、魔力吸収しやすい石、魔石が存在する。

 魔石に術式を刻み込んだものは、立派な魔道具となる。使うたびに魔力を込めなければならない欠点はあるが、シルヴィオ様のように魔力を扱うのが苦手な人でも簡単に使う事ができる。魔石は勝手に魔力を吸収してくれるから。

 転移術式は術式だけでなく、着地点と範囲を共に刻まなければならない。その全てを小さな魔石1つに刻まなければならないから、魔道具の作成にはかなりの技術がいる。


(すごい! 初めて見た!)


 仕組みは理解しているから私も作れるし、過去には作ったこともある。ただ、作るよりは自分で魔術を発動した方が早い。それに魔石自体が高価だから、手を出そうとは思わない。

 一般の方も使っている、照明術式や空調術式などを刻む生活魔道具は安価な魔石で可能だが、攻撃術式や防御術式、移動術式などの、普段生活では使わない術式を刻み込むには高価な魔石が必要になる。安価なものでは、魔石が崩れてしまうからだ。

 私が過去に作ったのは、生活魔道具だ。


「エレナさん、どうかしましたか?」


「へ……? あ、ご、ごめんなさい! なんでも、無いんです!」


 初めて見る転移魔道具に興奮して、思わず覗き込んで観察してしまった。エルトン様の声が頭上で聞こえて、距離を詰めていた事にようやく気が付いた。

 慌てて頭を下げて、魔道具が発動するギリギリの所まで下がる。

 どんな転移術式か、着地座標、効果範囲、1度に使われる魔力量はどれほどのものか。魔道具に刻まれているものは、全て私の頭の中に入っていた。


(さっきの転移術式は、ハート教授の作った術式だ! この前論文を読んだばっかり)


 魔術師は、個人の術式を作ることが可能だ。と言うより、それが必然となる。元からある術式を使うより、個々の魔力にあった術式を作り出した方が効率がいいからだ。そして術式には、作り出した者の癖が出やすい。

 魔道具に刻まれていたものは、この前見たばかりだった。でも、多分今初めて見たとしても、私は誰のものかわかったと思う。


 私は自分で魔術式を作り出すことはできないけれど、1度見た魔術式は忘れることはないし、そっくりそのまま使う事ができる。作り出した者の魔力に合わせた術式でも、簡単に使うことができる。普通の人は使えないような古代術式も、見たことがあるものであれば使うことができる。

 更に、目にした魔術式から、それを作り出した人の癖を読み取り、誰が作成したものなのか、瞬時に理解する事ができる。

 ただ、これが仇となって、私は国家試験に落ちてしまった、らしい。

 国家試験のことを考えると落ち込んでしまうけれど、それでも初めて出会った魔道具のことを考えていた私は、ホクホクとした気持ちで満たされていた。次の瞬間、現実に突き落とされるまでは。


「さあ、着いたよ。騎士団はこっちだ」


 ガヤガヤとした声を耳が拾う。

 庁舎に辿り着いたのだ。そして溢れる人、ヒト、ひと。

 既に帰りたい気持ちがあふれそうになる中、私はあまりにも多すぎる人に押し潰されないように、先を()く3人の後についていくのに必死だった。

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