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私を巻き込まないで

 白を基調としたシンプルな柱や壁を彩る、金色の金細工。

 見事なほど鮮やかに発色している赤い絨毯は、そのまま足を踏み入れることを躊躇ってしまいそうなほど丁寧に編み込まれている。

 一定の間隔で生けられた色とりどりの花は、目を引くほど美しいけれど、どれも建物のシンプルかつ繊細な内装を邪魔することはない。

 ここだけでもどれほどお金がかけられているのか計算しかけたが、あまりにも現実味のない金額に足がふらつきそうになってやめた。


「エレナさん、大丈夫ですか?」


「ふゃわ?! ……は、ぃ、大丈夫、です」


 思考を別の場所に飛ばしかけていたら、エルトン様に話しかけられて変な声が出てしまった。

 恥ずかしさで声が小さくなってしまいそうなのを全力で我慢して、引き攣りそうな顔の筋肉を精一杯緩める。

 公爵様からシルヴィオ様の護衛を引き受けて1週間。

 今日、いつものようにシルヴィオ様達と庁舎で申請書を捌いた私は、午後からは別の場所で仕事をすると告げられた。

 どこだろうという疑問は、すぐに消えた。先週、初めてシルヴィオ様を護衛した陽に参加した報告会でのことを思い出したから。そして、私の脳内を駆け巡った嫌な予感を、シルヴィオ様が現実のものにしたから。

 私は今、シルヴィオ様とエルトン様とアーウィン様と共に、王城に訪れている。ヴィノリーナ皇国第4皇子の護衛のために。

 処刑会場に向かうためだけの、無駄に長い時間を過ごす罪人の気持ちはこんな感じなのだろうか。

 どこまでも続いていると錯覚してしまいそうな長い廊下は、この奥に待ち構えているだろう人物の位の高さを表しているのだろうか。それとも平民である私がこれ以上先に進みたくなくてそう思っているのだろうか。


「エレナ、緊張しなくていいよ。エレナにもティルソン様の護衛をしろとは言わないから」


 ティルソン様は、ヴィノリーナ皇国第4皇子の名前だ。正式名称はもっと長いらしいが、私が聞いたのは彼のファーストネームだけだから知らない。

 シルヴィオ様は気負う必要はないよと付け加えたが、それでも緊張してしまうのは仕方がない。

 私は平民だ。

 シルヴィオ様の護衛という仕事が無ければ、レオーネ公爵家に雇われていなければ、他国の偉い人に会うことは限りなくゼロに等しい。

 そもそも、私は人との関わりをなるべく避けたいと考えている。休日は滅多なことがなければ外出しない。

 相手が偉い人だろうが、そうでなかろうが、緊張するなと言うのは無理な話だ。

 先に進むにつれ、飾られている花が、プリマベル王国を代表する春の花が減っていく。その反面、プリマベル王国では滅多にお目にかかることのできない、ヴィノリーナ国原産の花が増えていく。ティルソン様が滞在されているという客室に近いのだと、嫌でも分かってしまう。

 帰りたいといくら願ったところで、叶うことがないのは十分理解している。

 足を止めたシルヴィオ様が、扉をノックする。

 王城はどの部屋であっても防音魔道具が設置されているらしく、室内から入室を許可する返事は聞こえない。だからと言っていつまで待っているわけにもいかないし、勝手に入室するなど御法度だ。

 入室することができるのは、室内から扉が開けられた場合に限られる。待っていても開けられない場合は、時間を置いて再度訪ねる必要がある。

 これは王城に限った話ではない。全ての貴族屋敷に適応される、貴族として最低限のマナーである。

 ノックしてから数拍置いて、扉が開けられた。中から顔を出したのは、艶やかな黒髪と白い肌が特徴な、スラリとした体躯の男性だ。身につけている服のデザインは見慣れないものだから、ティルソン様に付いてきたという護衛の1人だろうか。

 シルヴィオ様がティルソン様の護衛に来た旨を伝える。

 軽く頷いた黒髪の男性が、1度扉を閉じた。おそらく部屋にいるだろう彼の主人、ティルソン様に告げに行ったのだろう。

 今度は少しも待たずに扉が開けられ、先程と同じ男性が癖のない言葉遣いで入室を許可した。

 いよいよである。吐きそうなほど激しく脈打つ心臓を無理やり押さえつけて、シルヴィオ様達に続いて入室する。

 火の日は、第3部隊が昼過ぎまで護衛を務めているという。室内に入ると、ロルフ様とアニー様とカーソン様が、それぞれ窓際と扉の脇に立っていた。それから、


「そろそろ仕事に戻らねばなりませんので……」


「そうしてまたはぐらかすのですね。その手にはもうかかりませんよ。確かに僕はまだ子供です。ですが、数年もすれば大人の仲間入りです。僕の国では5年待たねばなりませんが、貴女の国では18歳が成人と聞きました。その頃には貴女の背も抜かしている筈ですよ」


「大人や子供を理由にしているのではないのですよ。この件は、個人の判断で決定を下すことができないのです。まずは国王陛下に話を持ちかけていただく必要がございます」


「それは昨日も一昨日も、6日前にも聞いたので分かっています。ですが、それはあくまで……おや、護衛の交代ですか。お疲れ様です」


 漸く私達の存在に気付いたという様子の、水色の髪の男の子が、椅子に座ったまま私達に目を向けてきた。彼がティルソン様だろう。


「ティルソン様、先程入室の確認を致しましたが……」


「そんなことよりも重要な話をしていたのですよ、私は」


 私達を部屋に通した黒髪の男性が、眉を下げて困った表情になる。

 まだティルソン様と言葉を交わしていないのに、何故だか大変そうであることだけはすごく分かる。

 けれど、ティルソン様と初めて対面する私も、何度か会っているシルヴィオ様達も、その事を気にすることはなかった。


「お疲れ様です、レオーネ隊長」


「ラムレイ隊長も、お疲れ様です」


 シルヴィオ様の魔力は困惑したものだったのに、流石は貴族だ。想定外のことがあっても、それを表に出すことはない。姿勢を正したままのモナさんと目が合った私は肩が震えてしまったのに。

 私が予めシルヴィオ様から聞いていたのは、ロルフ様達と交代で、7の大鐘まで護衛することだった。だから、この場にロルフ様達がいるのは分かる。分からないのは、ここにモナさんがいる理由だ。

 何故、彼女がここにいるのだろう。それに、さっきのあの会話。国王陛下を通さねばならない話とは何だろう。ティルソン様は、国王陛下を通さねばならない重要な話を、どうしてモナさんに持ちかけているのだろう。

 疑問が頭を埋め尽くし、私はつい先ほどまで心を締めていた緊張を忘れていた。

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